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文化として評価されるレコード・ジャケット

先日、某テレビ局から、朝の番組で紙ジャケCDの特集をするので取材に伺いたい、という電話があった。関係レコード会社やレコード店にも取材した、朝の番組の一コーナーとしては大きな企画らしかったので、取材を受けることにした。

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紙ジャケットとは (はてなダイヤリーより)

LP等のアナログ・ディスクで発売された音楽作品がCD、DVD等のデジタル・ディスクとして再リリースされる際に、プラスチックのケースではなく、LP等のミニチュアのような紙のスリーブを付されて発売されること又は発売されたものをいう。
紙ジャケ化に伴い、リマスターを施されることも多い。
また、紙ジャケの多くは初回限定生産であり、希少価値が高いことが多い。
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それから二日後の取材当日。

編集部にて、それまでの二日間で会社の倉庫や自宅から探し出してきた話のネタになりそうな紙ジャケ盤のほか、その大元となった英米のオリジナルのLPレコードなど計30点ほどを広げ、各盤の保護ヴィニールを丁寧に外して準備が整った頃に担当者から電話が入った。

「ある事件があって取材チームがそちらに回らなければならなくなったため、今日の取材はキャンセルさせてほしい」という。まぁテレビだし、こういうこともあり得るのかなと思ってはいたが、苦労して探し出した何枚かのレコードのことを考えると、ちょっと力が抜けたのも事実。

今回は、取材を受けた場合にお話させていただこうかと考えていた内容を、この場を借りて少し披露させていただこうと思う。

紙ジャケのリリースが始まったのは94年と言われている。当初はとりあえずLPの小型化であればいいということで、多くは国内盤LPを基準にして制作されていた。

中には、通常のプラスチック・ケース入りのCDと同じようにタイトル・ロゴなどだけはそのまま縮小するのではなく、少し大きめにしてCDサイズでも見やすいように「配慮」した紙ジャケも存在した。しかし紙ジャケが人気を集め、レコード会社各社がその精巧さを競い合うようになると様相は変わり始めた。

元のLPのジャケットに非常に凝った仕様のものが多いプログレッシヴ・ロックのアルバムが次々に紙ジャケ化されるようになった辺りから、かつてはなかなか手に入れることが難しかった「本国のオリジナル盤」を基準にした紙ジャケが次々と作られるようになってきたのだ。

「本国」とは、アルバムを作ったアーティストの出身地、または主な活動地を指すが、プログレッシヴ・ロック系アーティストの場合、その多くは英国だった。

70年代半ば以降、日本にも「輸入盤」という形で多くのLPが入ってきており、日本の音楽ファンも手にしやすかった米国盤と比べ、プレス枚数も少なく(市場規模を考えれば当然ではあるが)希少な存在だった英国盤LPは、プログレッシヴ・ロックやブリティッシュ・ビートのマニアにとっては、長く憧れの存在であった。

それは単に希少だったからではない、米国とは基本的なところから違うジャケットの構造(大雑把に言えば、米国盤は厚紙で作ったジャケットの上に印刷した紙を貼るが、英国盤は印刷した紙を直接張り合わせてジャケットの形にする)、ジャケット表面をカヴァーするために行なわれているコーティング加工とそれによって変化するジャケットの図柄の色合い、紙質へのこだわり、様々なギミック等々、英国盤LPのジャケットには、国内盤や米国盤にはない、紙ジャケ化にピッタリの魅力を備えたものが少なくなかった。

恐らくこの英国盤を強く意識し始めた辺りが、紙ジャケの転機になったのではないかと思う。

僕自身もキンクスの60年代のアルバムの紙ジャケが、当時の英国盤同様の折り返し(ジャケット表面の紙の糊代部分を裏側の紙の上に折り曲げて接着する、60年代の英国盤のジャケットに多い仕様)になっていたり、ポール・マッカートニーのソロ・アルバムの表面に明らかにコーティングが施されてピカピカに光っているのを初めて見た時に、衝撃を受けたことを覚えている。2000年前後のことだ。



●キンクス『フェイス・トゥ・フェイス』
 裏側を見て折り返し仕様になっていて驚いたキンクス60年代のアルバム
 の紙ジャケのうちの一枚(表側)。この7月にBMGジャパンから紙ジャケの
 リニューアル版がリリース予定



●キンクス『フェイス・トゥ・フェイス』
 裏側を見て折り返し仕様になっていて驚いたキンクス60年代のアルバム
 の紙ジャケのうちの一枚(裏側)。─ クリーム色になっている三方の部分が
 「折り返し」



●ポール&リンダ・マッカートニー『ラム』
 コーティング加工で表面がピカピカになっていて驚いた、ポール・マッ
 カートニーの初期のアルバムの紙ジャケ

その後、紙ジャケはさらに(英国に限らず)アーティスト本国の「初回盤」を基準とする形へと進化している。アーティストが直接、確認した可能性の高い最初のプレスこそが、その作品の中でも最も正当性の高いものだと信じられているからだ。

一方で、「初回盤」ジャケット探しが、紙ジャケ盤をリリースしているメーカー、ユーザー、そして我々のようなメディアの三つ巴で展開するゲームのような状況にもなっているのだが、そうした動きが本格化すればするほど、元になるLPジャケットの細かな仕様を「工業製品」として精緻に分析、評価するような見方も広まってくる。

つまり、一枚のレコード・ジャケットから国柄や時代性を読み取り、レコード・ジャケットを、より厳密な意味で「文化」として評価していくような見方が広がりつつあるとも言えるわけだ。

ちなみに、件のテレビ番組の紙ジャケ特集は、幻の取材日の翌日、何事もなく放送されたようだ。放送時間がハッキリとわからなかったので僕自身は半分ほどしか見ることはできなかったのだが、その番組のキャスターもレコード・ジャケットは文化なんだから…と強調していたのが印象的だった。

 


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