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世界遺産は旅行業界にとっての救世主

■メディア露出度が高まっている世界遺産

今、メディア(テレビ番組や雑誌)や、旅行会社のツアー商品で「世界遺産」をよく目にする。なぜ、こんなにも世界遺産が注目を集めるのだろうか――。

文化庁は1月23日に国内の世界文化遺産の候補地として、新たに「富岡製糸場と絹産業遺産群」「富士山」「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の4件を暫定リストに選定した。すでに暫定リストにある「古都鎌倉の寺院・神社ほか」「彦根城」「石見銀山遺跡」「平泉の文化遺産」の4件と合わせて8件が推薦候補となった。

暫定リスト追加の前段階として、文化庁は昨年9月から、初めて全国の自治体からの推薦を公募制で受けていた。一覧を眺めると、「金と銀の島、佐渡―鉱山とその文化―」や「萩城・城下町及び明治維新関連遺跡群」「四国八十八箇所霊場と遍路路」など24件があがっている。

世界遺産登録されると、旅行会社が一斉に商品化し、全国からツアー客が押し寄せるという「世界遺産効果」は、観光業界にとって近年さらに顕著な流れになりつつある。04年7月に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」、05年7月に登録された「知床」でも世界遺産効果は表れた。

旅行業界に価格破壊の流れが押し寄せて久しい。なんとか薄利多売からの脱却をはかりたい旅行会社にとって、世界遺産が持つ重厚で壮大なイメージは、高級ツアー商品の素材として、願ってもない“救世主”となる。また、マンネリに陥りやすいツアーの企画担当者にとっても、絶大な「ブランド力」を背景とした世界遺産を巡るツアーは注目度、話題性ともに申し分ないため、商業的にもプラスに作用する。

■地域活性化にも繋がる世界遺産登録

一方、世界遺産登録に熱心な地元にとっては、地域活性化や地域再生に有効な手段となる。また、「地元の宝」の世界遺産登録は他地域との差別化をはかるうえでも有り難い存在だ。このように、現状では世界遺産登録という「お墨付き」は即、観光素材として「本物」=「ブランド化」の構図が成り立つ仕組みになっている。

地域活性化を目指す地元、ツアーの目玉商品として追い風となる旅行会社、そして常に話題性を求める旅行者……。世界遺産登録は3者いずれにとっても、間違いなくプラス効果が働く。ただし、とくに自然遺産の場合、大量の観光客が押し寄せることによる環境破壊といった不利益が生じる。この「諸刃の剣」をどう配慮するかは旅行業界、観光産業にとって、永遠のテーマでもある。

世界遺産は現在、830件が登録されている。このうち文化遺産で最も多いのはイタリアで39件、次いでスペイン35件、ドイツ29件、フランス27件、中国24件と続き、日本は10件で15位(06年4月現在)。

世界遺産リストにも幾つかの問題点があがっている。文化遺産644件に対し、自然遺産は162件、複合遺産24件と数的な不均衡が生まれている。また、文化遺産は欧州で急速に増加している一方で、自然遺産はアフリカ、アメリカ、オセアニアに偏っているなどの問題点が指摘されている。

さらに、記念建造物の偏重を改めて、「人間と土地の共存を示す事例」など広範囲な文化的表現として捉えるべき、との意見も出ている。教会建築や古代都市などに偏りがちな現状を改善し、不足している産業遺産や近代建築の分野も増やしていこうというのだ。この流れを受けてか、日本でも最近は産業観光への注目度が高まっている。富岡製糸場や石見銀山遺跡がリストに上がり、さらには長崎の軍艦島なども名乗りを上げようとしている。

■世界遺産と団塊世代の蜜月関係は今後も続く… 

07年は団塊世代の一斉退職が始まる年。観光産業も団塊の世代を取り込もうと、さまざまなアイデアを搾り出しているが、やはり、一歩引いて眺めてみても、世界遺産を組み込んだツアーが多く見られる。そして実際、熟年層に世界遺産を巡るツアーは高い支持を得ている。

06年の「レジャー白書」では団塊世代の旅行意識を調査している。このなかで「世界遺産」については、団塊世代の男性の24・4%に比べ、女性は約4割(38・8%)が関心を示した。性別では女性の方が世界遺産に対して高い関心を持っているようだ。

深遠なる文化と、長い歴史という物語(ストーリー)を身に纏った世界文化遺産は、人生における豊富な経験と知識を身に付け、浮き沈みの末に迎えた爛熟期の団塊世代にとっては、格好の観光対象のようだ。かつての華々しいまでの栄華の跡を残した遺産の佇まいが、ときに感傷的に映り、ときにロマンチックな感動を得ることができるのかもしれない。

今後数年間、退職ラッシュが続く団塊世代と、心馳せ登録を待ち構える数々の世界遺産(候補)との蜜月関係は、さらに熱く続くだろう。


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