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NO STYLE 広告論  「STILL FREE」は広告に自由をもたらすか

ある意味、ソニーBRAVIA以上に昨年のカンヌ広告祭を盛り上げたのが、
アメリカの「STILL FREE」キャンペーンである。もちろん、日本でも
いますぐに見られる。

広告に携わっている人なら一度は目 にしたことがあると思うので、
よけいな説明は不要と思うが、メディアサボールの読者の中には、
まだご覧になっていない方も多いかもしれない。

とりあえず見ていただいてから、話を進めたいと思う。

●Tagging AirForce One 'Still Free'


いかがでしょう? これのどこがCMなんだという声も出そうだが、
なんだかショッキングでアブない空気は感じていただけたのではないかと思う。

夜のハイウェイを何者かが警備の目をかいくぐり、フェンスを乗り越えて、
ジャンボ機にスプレーで「STILL FREE」と落書きするこの120秒の映像は、
アメリカのアパレルブランド「STILL FREE」のれっきとした
キャンペーン広告なのである。


冒頭に映し出される道路標識に、「Andrews AFB」の記載があったり、
機体に「UNITED STATES OF AMERICA」のロゴが入っていたり、
あるいはその警備の、ものものしさからお気づきの方もいるかもしれないが、
この飛行機はアンドリュー空軍基地に待機している「エアフォースワン」、
つまり大統領専用機だ。


大胆不敵というか、見つかったら即射殺されてもおかしくないこんな映像、
どうやって撮ったの? という疑問もわいてこようというものだが、実はこれ、
完全なる“やらせ映像”。

ジェット機の外装を、わざわざ エアフォースワンに似せただけでなく、
警備がどこにどれくらいいる、フェンスは何重にはりめぐらせている、
といった基地の詳細を調べ尽くした上で、迫真の潜入映像を
でっちあげたのである。


オーソン・ウェルズの「火星人襲来」ではないが、ここまで真に迫って
いると、事実と捉える人も多い。前代未聞の問題映像は大反響を呼び、
新聞・テレビ・雑誌・インターネットなど、メディアというメディアが
こぞってこれを取り上げ、ついには国防省が「これはフェイクである」
というコメントを出す事態にまで発展した。

キャンペーン期間中、約20のサイトで流された映像に、約1億2000万人が
アクセスしたとも言われている。


最初に「れっきとしたキャンペーン広告」と書いたが、約20のサイトという
ことからも想像できるように、「STILL FREE」はテレビCMではない。
つまり媒体費ほぼゼロ。それでこれだけ多くの人の目に触れたと考えれば、
キャンペーンとしていかに成功したかおわかり頂けるだろう。

STILL FREEを手がけたクリエイティブ・ディレクターのデビッド・ドロガは、
次のように語っている。


「テレビを見ない、いまの若者のキーワードはDiscovery、
Sharing、そしてDebateの3つだと思ってる。だから彼らの手でメッセージを
市場に広げてもらおうと考えたわけだ」(「広告批評」2006年11月号より)


過激な映像を流すことでブランドのイメージを落とすのでは? 
という疑問はもっともだ。しかしSTILL FREEとは、そもそもアメリカの
著名グラフィティ・アーティスト、マーク・エコーが立ち上げた
アパレルブランドであり、そのネーミングにも表わされているように、
ブランドの根底にあるのは、自由を求める精神であり、あらゆる権威への
アンチである。

つまり、若者層をメインターゲットとするこのブランドにとって、
「やんちゃイメージ」は必ずしもマイナスとはならないのだ。


「別に流行のゲリラキャンペーンをやりたかったんじゃなく、マーク・
エコー(ブランド)の信念や生き方にマッチした表現を考えたら、
このアイデアに行き着いたってこと。

エアフォースワンを選んだのもそれと同じで、グラフィティアーチストにとって、
描けない場所に描くことが最高の名誉だから、究極の“聖地”はどこだろうと、
エコーにふさわしいステキなキャンバスを探したんだ。
リアルさを出すことに全精力を注いだよ」
(デビッド・ドロガ)


ショッキングな映像をネット上に流布すれば、話題になるというわけではなく、
ブランドの価値を考え抜いた上での大胆なプランニングと表現のディテールに
対する細心のこだわりが、キャンペーンを成功に導いたと言える。

あるいは、多様な価値観やマイノリティをないがしろにする、居丈高な政策を
取り続けるブッシュ政権に対する人々の無意識の反感が、「STILL FREEブーム」
に火をつけることになったかもしれない。

そういった人々にとって、大統領専用機に「STILL FREE」(まだ自由だぜ)
というメッセージを書き込むという“皮肉”は、かなり痛快に感じられたはずだ。
STILL FREEは様々な意味で、「時代」を捉えたキャンペーンなのである。


最高の画質で白昼夢の世界を描いたBRAVIA。一方、手持ちカメラによる
ドキュメンタリータッチの荒い映像で、夜をリアルに映し出したSTILL FREE。

表現のトーンの上では実に対照的な二本なのだが、インターネットを介して
爆発的に広まったところやブランドのコアを見事に抽出した
長尺エンタテインメントCMになっているという部分では、世界をリードする
二作と言っていいだろう。

■関連情報

●TRY&ERROR 2006/08/02
「カンヌ国際広告祭サイバーライオン 受賞作ピックアップ」
http://rensukegawa.jugem.jp/?cid=12


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