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アンリ・サルヴァドールの集大成 新作アルバム『レヴァランス─音楽よ、ありがとう!』

  • レコード・コレクターズ 編集部

  • 祢屋 康

フランスの歌手、アンリ・サルヴァドールの新作アルバム『レヴァランス─音楽よ、ありがとう!』が4月に日本で発売された。南米の仏領ギアナ(ブラジルの北隣)出身のサルヴァドールは1917年生まれというから、今年90歳になる。

アンリ・サルヴァドールは、1930年代から活動をはじめて、40年代にはギタリストのジャンゴ・ラインハルトと共演したり、フランスのジャズ・ミュージシャン、レイ・ヴァンチュラの楽団に加わって活躍(南米へも公演に行っている)。 50年代にはボリス・ヴィアンやミシェル・ルグランと組んでフランスで初のロックンロールを歌ってたという人である。

2000年にサルヴァドールが発表した“Chambre Avec Vue(日本盤タイトルは『サルヴァドールからの手紙』)”はフランスで50万枚を越える大ヒットになった。サルヴァドールはこのとき、80歳を過ぎて大々的にカムバックしたことになる。

年末あたりからこのアルバムは日本でも話題になり始め、翌年の9月に日本でも発売された。 99年にはそれまで日本盤が出たことがなかったアンリ・サルヴァドールのCD『リゴロ』(60から70年代のサルヴァドールの録音をまとめたもの)が発売されているが、一般の音楽ファンも巻き込んで名前が知られたのは、『サルヴァドールからの手紙』が出てからだった。 『リゴロ』が出た時点では僕自身も名前は聞いたことがあるという程度だったが、サルヴァドールのコミカルでハチャメチャな作品を中心にまとめられた『リゴロ』を面白く聞いた。

しかし、『サルヴァドールからの手紙』は、サルヴァドールが長年の夢をかなえようと自分の好きなように作ったアルバムということで、ボサノヴァ・タッチの曲が中心の、シンプルで控えめなアレンジとクルーナー風の歌唱が味わい深い落ち着いた作品だった。 それを80歳を越えた歌手が歌っているということにも興味がわいた。そして02年の秋には来日公演も行なわれ(東京は渋谷・シアターコクーン)、コミカルなおしゃべりも交えて元気なステージを見せてくれたことが印象深い。

今回のアルバムの『レヴァランス』というタイトルは“最敬礼”といった意味だそうだが、資料には“スイング・ジャズが花咲くパリの活気を存分に浴び、後のブラジルでの活動を通して、その優美な音楽に魅了された彼が、齢90歳を前にして、音楽への深い感謝をこめた作品をリリース”とある。 その資料にも書いてある有名なエピソードに、サルヴァドールの58年の「ダン・モニール」という曲がイタリア映画『ヨーロッパの夜』に使われ、それを見たブラジルの作曲家、アントニオ・カルロス・ジョビンにヒントを与えて、ボサノヴァが誕生したというものがある。

サルヴァドールは来日時の『ミュージック・マガジン』(02年12月号)のインタヴューで、そのことをブラジルのミュージシャンのセルジオ・メンデスから聞いてびっくりしたと言っているが、それで、ボサノヴァを聞いて、今度は自分がインスパイアされたそうだ。 今回はサルヴァドールから、そのブラジル音楽へのお返し、ということなのである。

2001年の『サルヴァドールからの手紙』がフランスで売れていることをレポートした雑誌『ラティーナ』の記事中で、サルヴァドールは、ブラジルの作曲家・歌手のカエターノ・ヴェローゾにアルバムのために歌詞を書いてもらおうと打診したが断られた、というエピソードを読んだ記憶がある。

カエターノ・ヴェローゾは81年のアルバム『オウトラス・パラーヴラス』でその「ダン・モニール」をカヴァーしているし、妹のマリア・ベターニアに提供した ‘Reconvexo’という曲でもサルヴァドールのことを歌ってる彼のファンのはずなのになぜ、とそのときは思ったのだが、今回、とうとうサルヴァドールはヴェローゾとデュエットを録音した。

さらにアレンジにもヴェローゾと縁の深いジャキス・モレレンバウム(映画『セントラル・ステーション』のサントラや坂本龍一とのユニット、 Morelenbaum2 / Sakamotoでの活動でも知られるチェロ奏者)を迎え、ボサノヴァのムーヴメントの真っ只中で活躍したジョアン・ドナートもピアノを弾く。 カエターノ・ヴェローゾの盟友で、ブラジルの文化大臣でもあるジルベルト・ジルともデュエットを聞かせるなど、サルヴァドールにとってもこれ以上ない、いい形でのブラジル勢との共演が実現したことが何よりも素晴らしい。

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*アンリ・サルヴァドールについては以下のホームページに詳しい(本稿の執筆にも参考にさせていただきました。感謝します)。http://rigoler.hp.infoseek.co.jp/who.html(アンリ・サルヴァドール  人と音楽)


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