「ハゲタカ」って誰だ--日興コーディアルへのTOBに寄せて
駒澤大学 助教授
米大手金融のシティグループによる日興コーディアルグループへの株式公開買い付け(TOB)について、複数の北米系投資ファンドが反対する意思を表明している。この種の問題は進展が速いので、この原稿が公表されるまでに変化があるかもしれないが、3月14日時点の情報に基づいて書く。
今回のTOBは、上場廃止は回避されたものの、不正会計問題などで経営危機に直面した日興に対して、シティグループが経営支援を行うといった性格のものだ。もともとシティグループはすでに1998年から日興と包括提携していて、これを機会に日興を子会社化し、自社の日本での事業展開に活用していこうということであろう。
ファンド側は反対理由として、「買い付け価格が安すぎる」と主張している。シティが提示した買い付け価格である1株当たり1,350円は、TOB発表前日の終値より10円高く設定されている。これでも子会社化に必要な過半数の株式を取得した場合の買い付け総額は6,000億円を超え、国内では過去最大のTOBとなるが、これでは安いというわけだ。たとえば6.6%を保有するサウスイースタン・アセット・マネジメントは「少なくとも1株2,000円の価値がある」としており、これだと買い付け総額は約9,000億円に及ぶことになる。
日興コーディアルグループの外国人株主比率は60%を超えているといわれており、TOBの成否はこうした外国人株主の動向で決まる。上場維持が決まったこともあって、シティ側は買い付け価格を引き上げる方向に転じたようだが、まだ合意には至っていない。利にさとい外国人株主がどう動くか、マスコミ的にいえば、推移が注目されるところだろう。
しかしここでは、TOBの成否以外のところに注目したい。よく、日本企業を買収しようとする外資系投資ファンド等を「ハゲタカファンド」などと批判することがある。今回のケースは、そうしたいわゆる「外資=ハゲタカ」論の観点でみるとどうなるのだろうか。
報道等でみる限り、「ハゲタカ」の呼び名は、日本では事実上、外資系企業に対してのみ使われる。たとえば、経営破綻した日本長期信用銀行を買収し、新生銀行として再生後、上場させたリップルウッドは、危機に乗じて安く買い叩き、高く売り抜けて巨額の利益を得た「ハゲタカ」と批判された。
一方、ほぼ同時期に同じく経営破綻した日本債券信用銀行の買収に参加し、その後再建途上で保有株をサーベラスに売却して売却益を得たソフトバンクは「ハゲタカ」とは呼ばれていない。
破綻企業の再生はきわめてリスクの高いビジネスであり、自らリスクをとって資金を投じた企業を「ハゲタカ」と批判するのは、外資系であれ日本企業であれ、スジちがいであるケースが多いと思うが、こうした風潮の背景はおそらく、日本人の財産が外国人に「奪われる」ことへの反発なのだろう。日本で日本人が育てた企業なのに、外国人株主に買いたたかれ、日本経済が外国人に支配される、株式の売却益として海外に流出する、というわけだ。
ちなみに、上記の元長期信用銀行2行のケースでは、日本政府が公的資金を投入して不良債権を処理したという点も「ハゲタカ」論の根拠となっているかもしれないが、一方でサッポロビールのような、公的資金注入を受けていない企業の買収についても「ハゲタカ」といわれることからすれば、被買収企業が公的資金の注入を受けたかどうかは、この議論において「本質」ではないように思う。
今回のケースをみると、日興の外国人株主比率が60%超だとすれば、日本で設立され、日本人が経営しているとしても、これはもはや「外資系企業」といってもいい水準だろう。さて、このような場合、シティグループという外資系企業によるTOBはいいのか悪いのか。またその買い取り価格は高いほうがいいのか低いほうがいいのか。
ファンドの反対によってシティの買い取り価格が引き上げられれば、外資系ファンドの売却益は増えるが、同時に日本人株主も、外国資金によってより大きな利益を獲得するチャンスを得る。逆に買い取り価格の引き上げ幅が低く抑えられた場合、ファンド勢の主張によれば、シティが「安く」日興を買い叩いたことになるわけだ。どちらにせよ、TOBが成功すれば日興コーディアルグループは完全に外資系企業の「支配下」に入ることとなるが、逆にTOBがなければ日興は再び経営危機に直面するかもしれない。
つまり、このケースに限らず、現在のように資本市場が海外に向かって開かれ、投資が国境を超えてどんどん行われるようになると、単純な「外資=ハゲタカ」論は意味を持たなくなるということだ。今や私たちの利害は、もっと複雑に入り組んでいる。そもそも、企業の価値は、誰が株主になるかではなく、どんな事業をどのように行うかで決まるのだ。外資が買ったから日本人が損をするわけでも、日本人が買ったから得をするわけでもない。
まさにその意味で、今回の日興コーディアルグループのケースには大きな問題があったというべきだろう。日興がシティグループ(当時のトラベラーズ・グループ)と包括提携したのは1998年だった。大きな変革を迫られたのは、1990年代の証券不況が主な要因ではあるが、総会屋への利益供与事件なども大きな要因だったと思う。そのとき社名に「コーディアル」(誠心誠意)を入れたのは、まさにそうした反省の上に立ったもののはずだ。
不正会計によって決算数字をごまかすのは、いうまでもなく、その社名にもとる行為だ。さらに、もしこの不正会計が、取り沙汰されているように、経営陣の業績連動報酬を確保あるいは増額するために行われたのだとすれば、これこそが「ハゲタカ」と非難されてもおかしくない行為ではないだろうか。
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