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「人口減少でも繁栄」論のウソ ─「百年の大計」必要

■人口減少がもたらす社会への影響

2007年は、日本の総人口(日本に住む日本人と外国人)が減少に転じて3年目の年に当たる。日本の総人口のピークは2004年。総務省によると、翌2005年10月1日に実施した国勢調査(確定値)で、初めて前年度から2万2000人割り込み、1億2776万人となった。同省の推計では、2006年10月の人口は1億2775万人で、さらに約1万8000人減った。

国立社会保障・人口問題研究所は2006年12月、これまでの楽観的な予測を見直し、新たな人口推計を発表した。これによると2050年の推計人口は9515万人である(合計特殊出生率を1.26とした中位仮定)。つまり、少なくとも今後44年間で3260万人減ることになる。1年平均で74万人。新潟市(78万人)や静岡市(70万人)といった県庁所在地が、毎年1つずつ日本から消えていく計算だ。今は毎年1?2万人の減少で済んでいるが、このペースが年々、急速に高まることを忘れてはならない。

人口減少がもたらす経済・社会への影響は甚大であり、迅速で複合的な政策が必要だ。特にサービス業やメディア産業、教育、運輸など内需依存型の産業は、輸出ができないか難しいため、継続的な需要減がボディーブローのように響く。さらに、内需や企業の業績は右肩下がりが基調になり、景気の拡大と後退が交互に訪れる「景気の循環」さえ危うくなる可能性も否定できない。


■鵜呑みにできない楽観論

だが、論客の間では「楽観論」が圧倒的だ。堺屋太一氏は「イタリアのルネッサンスは、人口が減少したからこそ開花した」(『平成三十年への警告』朝日新聞社)と主張した。日下公人氏も「人口が減れば一人当たりの余裕ができる。道路でも病院でも学校でもゆっくりできて、質を高めることへの転換が起きる」(『人口減少で日本は繁栄する』祥伝社)と書いた。

吉川洋・東京大学教授は2007年1月10日付け日本経済新聞の経済教室で、「人口減少下でも成長は可能であり、そのカギはイノベーションが握る」という説を展開している。イノベーションは長期的にはすべての人の経済厚生(個々の経済主体の効用を合計したもの)を一様に引き上げると歴史は証明している、という。

残念ながら、こうした「楽観論」の根拠は弱いと言わざるを得ない。ルネッサンス前のイタリアは黒死病(ペスト)や気候の寒冷化で人口が急速に半減した。おそらく、若い人が多く生き延びたであろう状況は、高齢者が増える中での日本の人口減少とは状況がまるで異なる。

「人口が減れば一人当たりのインフラが増え、逆に豊かになる」との説も多い。しかし、例えば鉄道や高速道路の利用者が今の半分になれば、鉄道会社や高速道路会社は料金を大幅値上げするか廃線にせざるを得ない。JR民営化後も過疎地で廃線が続いている事実は、何よりの証拠である。すでに地方では25年以上前から人口減少が始まっている。

イノベーションで成長を維持するという考え方にも異論がある。企業はすでにグローバル競争や国内のシェア競争で日々戦っており、労働生産性を上げる努力を長年続けている。人口減少時代に入ったからといって急に労働生産性が高まるのならそれに越したことはないが、それは楽観的過ぎる。

2007年に見込まれる団塊世代の大量退職を前に、「高齢者や女性を活用すれば成長率は維持できる」とする考えも非常に多い。この論を唱える人の大半は団塊自身またはそれ以上の世代だ。女性の活用は当然だが、高齢者がいつまでも職場の最前線にとどまり続ける状況は、若い世代の台頭を阻害し、社会の活力を損なう恐れすらある。

そもそも、少子高齢化によって人口が継続的に減少するのは、世界の歴史の中で日本が初めてだ。「実は誰も予測できない」というのが大前提であるはず。「恐れるに足らず」と言い切ってしまうのは無責任でしかない。

2003年9月に施行された少子化社会対策基本法の前文は、差し迫った緊張感に満ちている。「我が国における急速な少子化の進展は、平均寿命の伸長による高齢者の増加とあいまって、我が国の人口構造にひずみを生じさせ、二十一世紀の国民生活に、深刻かつ多大な影響をもたらす。我らは、紛れもなく、有史以来の未曾(ぞ)有の事態に直面している」。だが、その甲斐もなく、その後出生率は下がり続けている。

人口減少を食い止めるためには、方策は二つしかない。出生率の向上と、移民導入策である。二つのうち一方だけでは十分ではなく、その両方に真剣に取り組む時期が来ている。政府は今年1月、総合的な少子化対策を官邸主導で進めるため「子どもと家族を応援する日本重点戦略会議」(議長・塩崎恭久官房長官)を設置した。6月に中間報告をとりまとめ、政府の経済財政運営の基本方針「骨太の方針」に反映させ、年度内に予算や税制上の優遇措置なども含めて少子化対策の「戦略」を取りまとめる方針だという。


■海外の人口減少対策

出生率を向上させるためには何が必要か。これまでの事例を見る限り、フランスの「n分n乗方式」など、子どもがいる家庭への政策的な金銭支援だけが功を奏していることが分かる。お題目や理念では、子どもは増えないのである。むしろ、未就学児童に対する医療費と保育園など教育費を全額自治体で負担する仕組みの方が、子どもを持とうとする親の心理的不安を取り除くためには有効と思われる。
 
日本に次いで人口減少が始まると見られているイタリア、ドイツ、フランスなど西欧諸国では、着実に移民政策が進められている。「ドイツは移民政策で失敗し、ネオナチの台頭など社会的摩擦に悩まされている」と日本では信じられている。しかし、そのドイツは2005年、新たな移民法を施行し、高度技術者に対して優先的に移民許可を与えるようにした。移民に対するドイツ語教育の拡充も打ち出した。

イタリアも2002年9月、新しい移民基本政策を規定する「ボッシ・フィーニ法」を可決。これにより不法滞在者にも救済の道を開いたり、家族の呼び寄せができるようにするなどの措置が始まった。永住権の取得や年金受給の資格も緩和されたという。

フランスも同様だ。日本では、2005年秋にフランスで発生した移民の若者による暴動がテレビでひんぱんに放映され、移民に対する恐怖が高まった。だが、そのフランスでも、その後の移民政策に大きな揺り戻しはなかった。フランスでは「暴動の根底にあるのは、民族の対立よりも労働者の失業問題。その対処が必要」との見方が定着している。

ドイツで移民法成立に尽力したディーター・ヴィーフェルスピュッツ議員は2年前、筆者とのインタビューでこう語った。「入ってくる外国人を労働力としてだけ見てはいけない。人間は、固有の歴史、文化、宗教など、それぞれのバックグラウンドを背負ってやってくる。『働く人』として受け入れるのではなく、『人』として、彼らの長所や短所を含めて受け入れることが大事だ。外国人を受け入れるためには、幼稚園、高校、大学、さらには老人ホームや墓も要る。これは単に労働力の問題ではなく、『総合芸術』である」

人口減少は「楽観論」では解決できない。「百年の大計」をもって取り組む以外は、「永遠の右肩下がり」を甘んじて受け入れるしかない。その先にあるのは、国家の滅亡だ。 国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、西暦3000年に日本の人口は14人になるという。これを「1000年後の話だから」と笑うことができるだろうか。


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