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世代間対立を超えて求められるロック名盤/定盤の座標軸

▼アメリカのショー・ビズ界におけるロックの変遷

ジャズの世界では、名盤/定盤の類が何度も何度も手を代え品を代え、紹介されてきて、それがそのままジャズ入門者のガイドの役割も果たしてきている。しかし、ロックの世界においては、少し事情が異なる。

確かに70年代には、ロックの基本として「ベスト100」や「ベスト200」といったアルバム紹介はかなり企画されていたし、それはそれなりにロックの教科書として機能していたはずだ。

だが、70年代後半に起こったパンク/ニュー・ウェイヴ・ムーヴメントは、それ以前のロックの歴史に「オールド・ウェイヴ」というレッテルを貼り、過去へと追いやってしまった。

そんなパンク/ニュー・ウェイヴの勢いに陰りが見られ、「ポスト・パンク」が叫ばれ始めた80年代後半になると、米国を中心としたポップ・マーケットでは、60から70年代の往年のバンドが再結成したり、長く活動を中止していたグループが久しぶりに活動を再開するなどして、「オールド・ウェイヴ」な音楽は再び活性化し始め、それら往年のアクトによる音楽に「クラシック・ロック」という新しい呼び名もついた。

ただし、これはあくまでアメリカのショー・ビズ界での出来事。日本において、それ以上にポップ・ミュージックのマーケットに世界規模で大きな変化を及ぼしたのは、CDの登場だった。


▼CDの登場で再び光が当たるようになった往年の名盤/定盤

82年に登場したCDは、しばらくは新しモノ好きのマニアが実験的に購入して聞くためのフォーマットに過ぎなかったが、80年代も後半になると、CD再生プレイヤーの価格も一般消費者に手が届くものとなり、一気にマーケットは拡大、日本でも89から90年頃には新譜のアルバムが、CDだけでリリースされるようになった。

しかしCDの登場で活性化したのは、まずは再発の分野だった。やがて、この当時の若い洋楽リスナーにとって、同時代のアーティストの新作アルバムと伝説的なアーティストの名盤が、レコード店においては、同じように新譜として目の前に並ぶ、というような状況が生まれる。

こうして、60から70年代のアーティストたちの名盤/定盤に、もう一度光が当たることになっていったのだ。


▼世代間に生じる知識、感性の大きな溝

ただここでひとつ問題が起こる。それは、敢えて言えばリスナーの世代間対立というような事態だった。この時点で、ビートルズの登場からに限定してもやはり20年以上の年月が経っており、ロックをずっと聞いてきた世代と、ニュー・ウェイヴ以降にロックや洋楽ポップスを聞き始めたリスナーとの間には、知識だけでなく、音楽的感性にも大きな溝が出来ていたのだ。

とりわけCD世代の若者たちは、「大人たち」が語る「ロックはこうあるべきだ」的な“上から目線”でのもの言いにすぐに抵抗を感じるようになったし、オールド・ウェイヴな大人たちは、若い世代が愛好する、たとえばイギリスの若手のアーティストたちの音楽に、「女々しい」とか「60年代の○○の焼き直しに過ぎない」といった批判を浴びせがちだった。

そこで、せっかくCDの登場で「クラシック・ロック」の世界への門戸が開かれたにもかかわらず、80年代後半から90年代初頭の若いリスナーたちは、折からの「クラブ・ミュージック」的な流れにも呼応した形で、自分たちが見つけた自分たちの名盤探しに奔走するようになる。

アンチ定盤世代がここに登場することになった。サバービアに代表されるこのような動きの中から、70年代までのマッチョなロック観からは抜け落ちていた(あるいは「ロック」という概念には、もはやとらわれない)数々の幻の名盤が発掘されたことは非常に有意義でもあったが、その一方で、彼らの多くがクラシック・ロックの名盤に背を向けたことで、少々歪な状況も生まれた。

かつて、レコード店でのこんなエピソードを聞いたことがある。クラブDJの男の子がある中古レコード店に入って、そこでかかっていた音楽のカッコ良さに驚いて店員に質問した。「このカッコいいブレイク(註)は、一体誰のレコードのなんですか?」。

ところがこの時に店内でかかっていたのは、ロックの大定盤中の大定盤、ビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のタイトル曲の“リプライズ”の一部分だったというからおもしろい。

これは、新しい世代にとって、クラシック・ロックの世界がどれだけ遠い世界のものになっていたのかを如実に示すエピソードでもあると同時に、そうしたかつての大定盤の中には、90年代以降のクラブ・ミュージックを経由した世代の鑑賞にも耐え得る魅力を持った音楽が収められている可能性をも示しているのだ。


▼高まるロック定盤への関心

そんな時代からさらに10年以上が経過した。“アンチ定盤”的な立場からの「幻の名盤」探しも一段落した感がある。その一方、現在では紙ジャケや、「デラックス・エディション」などのフォーマットでの有名アルバムの魅力を再確認できるようなリリースも増加、そして前回もここに書いたアナログLP復活のきざしなどもあり、かつてのロックの定盤アルバムへの関心は、以前より高まりを見せているようにも見える。

それらを支えているのは、まず一番には中高年層で、60から70年代にロック・キッズだった世代だろうが、今現在の若い世代には、かつての“アンチ定盤”的な志向は強くないように見える。ロックの歴史を辿り直す教科書的な『MTVロック検定 公式テキストブック』のような本が売れているという話などを聞くと、そういう期待は確信へと変わっていく。

また、英国での動きではあるが、先にも触れたロック定盤の象徴のようなビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のリリース40周年を記念して、オアシスやカイザー・チーフスといった英国の有力若手から中堅バンドたちが集まってトリビュート・アルバムをリリースするのだという。


▼爆発する情報量の中で、求められる座標軸

話を日本に戻すと、若者はしばしば、直上の世代と逆の方向に行きたがるものだし、そもそも何が定盤なのか、といった情報は、アンチ定盤世代が登場した頃に比べると、相対的にはかなり小さなものとなっていて、何はともあれ座標軸になるものを知りたいという欲求が高まっているのではないか。

それは、情報量全体の増加の中で、何が基準となる情報なのかがわかりにくくなっている、現在のインターネットを中心とした情報化社会の中で、人々がうすうす感じている「不安」と呼応しているようにも思える。

そんな時代に『レコード・コレクターズ』では、この5から7月号で、3か月連続で50から80年代の洋楽ロックのアルバムの定盤にもう一度スポットライトを当てるべく、大特集を敢行することにした。

もちろん、かつてのロック・キッズたちだけに向けたノスタルジックな意味だけでの特集ではなく、アンチ定盤世代のリスナーたちによってもたらされた価値観の多様化にも対応し、中心線は守りながらも、60から70年代のロック的な価値観そのままの定盤だけを紹介するのではなく、80から90年代に掘り起こされた作品なども取り込んだ形にするつもりだ。多くの音楽ファンに見ていただきたいと思う。

註 ブレイク(ブレイク・ビーツ)=DJの手法的に、抜き出して“使える”ドラムスを中心とした演奏の部分。


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