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旅館経営者にとって、今、何が一番頭の痛い問題か――

旅館経営者にとって、今、何が一番頭の痛い問題か――。

旅館によって、個別の問題点はそれぞれあるだろう。だが、「料理に関してはまったく問題ない」と胸を張って答えられる経営者はどのくらいいるだろうか。

旅館は伝統的に、ホテルと違って「一泊二食」で価格設定をしてきた。このため、旅館の料理にどのくらいの金額がかけられているのか、宿泊客は知る由もない。

一泊3万円で宿泊したお客さんは、3万円分の料理が出ると錯覚して、旅館に「この程度の料理なのか」と嫌味を言ったり、苦情をネットで書き散らしたり……。

しかし、現実的には宿泊費に占める料理原価率はおおよそ15%―20%程度に抑えられている。だから、3万円で宿泊しても4500円から6000円程度というところか。ましてや一泊二食1万円では、料理の原価は1500円―2000円程度であり、それも夕食と朝食の2回分を合わせての計算である。

旅行パンフレットを開けば、伊勢エビやアワビが大写しにされ、皿数も12-15品がひしめきあうように豪華さを競い合う。

「旅行会社はとにかく皿数を気にする」と旅館経営者は愚痴をこぼす。「お客さんを送るから何とか14皿で頼むよ。漬物は皿数の勘定のうちに入らないからね!」と旅館に電話一本で要請する。旅行会社としても、お得意さんを送った旅館で、食事が貧弱だったなら、大切な顧客を失ってしまう、という強迫観念があるのだ。

「1500円の原価で14皿の料理を一体どうやってつくるのか……」
料理長は途方に暮れ、遠くをぼんやりと眺める。そして経営者や女将に相談する。
「そこを何とかするのが、あなたたち料理人の腕の見せどころ」と経営者や女将は言うしかない。

旅館はやはり、料理で利益を上げていかなければならないのだ。

もはや消費者は、皿数などほとんど気にしていない。バブル期には、旅館料理は食べきれないほどの量を提供してきたが、今はヘルシー志向も手伝って、「美味しいものを少量食べたい」と望むお客が多い。

消費者ニーズと、自分たちが実際に提供している料理との乖離を、旅館は“知りすぎるほど知っている”のだ。

宿泊費1万円であったとしても、旅館は旅行会社に送客手数料として20%ほどを取られてしまう。さらに、旅館には仲居さんや調理人など多くの従業員を必要とする。人件費の割合は、ビジネスホテルなどと比べものにならない。

大きな露天風呂もあるし、そのメンテナンスも大変だ。高齢者のお客さんが多いため、最寄り駅からの送迎バスのサービスも行っている。「もてなし」が勝負の見せ場となる旅館では、客室ごとに花を活けなければならないし、掛け軸だって気を配る。館内、庭園の掃除だって大変だ。大規模旅館では光熱費だってバカにならない。綺麗な食器だって買いたいし、東京の高級レストランにも負けないほどの洒落た食空間の演出だってしたいのだ。


せっかく遠くまで来た旅館では、やはり美味しいものを食べたいと思う。しかし、有名レストランで支払った1万円の料理と比べられると、旅館としては非常につらい立場にある。だから、そこでしか食べられないような食材を何とか探していかなければならない。しかし、上等なものはすべて、高い値がつく築地に行ってしまう流通経路の問題もある。地産地消自体、非常に難しいのだ。

最近ようやく、「泊食分離」という宿泊費と食費を別に明示した料金システムを取り入れる旅館も増えてきた。国も不振にあえぐ旅館の再生策の一つとして推進している。

この泊食分離が旅館という「伝統文化」にマッチするかどうか、ずっと旅館経営者の間でも議論がなされてきた懸案だ。

「コンビニで買ってきたオニギリやカップラーメンを片手に、素泊まりでは……」という考えもあるのだろう。

しかし、極限にまで多様化してしまった消費者ニーズのなかでは、旅館のあり方も根本から変わらなくては、もはや対応できない時代になってきたような気がする。


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