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伊坂幸太郎の小説『アヒルと鴨のコインロッカー』映画化

伊坂幸太郎の小説『アヒルと鴨のコインロッカー』(東京創元社)が映画化され、
ちょうど2カ月後(5月12日)に、仙台で先行ロードショーされることが決まりました。
初夏から全国各地でも公開されるようです。

ボブ・ディランの代表曲「風に吹かれて」と「ライク・ア・ローリング・ストーン」が
重要なシーンに出てくるこの小説(読まれていない方でも書店で手にされて、この本のオビに
ボブ・ディランのベスト盤『エッセンシャル・ボブ・ディラン』のジャケットが載っていた
ことに気がついた方もいらっしゃるのではないでしょうか)では、ディランの音楽が主役二人に
とっての“神様”の象徴として使われています。

みうらじゅんの漫画を映画化した『アイデン&ティティ』(03年公開)にも、実在しているのか
いないのかわからない、まさに“神様”のようなボブ・ディラン(演じているのは本人ではなく
役者さんですが)が随所に現われていましたので、ふたつの映画を見比べてみる面白さもあると
思います。

伊坂幸太郎は2000年に『オーデュボンの祈り』(新潮社)でデビューしました。
未来を予言できる案山子にまつわる奇妙なお話ですが、小説のタイトルにあるオーデュボン
とは、美しい鳥の絵で埋め尽くした図鑑で知られる実在の鳥類学者、ジョン・ジェイムズ・
オーデュボン(1785から1851)のことです。

小説には具体的なエピソードとして、1813年に何億ものリョコウバトがケンタッキーを
渡って空を日食のように暗くしたこと、それを見つけたオーデュボンが感動して空を眺めていた
という話が出てきます。

小説には出てきませんが、一昨年の秋に出版された奥田恵二著『「アメリカ音楽」の誕生』
(河出書房新社)にも、オーデュボンにまつわるエピソードが触れられていました。
 
その4年後の1817年、アメリカで初めてベートーヴェンの音楽(「交響曲第1番」)が
ケンタッキー州のレキシントンで演奏されました。この演奏を率いていたのが、“アメリカの
ベートーヴェン”という異名をもつアントン(アンソニー)・フィリップ・ハインリヒ
(1781から1861)です。ハインリヒはボヘミア出身のガラス工芸商人だったのですが、
音楽家になる決心をして1810年にアメリカに渡ってきました。

貧しくて旅費が用意できなかったため、最初に到着したフィラデルフィアから移動するには
歩くしかなかったようですが、やがてケンタッキー州にやって来ます。この地でハインリヒは
オーデュボンと知り合い、交流を持つようになりました。長い道のりを歩く過程で多くの土地を
目にしたハインリヒは、アメリカの自然に興味を持つようになっていたのでしょう。

オーデュボンの美しい鳥類図鑑はそんな彼の目を奪うには十分だったようで、ハインリヒは
オーデュボンの絵から曲想を得て作曲に取り組むこともあったようです。

詳細については『「アメリカ音楽」の誕生』を読んでいただきたいのですが、オーデュボンと
ハインリヒに交流があったということは、『オーデュボンの祈り』の内容を思い起こしてみるに、
非常に重要な事実です。すでに『オーデュボンの祈り』を読まれている方であれば、思わず膝を
打ってしまうエピソードではないでしょうか(理由を説明すると小説のタネを明かしてしまうこと
になるので伏せておきます。何のことだか意味がわからない方、ごめんなさい!)。

伊坂幸太郎の小説は、必ずしも音楽がテーマとしてあるわけではありませんが、四つの短編を
まとめた最新刊『フィッシュストーリー』(新潮社)の表題作は、商業的な路線に進むことを拒み、
売れずに苦戦しているロック・バンド(こちらも『アイデン&ティティ』と比較してみると
面白いかもしれません)にまつわる話で、やはりこの作家にとって音楽が占めるウェイトは
かなり大きいのではないかと想像させる内容でした。

ちなみに、『フィッシュストーリー』の参考文献には、ジェイソン・トインビー著による
『ポピュラー音楽をつくる』(みすず書房)とグリール・マーカス著による
『ライク・ア・ローリング・ストーン』(白夜書房)が挙げられています。この点からも、
伊坂幸太郎が音楽に対してかなり意識的であることは間違いないようで、音楽ファンにとっても
今後の動向が気になる作家と言えそうです。


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