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痛みの性質を知って病気を予防する(その2)

■日本テレビ 大杉君枝さんの自殺と線維筋痛症

前回のコラムに読者の方からご質問をいただいた。要約すると以下のようになる。

「以前、女性アナウンサー(日本テレビ 大杉君枝さん)が線維筋痛症という病気を苦に自殺したという報道があったが、ほんとうに痛みに耐えかねて自殺するという事があるのか。また、病院から出されている薬物が影響していることはないのか」という内容であった。

さっそく、病気を苦にした自殺という観点で、過去の記事を調べてみたがその多さに驚いた。痛みだけが自殺の動機かどうかは記事内容だけでは判断しかねるが、少なくとも痛みが発端になっていることは確かのようである。

その中には病気の当事者ばかりではなく、介護者である夫が妻を病苦から解放しようとして一緒に服毒した事件や、病身である自分の将来を悲観した親が幼子を道連れに親子心中したという痛ましいものまであった。

「苦痛」という言葉があるが、痛みに苦しむと書いて「苦痛」とはよく書き表したものである。しかし、医学的には痛みそのものが原因で人間が死ぬということはないらしい。自殺に関して調べてみても痛みそのものが原因というわけではなく、このさき生きて行く事への不安や絶望感が自殺へと導いていったということが読み取れた。

治療のために使われる向精神薬などが、自殺を助長しているのではないかとの指摘については、自殺者はむしろ医療機関にかかっていないか、医療機関に通わなくなってしまったケースの方が多かった。

一人で悩みを抱え込んでしまった結果が、自暴自棄に陥った理由ともとれる。現代医療が病気を治すことばかりに気を取られ、病人の社会的・心理的ケアが不十分だという批判はこういうところからも生まれてくるのだろう。これらは今後の医療を考える問題点を指摘していただいたと受け止めたい。

ところで線維筋痛症(FMS)は、全身にわたる筋骨格系の慢性的な痛みに加え倦怠感、睡眠障害、便通異常などを伴う疾患である。原因はまだ明らかになっていない病気で、その背景には患者固有の身体・心理・社会的状況などが複雑に絡んで発症するとされている。

治療には薬物療法の他に心理療法や温泉療法、ハリなどの刺激療法が効果的とされている。読者からの質問にあった女性アナウンサーの自殺も、マスコミ関係者という実存的な特殊環境が大きなファクターであり、それに対する心理的なケアが充分なされていたかどうかが問題視されていたように記憶している。


■痛みを脳に運ぶ新幹線と在来線

このように、私たちの体は痛みという感覚に強く影響され、またよく反応するという性質がここでよく分かったわけだが、前回も触れたように、不意に下腿のムコウズネをイスの角などにぶつけると、たいてい誰でも「アッ、痛ッ」と思わずそこを手で押さえたり、さすったりする。時には痛いところをわざと強く圧迫したりすることがある。こうすることで痛みが軽くなった感じがするし、少なくとも激しい痛みがまぎれることは誰でも実感できると思う。
 
では、一体どうしてこのようなことが起こるのだろうか。分かりやすくするために大まかに表現すると、ぶつけたムコウズネの痛みを脳へと運ぶ神経には、大きく分けて直径の太いものと細いものとの2種類がある。

それぞれ「痛い」という電気信号を脊髄に向かって運ぶが、太いほうの神経は「どの場所が、どう痛い」といった情報を毎秒12から30メートルという早いスピードで運ぶのに対して、細いほうの神経は「痛みの場所はハッキリしないが、ジーンとした鈍い痛み」を毎秒0.5から2メートルというゆっくりしたスピードで運ぶ。

その結果どうなるかというと、ぶつけた瞬間はその場所にすぐ鋭い痛みを感じたあと、一瞬、間をおいて場所はハッキリしないがジーンとした鈍い痛みがあとからやって来る。このとき、不用意に足をぶつけた自分自身を腹立たしく思ったり、そばにいた誰かに揶揄されたりすると、つい興奮して痛みはさらに強く感じたりする。

情動という心の動きを伴った痛みが後からやってくるのを、どなたも一度は経験されていることだろう。

さて、この太い神経も細い神経も脊髄を通って脳へ痛みの信号を送る。脳はその信号から、どこがどんな風に痛いかといった情報を受け取って最終的に、「ムコウズネを強く打った」という痛みの全体像を認識するというわけである。

また、小さな子供が頭をぶつけて泣いたりすると、大人が「痛いの、痛いのぉ 飛んでけ!」と頭を撫でたりするが、不思議なことにそれだけで泣きやむ子供が多い。実はこれには感覚の修飾といって、意識を別のところに向けることで実際に痛みが軽く感じられるという痛みの性質が隠されている。

こうした痛みの性質を知ることで、少しでも生活の中に役立てることが出来たらいいと思っている。次回はいよいよ病気のサインとしての痛みについて触れたいと思う。


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