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一族の期待を一心に背負うインド人スキルワーカーの海外進出

<記事要約>

現在、45万人もの、アメリカ永住権取得を待つインド人スキルワーカー達が、不法就労者のせいで足止めを食らうハメになっており、グリーンカード取得の手前で立ち往生中。大変に困難な状況にある。

マイクロソフトやシスコシステムズなど、アメリカの有力なハイテク企業のサポートや圧力団体の働きかけにもかかわらず、移民に関する問題解決の論議は1200万人いると言われている不法移民の問題に始終し、その結果そういった不法移民達の方が、アメリカ永住権を先に取得してしまうような事態ですらある。

その上、いくつかの新ルールが、グリーンカード取得を待つインド人エンジニア達の状況に追い討ちをかけようとしている。それはスキルワーカーへのグリーンカード発行を14万人から9万人に減らそうという動きだけではなく、H1─Bビザ(特殊職業就労者、いわゆる専門職者に与えられるビザの事で最も一般的な就労ビザ)には、1年に1度のビザ更新を求めるようになるかもしれない、というもの。

インドから1年に1万人のグリーンカード取得を許可したとしても、現在の「在庫」(立ち往生している取得希望者)をすべてクリアするには45年かかる計算となるそうだ。

ヴィノード・アガルワールのグリーンカード取得顛末の話は、典型的である。彼は1997年に学生ビザで学位取得のためアメリカに来た。そして2000年にそのまま就職し、H1─Bビザを取得。2001年に雇用主のサポートの元、永住権取得への第一歩を踏み出した。だが、混乱した制度と膨大な「在庫」のせいですでに5年が何事もなく経過、さらにあと3─4年はかかるという見通しだ。

その他、「年間でスキルワーカーの雇用ベースのグリーンカードは14万人まで」というハードルや、「ひとつの国からの移民が配偶者や子供を含めても、その内の7%以上であってはいけない」、などのハードルもあり、インド人スキルワーカーでグリーンカード取得列に並ぶ者達は泥沼にはまった状態である。

(「The Times of Inida」紙 2007年5月26日より)

<解説>

NRIという言葉がある。これはインドに関わる者なら誰でも知っている言葉で「Non Residential Indian」を指す。つまり、在外インド人の事。

在外インド人は「印僑」と呼ばれる事もあり、それこそ世界各地に散らばっている。そしてアメリカにも大変な数のインド人、もしくは「アメリカ系インド人」がいる。

9・11のテロの時にツインタワーで働いていて命を落とした人の人数もアメリカ、イギリスに続き3番目にインド人(インド系アメリカ人)が多かった。2003年に打ち上げに失敗したスペースシャトルコロンビア号に搭乗し、命を落としたカルパナ・チャウラー(Kalpana Chawla)さんもインド系アメリカ人女性だ。NASAの科学者の3割がインド系だという話も聞いた。その他、例を挙げれば枚挙にいとまがない。

インドに住んでいると、しみじみ思い知らされるのが「子供を高学歴に仕立て上げ、外国に送り出す事」について、いかに皆が躍起になっているかという事。富裕層ではもはや、「猫もしゃくしも」というか、「当たり前コース」くらいの感覚になっており、どの家に行こうが誰と知り合おうが、必ずその家やその親戚筋の1人や2人はNRIだ。

そして、地位や肩書きというものに大変弱く、また、それを見せびらかすのが大好きなインド人の事。必ず、「うちのだれそれはアメリカで何々社のハイポストで」と自慢話が始まるのだ。富裕層で外国とのコネクションがない家は、ほぼ皆無といって差し支えないと思われる程。

その為、インドでの子供の受験戦争はすさまじい。それは日本の受験戦争が最悪だった頃の比ではないと言われている。もともと自殺大国であるインドなのだが、子供の自殺が非常に多いのもインドである。毎年、受験の季節になると試験結果を嘆くティーンネイジャーの自殺のニュースが後を絶たないのだ。

そういった子供時代が終わると今度は「MBA取得」が待っている。親達はローンを組んででも、子供を「MBA取得」のためにアメリカやイギリスに送り込むのだ。「うちの息子は今、MBA取得の─」このフレーズはインドに住んでいると、飽き飽きする程に聞くことになる。

インドの特徴としては、それらが「子供の為を思って」に留まらないところだと感じる。マフィアかと見まごうような「一族主義」文化を持つインドでは、結婚から始まって全ての物事が「自分の一族の毛並みが下らないように」「一族が成り上がれるように」で終始する。

結婚も「同じ階級・同じ経済レベル同士、そして色白である」事を非常に重視し、いまだに親の決めた「ふさわしい」結婚相手と結婚するのがインドだ。それは村などの話ではない。都市部の今風の若者でも結婚となると、途端に親に従う。

そして、外国に住んでいてもその価値観は簡単には変わらないようだ。なぜならば在外インド人も結婚となると、休暇を取ってインドに一時帰国し、親が用意しておいてくれた「ふさわしい相手」と結婚するのが一般的だからだ。NYなどで普段は颯爽と働くインド人ビジネスマンが、ちょっとの間いなくなったかと思ったら新妻を連れて帰ってきた、という話、聞いたことがある人も少なくないはずである。

そのため、インドの新聞の「花嫁・花婿募集欄」にも「結婚後アメリカで住むこと」という条件を挙げているものをよく見かけるし、カースト別に細かく分けられたその募集欄には「NRI欄」もある程。


このようにして、インド人の「海外進出」は一族総出の、人生を懸けての企てであるのが普通で、子供を海外に送り出し、晴れて子供のグリーンカード取得までこぎつけた親達の感慨も「これで子供にしてやれる事はすべてやった」ではなく「これで私も、一族の繁栄に貢献できた」といった感じである。

また、海外に送り出された方も、肩には一族を背負っている。優秀なインド人の猛勉強ぶりには定評があるが、留学中も、他の先進国からやってきた若者とはプレッシャーの度合いが桁違いだし、子供の頃からある意味「海外へ行って成功するコマ」としてマインドコントロールされているような状態なのだから、当然の事なのだろう。

だが、そんなインド人の海外進出の企みも、永住権取得の段階でそうとうな壁があるようだ。「うちの夫の甥はアメリカに住んでいて─」といった類の話をあまりにもよく耳にするので、ある程度のスキルと実績などがあれば、優秀なインド人というのはスイスイと永住権を取得しているのかと、私も今までは漠然と思っていた。

だが、そうではないらしい。郵便局で、駅で、街のいたるところで見かける「インドの典型的光景」のひとつ、長蛇の列。これはグリーンカード取得に際しても変わらないようだ。

だが、海外への頭脳流出が問題視されている昨今のインドでもある。国としては、あながち「悪い状況」とも言えない話なのかもしれない。


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