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太田裕美 22年ぶりとなるアルバム発売記念コンサートの模様

70年代に「木綿のハンカチーフ」や「九月の雨」といった歌謡ヒット曲を放った太田裕美。彼女が昨年末に22年ぶりとなるオリジナル・アルバム『始まりは“まごころ”だった。』を発売し、今年の2月8日にそのアルバム発売を記念するコンサートを渋谷AXで行ないました。

アルバム・タイトルにある“まごころ”とは、太田裕美が75年にリリースしたファースト・アルバムのタイトルです。コンサートは、この『まごころ』収録曲のメドレーから始まりました。

その後は、新作『始まりは“まごころ”だった。』の全曲を披露。オリジナル・アルバムの発売が22年ぶりのこととはいえ、20年以上のキャリアを誇るアーティストが新作アルバムの全曲をコンサートで披露することは珍しいことです。僕が知る限りでも、太田裕美のほかには昨年の秋に観たアイアン・メイデンぐらいでしょうか。

ベテランともなれば、「ファンが聴きたいのはお馴染みの代表曲さ」と割り切って、新曲は作らずに過去のレパートリーだけでステージを構成するアーティストもいるなかで、太田裕美とアイアン・メイデンの現役感覚が漲る姿勢は、素晴らしいと思います。

『まごころ』メドレーを終えた後の最初のMCでは、新作をまだ聴いていないファンにとっては、今日が“知らない曲ばかりのコンサートになってしまうのではないか”と恐れていましたが、会場に集まったほとんどのお客さんは、『始まりは“まごころ”だった。』をしっかりと予習済みのようでした。

アイアン・メイデンもそうですが、ニュー・アルバムの全曲披露というのは、内容によほど自信がないとできません。YO-KING、キンモクセイの伊藤俊吾、堂島孝平、宮川弾といった、気鋭のクリエイターたちがそれぞれ1曲ずつ提供した(本人の自作が2曲)『始まりは“まごころ”だった。』は、まさに老若男女が安心して楽しめる充実した内容で、本人が「どの曲も自信あり」というのがうなずけます。

とりわけ、ハナレグミ(永積タカシ)が作曲、クラムボンの原田郁子が作詞を担当した「きみはぼくのともだち」は出色の出来で、当日のコンサートではその曲を歌う際にハナレグミがゲストとして登場し、コンサートを大いに盛り上げてくれました。

新作に関して唯一の不満を挙げるとするなら、僕自身は70年代後半のシティ・ポップ期から80年代前半のニュー・ウェイヴ期の作品に特に思い入れが強いので、デビュー時を思わせる――それが新作のコンセプトなので当たり前ですが――正統派(!?)の歌謡曲というべき楽曲のみでまとめられてしまったのが少し残念でした。

そんななか、「オッ」と思わせてくれたのが、堂島孝平。なんでも堂島は、80年代前半の太田裕美を意識したポップな楽曲を作って提出したらしいのですが、今回のオファーは「シンプルで素朴な良さがある楽曲」ということで、その曲はオクラ入りしてしまったそうです。

結果、今回のアルバムに収録された曲は、堂島本人も認めているとおり冒険的な曲ではないのですが、曲のタイトルがなんと「Do I Do, You Do」。これは明らかに83年のアルバム『I Do, You Do』を意識して付けたものでしょう。

太田裕美が82年に単身ニューヨークに渡って8カ月後、帰国してからの2作目となる『I Do, You Do』は、シングル「満月の夜 君んちへ行ったよ」、チャクラの板倉文が作曲した「葉桜のハイウェイ」など、実験的かつポップな名曲満載の大傑作。おそらく、堂島としても「曲調はそちらの意向に従いますからタイトルだけは主張させてください!」といったところだったのでしょう。

太田裕美ファンとして『I Do, You Do』をフェイヴァリットに挙げることは邪道かもしれませんが、僕自身も『I Do, You Do』が大好きで、かつて『レコード・コレクターズ』の編集後記で『I Do, You Do』を含む80年代作品のCD化をリクエストしてみたところ、それがたまたま担当者の目に触れて実現したという嬉しい思い出があります。

当日は新作の全曲披露だけでなく、もちろんお馴染みのナンバーも歌ってくれました。とはいえ、やはりコンセプトのあるステージにしたかったのでしょうか。筒美京平作曲/松本隆作詞による「最後の一葉」、伊勢正三作詞・作曲による「君と歩いた青春」といった、それぞれの時期の“シンプルで素朴な良さがある曲”が選ばれていました。

コンサートのラストは「木綿のハンカチーフ」。開演直前にメンバー揃って2階席にやってきたキンモクセイの伊藤俊吾がいつのまにかステージに立っていて、ハナレグミらゲストも揃っての大団円です。

しかし、このときの太田裕美のハジケっぷりは凄かった! コンサートの2カ月前にTV放送された「徹子の部屋」では「子供も大きくなってきたし、そろそろ一人でスペインに住みたい」と発言したり、『始まりは“まごころ”だった。』の最後に収録された「道」を聴いたりすると、「引退も近いのかな?」なんて寂しい気持ちも湧きましたが、この日の彼女のパフォーマンスを見る限りでは、まだまだ大丈夫そうです。機会があれば、ぜひまた「葉桜のハイウェイ」をコンサート会場で聴きたいですね。

実はコンサート当日は大滝詠一の取材日でした(このときのインタヴューは『レコード・コレクターズ』4月号に掲載されています)。当日の担当編集者は私ではありませんでしたが、取材前に大滝さんから取材時間を1時間早めて欲しいというお願いがあったということだったので、「さらばシベリア鉄道」(大滝詠一作曲/松本隆作詞)を歌ったときに、もしかしてここに来るために取材時間を早めたのかな? とも思いましたが、会場に大滝さんの姿は見えませんでした。

翌日になって担当者に聞いてみたところ、その時間にはまだ取材が続いていたそうで、大滝さんは「松本隆は今どうしているのかなあ」と気にされていたそうです。大滝さん、「松本さんはその日、渋谷AXの2階席真ん中の最前列にいらっしゃいましたよ。」ちなみに、松本さんのすぐ後ろには伊勢正三さん。コンサートが終った直後に、二人でかたーく握手をされていました。


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