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NO STYLE広告論 TOYOTAはCMでも世界の頂点を目指す

ここ数回は、アジアのコマーシャルをクローズアップしたいと思っている。主にここ数年のカンヌ広告祭で評価の高かったものやアジア最大の広告祭「アドフェスト」の受賞作から紹介していくつもりだが、今回は インターバルとして、CMでも世界を目指すTOYOTAのチャレンジについて触れたい。

オンエア回数が少ないため、メディアサボールの読者でご覧になった方は多くはないかもしれないが、TOYOTAは2005年、「ミジンコ・ラブ」というタイトルのコマーシャルをオンエアした。 60秒の長尺CMだ。光も射さない漆黒の水中。そこを一匹のミジンコが 漂っている。

やがて、ミジンコはパートナーを見いだし、次のシーンでは子連れになっている。 画面が引くと周囲には、彼らと同じようなミジンコファミリーが大量に泳ぎ回り……と言葉で説明すると、ちょっとおぞましい感じなのだが、現物はCGを用いた美しい映像に仕上がっており、ストーリーというほどの内容もないのに思わず見入ってしまう。

なによりミジンコがかわいくデザインされている。体がクリスタル で内臓も透けて見えるのだが、恋愛するとハートが金色に光るなど、 凝ったディテールが微笑ましい。 やがて、年老いたミジンコ両親は同時に寿命をむかえて力尽き、水底に 沈む。と、いきなり画面は液体が黒いホースに吸い上げられるシーンに 切り替わり、ホースの向こうから一人の男がこちらをのぞきこんでいる。

そこはガソリンスタンドで、男は給油の最中だったのだが、彼が手にしたホースの先からガソリンが一滴スローモーションで落下。カメラがその水滴にクローズアップすると、その中には二つのきらめきが見え、死んだミジンコ・カップルが何百万年もかかって化石燃料になってしまったことが暗示される。

ところが、その水滴はあえなく靴の上にたれ、男は「クソっ!」とひと言。 一滴のガソリンにも、こんな途方もない生命の営み(愛のストーリー)が 隠されている。だから、資源を大切にしましょうというメッセージを伝える一種の環境広告なのだが、「ミジンコ(比喩としての人間)の一生 なんてしょせんこんなもんさ」とも捉えることもできる、なかなか奥深い作品に仕上がっているのだ。 (YouTubeで発見できなかったので、関係者の運営するサイトを紹介します。映像はコチラで。http://www.d2.com/links/comm/archive/arch29/arch29.htm

お気づきの方もいるかもしれないが、このCM、トヨタのコマーシャルなのにクルマが一度も出てこない。つまり、トヨタの商品を売るのではなく企業姿勢を伝えるいわゆるブランド広告なのだ。 が、この「ミジンコ・ラブ」の場合、もうちょっと別の側面(役割)もある。

これはカンヌを始めとする、世界の広告祭での受賞をあらかじめ視野に入れた上で制作された特製CMなのである。 なるほど、あまり日本ではお目にかかれない映像だ。それもそのはず、企画こそ博報堂だが、演出をはじめとする制作スタッフの多くは欧米人。

つまり、「ミジンコ・ラブ」は、製品だけでなくCM表現でも世界の頂点を目指す、 TOYOTAの戦略的プロジェクトから生まれた作品なのだ。 カンヌをはじめ世界の広告祭で受賞することが、そのブランドの価値を 上げるという発想は、いまやグローバルに展開する大企業には珍しいものではない。

実際のところ、世界中から集まるカンヌへの出品CMでは、TOYOTAは HONDAに一歩リードされている印象もあり、昨年のカンヌ広告祭を振り返っても、HONDA UK「コーラス」「インポッシブル・ドリーム」が金賞、一昨年の「Grrr」はグランプリを受賞、4年前の「Cog」は金賞だったがグランプリの呼び声も高かった。(いずれも企画はロンドンのWieden+ Kennedy。) 


●Honda Civic- Choir(クワイヤー:合唱団)  「コーラス」


●Honda Civic- Choir 「コーラス」のパロディ


●Honda Impossible Dream


●The Making of the Honda Impossible Dream(制作過程)


●Honda Grrr


●The Cog (Honda Accord Commercial):Rube Goldberg Machine


●Making of the Cog (Honda Accord Commercial):制作過程


それに対して、一昨年TOYOTAが放った「ミジンコ・ラブ」はクオリティの高いCMに仕上がりながら、カンヌでの受賞はかなわなかった。 しかし、TOYOTAのチャレンジがそこで終わるわけではなく、先週も紹介したプロジェクトの第二弾「Humanity」はみごとカンヌ銀賞(2006)、今年のアドフェストグランプリを獲得し、TOYOTAは着々と成果をあげつつある。

もちろん“次”にいっそう期待がかかっているわけだが、先日(4月29日)ついにプロジェクトの第三弾が120秒バージョンで、BS-iの「私の美術館」にて限定オンエアされた。 「出会い」をテーマにした、これまでとまた全然異なるアプローチのコマーシャルだった(企画も今回は電通)。

正直クルマのCMとして必ずしもわかりやすいものではないが、私は面白いと思った。まず、クルマが出てこない。かと言って「ミジンコ・ラブ」のような寓話でもない。 登場するのは主人公の男と一脚のイス。彼がイスに腰掛けたまま、あえてチープに作ったかのようなミュージカル風の街(セット)を移動しながら、様々な「出会い」を体験するというもの。

決めのコピーは「Something the Internet can't do.」。

演出はiPodも手がけるローガンらしい。アナログ感のある舞台装置を生かして、「クルマ」が生活にもたらす“豊かさ”(スピードや快適性ではなく)を表現 しようとした、なかなかクオリティの高いCMに仕上がっている。 「クルマ」の新しい価値観として、こういう部分をアピールするのは納得がいく。

こちらが考えないとメッセージを咀嚼できない(すんなり入ってこない)ところや、インパクトの点で、昨年のHONDA「コーラス」やSONY「BRAVIA」の域には到達していない気もちょっとしたが、それにしても世界がこれをどう評価するか楽しみだ。 あなたは、どうご覧になるだろうか。


●TOYOTA 「Meet」


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