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福藤豊が再びNHLの舞台に立つ日

日本人初の快挙となった今年1月13日、セントルイスでの対ブルーズ戦。2005年8月ロサンゼルス・キングズと2年契約を結んでから1年半、福藤豊が初めてプロアイスホッケーの世界最高峰リーグであるナショナル・ホッケー・リーグ(NHL) の舞台に立った。

以来今季は4戦出場して0勝3敗。勝ち星なしというトップリーグの厳しい洗礼を受けたが、NHLプレーヤーとして堂々のプレーを見せた。

それから3か月、現在はアメリカン・ホッケー・リーグ(AHL:NHLの2軍にあたる)のキングズ傘下マンチェスター・モナークスで、『カルダー・カップ』優勝を目指して激戦のプレーオフを戦っている。


NHL再昇格への階段「肉体的な壁を越える」

もはやNHLの舞台に立つことは夢ではない。それは現実味を帯びた目標へと変わった。しかし、まだまだ目の前に立ちはだかる壁は大きい。

キングズのクロフォード監督が、「彼はまだAHLのレベル」と評しているように、福藤が再びNHLの氷上に立つには克服しなければならない課題が多い。

では、何が必要なのか。現在バンクーバー・カナックスでゴールテンディング・コンサルタントをしているイアン・クラークコーチは、2003年まだイースト・コースト・ホッケー・リーグ(ECHL:NHLの3軍にあたる)のシンシナティチームの練習生として参加していた福藤をコーチしたことがある。

「その時の印象は、とてもクイックで、運動能力もかなり高かったという感じだった」。クイックというのは、パックへの反射能力が高いということだという。手や足の動きのパックに対する反応の高さはそのころから備えていた。

でもまだまだ北米のプロホッケーレベルに達してはいなかったと振り返る。3年以上経った現在、彼に何が必要かをたずねた。「技術的な面もまだまだ改革する必要はあると思う。それと体を大きくすること。背は高いけどちょっと細い。あれから3年は経っているので、少しは状況が違うけど、それでも体を大きく、強くする必要はあるでしょうね」

日本人が北米人のような体を作ることは可能なのだろうか。アジア人は総じて、どの競技を見ても筋肉が細いように思える。カナックスでストレングス&コンディショニングコーチを担当しているロジャー・タカハシコーチは、「不可能ではないでしょう。体を大きくすると言うのはただ単に大きな体にするのではなく、その競技に必要な筋肉を鍛えるということ。彼に必要なのは、まず下半身の強化でしょう」。

福藤の場合、ゴールキーパーに必要な筋肉をつけることで体の大きさに匹敵する力は補えるという。日系3世でもあり、カナックスの選手やその傘下チームなど70人以上もの選手の体調管理を担当するタカハシコーチの言葉には説得力がある。

「精神的な強さの証明」

精神的な面ではどうだろうか。ゴーリーは精神的にかなり負担を強いられるポジションだ。

「3年前ということを条件に話すと」と前置きして、その当時は3番手ゴールキーパーだったが、上の2人が欠場して突然福藤に出場機会が回ってきた。それでも、動じることなくかなり良い成績を残したと記憶しているという。

冷静で、適度にリラックスしていて、立ち直りもはやいというゴールキーパーに必要な精神的要素をそのころから持ち合わせていたとクラークコーチは振り返る。

これについては、現キングズのランフォードコーチも同様のことを言っていた。「いつも前向きで、笑顔を絶やさない」。出場機会がそれほどないバックアップゴーリーとして、こうした姿勢は大事だと。

これについては私も同感だった。練習を終えた後の英語でのインタビューにも、特に神経過敏になることもなく、緊張することもなく、恐縮するでもなく、堂々とした応対ぶりだった。

「自分が今どこでプレーしているかを考えた時に、英語で対応するのは当たり前だと思います」と、さらっと言ってのけるところに物事に動じない芯の強さみたいなものを感じた。

「NHL生き残りを賭けて」

こうした経験を積んでもなお、NHLで生き残れるかどうかはわからない。今年のオフにキングズとの2年契約が切れる。再契約なるかは注目するところだ。

元キングズでのチームメートで、現在カナックスにレンタル移籍しているDFブレント・ソペル選手は、「ゴーリーは特に経験を多く必要とするポジションなので、彼はまだまだ(NHLでの)経験も時間も必要だけど、きっといいゴーリーになるよ」と評価する。24歳という遅めのNHLデビューについても、「まだまだこれから」と笑う。

タカハシコーチも、「ゴーリーは比較的選手寿命の長いポジション。まだまだこれからチャンスはあると思う」と前向き。

「飲み込みが早く、練習メニューもまじめにこなすし、こうした姿勢は一流選手になるには大事な資質の一つ」とクラークコーチもこれからの福藤に注目する。

「才能と強運を備えて、まっすぐに突き進む」

こうした選手としての資質、才能に加えて福藤が持っている武器がもうひとつあると私は思う。それは彼の『強運』である。3年前もそうだが、今回のNHLデビューにしても、ECHLの選手がいきなりNHLの舞台でプレーするという、まさに奇跡に近いことが現実に起こるなんて、そうそうあるものではない。

ホッケー王国カナダで生まれ育ち、NHLの舞台を夢見てひたすら努力すれども、結局マイナー止まりなんて選手は五万といるのだ。『運も実力のうち』と気休めみたいに使われる言葉も、ここまで来ると真実味を帯びてくる。

それもこれも彼の前向きな姿勢が引き寄せるのかもしれない。彼にインタビューした時、心に残っているシーンがある。

1月25日対カナックス戦前の練習後、今日の先発は? と聞いた時「今日は監督から何も言われてないのでベンチです」とちょっと残念そうな顔をした。しかしその数秒後、「でも何があるかわからないですからね。準備しておきます」と晴れやかに言った顔がとても印象的だった。

常にまっすぐに前を見つめ、目標に向かってひたすら突き進む姿勢に、何十億という破格な年俸で動くメジャー級の選手達とは違った、新鮮な風を感じた。

「福藤が再びNHLの舞台で活躍する日」が、私の中で確信に近いものになっている。

 
 


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