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人の免疫力を低下させる抗生物質の乱用

医師や薬剤師なら知っていることですが、抗生物質は細菌には効きますが、ウイルスには全く無力です。細菌は生物なので薬という「魔法の弾丸」で射ち殺すことができますが、ウイルスは生物と非生物の間、つまり「情報」のようなものなので、この方法が通用しないのです。

にも関わらず、わが国では病原がウイルスであるインフルエンザや風邪症候群に対しても安易に抗生剤が処方され、その使用量は他国に比べて突出しているのです。抗生剤は病原菌だけでなく、体内のビフィズス菌などの有用菌をも皆殺しにしてしまうので腸内環境を悪化させ、病気の治癒に必要な免疫力を低下させてしまいます。

また、抗生剤を使い過ぎると、薬に強い耐性菌を生み出してしまいます。細菌だって生物ですから、生き残りをかけて変身するわけです。すると、人間の側(製薬会社)はさらに強い抗生剤を開発します。耐性菌はさらに進化を遂げ、ますます強い菌に変身するというイタチごっこが続いています。

こうして非常に強力な効きめをもつメチシリンという薬にも耐えるMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)という怪物が誕生し、入院患者を死に至らしめる院内感染が社会問題化したのはご承知の通りです。

今回お話したいのはヒトではなく、食用動物(牛や豚、鳥など)に対する抗菌剤の過剰使用の問題です。食用動物に抗菌剤を使う理由は病気の治療だけではありません。なんと、成長促進や飼料効率の改善など、生産性の向上のためにも使われているのです。

メカニズムはよくわからないのですが、抗生物質を与えると食用動物の発育が良くなるのです。ところで、食用動物に使われる抗菌剤の多くはヒトに使われるものと同系列なので、食物連鎖を介して結局ヒトに伝播されることになります。

こうした悪循環に対し、1986年にスウェーデン政府は、食用動物の成長促進が目的の抗菌剤使用を全面禁止しました。

一方、わが国の抗菌剤の使用はヒト用がおよそ500トンに対して家畜・養殖用が年間1000トンにものぼります。(ヒトより動物の方が多いのです!)

ところで、抗菌剤を全く使用していない食用動物から耐性菌が見つかることがあるのですが、皆さんはこの理由がわかりますか?恐ろしいことに、土壌や下水、それに野生のネズミなど、つまり環境を介して耐性菌や耐性遺伝子が伝わっているのです。

さて、わが国でヒトに対する抗生剤が過剰に使われている理由のひとつは、医師の技術料よりも薬代に重点が置かれている医療制度にあるように思います。そうした問題に国民の「薬好き」が合わさっての結果と言えるでしょう。

食用動物への過剰使用については、生き物に工業製品と同じような効率や生産性を求める考え方を改める必要がありそうです。

繰り返しになりますが、抗生剤は免疫力を低下させ、病気の回復を遅らせます。また、風邪による発熱は体内に侵入したウイルスの活動を弱めると共に免疫システムの活動を高めます。(ウイルスは熱に弱く、免疫システムは体温がやや高い方が活発に働きます。)

つまり、風邪による発熱は生体防御機能の表れであり、正しい反応と言えるのです。(ただし、体温があまり高いと体力を消耗し、神経系などをやられるので、そうした場合は熱を下げる必要が生じます。)

ですから、「風邪をひいて少し熱っぽい。」というときは安易に抗生物質や解熱剤に頼らず、家に帰って野菜スープやハーブティーなどを摂取して早めに休むのが正解です。あなたの体の中には抗生物質や解熱剤がとうてい歯が立たないほど、巧妙な免疫システムが備わっているのですから!

■関連情報

●ケムステニュース 「抗生物質」 2005/06/06
http://chemstation.livedoor.biz/archives/23589531.html

●救急医療って難しい・・・ 2007/06/24
「抗生物質を欲しがる患者、抗生物質を出したがる医者・・・。」
http://nozakoji.exblog.jp/5783774

●FujiSankei Business i. 2007/6/21
 「鶏肉 飼料に抗生物質使いません 米大手メーカーで初」
http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200706210056a.nwc

●WIRED VISION 「抗生物質が効かない細菌に、蜂蜜で対抗」 2007/06/21
http://wiredvision.jp/news/200706/2007062122.html

●レジデント初期研修用資料 「共有地の悲劇」 2005/08/26
http://medt00lz.s59.xrea.com/blog/archives/2005/08/post_269.html



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