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著作権をほぼ完全に保護する方法

著作権など知的財産権保護の推進は、知的財産大国をめざすわが国にとって重要な政策目標だ。国内外に氾濫するさまざまな違法コピーなどの侵害行為の存在は、そのままではないにしろ、「得べかりし利益」の大きさを推定させるに充分なものといえる。心血を注いで生み出した知的財産が勝手に利用されているさまを見るのは、作り手として耐え難いものだろう。作り手のインセンティブを守り育てるためにも、適切な権利の保護は必要だ。

それを前提としての話だが、知的財産権の保護は過剰になってはいけない、ということも、同じくらい強調されていいのではないかと思う。

この分野は素人だが、知的財産権の歴史は、中世ヨーロッパあたりから考えるのが定石らしい。たとえば著作権は、15世紀に印刷技術が開発されてから成立したもので、初期には著作者ではなく出版業者の出版権だったらしい。英語で著作権を「copyright」というのはそのためとのことだ。

同じく知的財産権の一種である特許権も同じころ、ベニス共和国で世界最古の成文特許法として「発明者条例」が公布され、発明に対して特許が与えられたとされる。いずれも、その後現在の姿に至るまでにはいろいろあったようだが、要するにそのころからの考え方、ということだ。

とはいえ、こうした時代は、仮に権利が侵害されても、その事実を知ることはなかなかできないし、知ったとしても現在のような洗練された解決法があったわけではなかろうから、実際に知的財産権として「保護」されるものはごく少数で、大半はコピーし放題だったのではないかと想像する。おそらく多くの才能ある人々が、その創意工夫に対して正当な見返りを受けることなく、不遇にあえいでいたのだろう。

しかし今はもうちがう。知的財産権制度は少なくとも先進国では、ほぼ確立され、権利者は保護されるようになった。権利侵害に対しての救済措置はもちろん万全とはいいがたいが、少なくともそこそこ機能しているとはいえる。

インターネットなど新しい技術の登場は、新たな権利侵害の原因ともなっているが、一方で新たな権利保護のツールも進歩しているし、映像著作権の年限も延長されたりしているから、全体としてみれば、保護が強化される方向に向かっているといっていいのではないかと思う。

これで作り手のインセンティブが増せば、より創造性が発揮され、わが国がめざす知的財産大国に近づいていくにちがいない。めでたしめでたし。

となればいいのだろうが、果たして本当にそうなのだろうか。極論からスタートしてみる。

著作権をほぼ完全に保護する方法がひとつある。それは、誰とも交流せず1人で著作物を作り、完成後もそれを公表しないことだ。

著作権は著作の瞬間から発生し、公表を要しない。そもそも公表しなければ、違法コピーは完全に排除できる。もちろん、類似の著作物を他人が知らずに作ってしまうことも理論上はありうるだろうが、他のどんな著作物とも異なる完全なオリジナルの著作物であれば、同じものを他人が考えつく可能性は事実上ゼロに近いはずだ。結果として、著作者の権利はほぼ完全に守られることとなるだろう。

しかしそのような「保護」は、著作者にとって望ましいのだろうか。人間の創造性にとってプラスなのだろうか。

著作物は、「利用」されて初めてその価値が生じるものだ。誰も見たことのない著作物の価値など、誰にもわからない。それに「本歌取り」(ほんかどり:すぐれた古歌や詩の語句、発想、趣向などを意識的に取り入れる表現技巧。)のような例に限らず、ほとんどの場合、著作物の価値の少なくとも一部は、なんらかの意味で他人の著作物との関係から生まれている。著作権の保護は、金塊を金庫にしまいこむのとはちがう。利用や共有を忘れた保護は、むしろ本末転倒だ。

もちろん、違法コピーを野放しにせよというつもりはない。自らの利益のために他人の努力の結晶を無断で利用するようなことは容認しがたい。しかしだからといって、一般の利用者の利便性を低下させ、利用を妨げるような過剰な権利保護手段が望ましいとも思えない。

違法コピーを締め出せば、その分がまるごと増収になると単純に考えるのは、実際のところちょっと甘いのではないか。権利保護策のために、違法コピーの利用者だけでなく、健全に利用していた人たちまでもが離れてしまうと、結果として利用が全体として減ってしまうことも充分考えられる。それでは、権利侵害も減るかもしれないが、その権利から作り手が受ける利益も減ってしまう。

この種の問題を語るときによく、「作り手の気持ちになってみろ」という言い方をする。心血を注いだ著作物を勝手に利用されたら、誰だって怒りたくなるだろう。それはよくわかる。それとまったく同じ意味で、作り手の方々は、「利用者の気持ち」を考えてみたほうがいいのではないかと思う。

健全に利用している自分が、違法コピーの濫用者と同等に扱われたらどう思うか。自分が買った著作物を、この媒体からこの媒体に移したいだけなのに、なんでこんな制約があるのか。こんなにめんどくさいんだったら他のものを買おうか。そういう「ごくふつう」の日常感覚だ。お互いをより深く理解しあうところから進めていく、という考え方ができないものだろうか。


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