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たまには広告に踊らされてみよう

「賢い消費者」になろう、という話がよくある。広告にだまされず、自分の目でよく確かめて、自分が本当に欲しいもの、必要なものだけを買おうと。広告に踊らされてものを買ってしまうようではいけないというわけだ。

こうした「賢い消費者」論は、消費者啓蒙活動の典型的なテーマとなる。広告というものは、もちろんうそをついてはいけないわけだが、もともとその対象についていいイメージをもってもらうためのものだから、多少の脚色が入るのはいわば許容範囲だろうし、それで購買行動を喚起しないようでは作った側が困る。

しかしだからといって、広告のいうままにどんどんものを買っていてはお金がいくらあっても足りないだろう。看板に偽りあり、というケースもあるかもしれない。だまされないように、後悔しないですむように、賢くならねば、というのはまあ道理ではある。

とはいえ、私たちが広告によって購買行動を起こすということが、私たち自身にとってメリットをもたらしている場合がある。典型的な例が、広告料によってまかなわれているさまざまなメディアと、そこで提供されている多種多様なコンテンツだ。

いうまでもないが、今のメディアコンテンツ産業のかなりの部分は、広告料収入をベースとしたビジネスモデルになっている。現在私たちが日々楽しんでいるコンテンツの多くは、マスメディアである新聞社やテレビ局によって作られる。そしてこれらのコンテンツの制作資金は、スポンサー企業からの広告費が主体となっている。

スポンサー企業は、魅力あるコンテンツが提供されることによって、消費者の関心が集まり、そこで広告を見た消費者が、やがて広告の対象となった商品やサービスを購入してくれることを期待する。

たくさんの消費者の関心を集めたほうが広告の効果が高いから、メディアの側ではその期待に応えるべく、より面白いコンテンツを作る努力をする。それらの結果、私たちは面白いテレビ番組を無料で見られたり、質の高い新聞記事をそれほど高くない料金で読めたりできるわけだ。

もし私たちが、広告の甘い文句に全く迷わされず、必ず賢い選択をするようであったとしたらどうだろう。広告によって購買行動が引き起こされることが、もしなくなってしまうとしたら、広告料収入に多くを依存する現在のようなマスメディア主導のコンテンツビジネスは崩壊してしまわないだろうか。

杞憂かもしれない。しかしネット広告の登場によって、広告の効果はこれまで以上に適確に測定できるようになってきたのも事実だ。これにより広告主は、広告の効果についてよりシビアに考えるようになってきているはずだ。

「賢い消費者」ばかりになって、マスメディアの広告では購買行動を喚起できなくなったとすれば、もはや広告費を払い続ける理由はないと考えるようになるかもしれない。もしそうなったら、コンテンツビジネスの市場は果たしてどうなってしまうのだろうか。

もちろん、こうした娯楽その他のコンテンツは私たちの生活の中で欠かせないものとなっているから、現在のやり方ができなくなっても、中長期的には他のかたちでコンテンツが作られ、消費されるしくみができてくるだろう。

やがて、既存マスメディアに代わって、ネットメディアが広告費を集めてコンテンツを作るのが主流になるかもしれない。しかし、もしそうなるとしても、それにはおそらくそれなりの時間がかかるはずだ。

少なくとも現在のネットメディアで、自前の広告モデルに依存して既存マスメディアのような多様なコンテンツを製作し提供できているケースは見当たらない。

だったら、少なくとも当面の間は、少しは彼らの敷いたレールに乗って「あげて」、広告モデルがまだ有効だと信じさせてあげるのも悪くないかもしれない。広告の影響力がまだ強いのだと思えば、彼らも自分たちの努力が足りない、もっとがんばればもっと広告がとれると信じて、面白いコンテンツをいろいろ作ってくれるだろう。

たまには「賢くない消費者」になってあげて、広告に乗せられて買い物をしてみるのもいいではないか。たまには、でいいと思うのだが。


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