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ドルが暴落しない謎の解明と、金(ゴールド)価格のゆくえ

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5月26日、ひまわりCX主催の投資セミナーに出席した。講師は、マーケット・ストラテジィ・インスティチュート代表、金融・貴金属アナリストの亀井幸一郎氏。

【プロフィール】
1979年中央大学法学部卒業後、山一證券入社、その後、マネー・マネジメント・インスティチュート(MMI)、ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)を経て、1998年マーケット・ストラテジィ・インスティチュート代表取締役に就任。マクロ的観点からの金融、商品両市場を双方向に捉えたマーケット分析に特徴。プロフェッショナルの間でも信奉者が多く、辛口の舌鋒が冴える論客。金(ゴールド)市場動向分析の第一人者。

資産防衛に関心のある方にとっては、歴史的にみても重要な内容であるため、セミナーの概要をお伝えしたい。 ─以下、亀井氏の講演内容


■金価格を支える新要素「ETF」

ゴールド価格は、2006年には26年ぶりの高値 1トロイオンス 725ドルをつけた。その後、520ドル台まで急落したものの、現在は、600ドル台なかばに再上昇し、中長期的な強気ムードが市場では支配的だ。 金が700ドルを越えて上昇した背景には、ヘッジファンドなど投機マネーの大量流入があった。 一方、年金、財団、ミューチュアルファンドなどを中心とする長期投資主体の機関投資家によるゴールド需要は価格調整局面でも根強く、彼らの存在感は増している。

さらに、以前の金市場にはなかった要素も金相場を支えている。 新要素とは、ここ数年間に欧米市場を中心に登場した金価格に連動する上場投資信託の金ETF(Exchange Traded Funds)だ。2003年にシドニーで上場したのが最初で、その後ロンドン、ニューヨーク、ヨハネスブルク、パリで上場された。06年10月にはアジアで初めてシンガポール証券取引所にNY証券取引所と同じ商品(streetTRACKS Gold Shares)が上場されている。

実物資産である金を有価証券化させることで、投資家層は広がった。 05年12月以降06年11 月末までの1年間でゴールドETF全体の資産は316.30トンから588.61トンまで272.31トン増加した(プラス86%)。 約600トンというと上位10傑に入る中央銀行の保有する金準備に匹敵する量である。ETF購入の中心は年金基金と見られており、短期的な値動きでは売買をしない長期の投資家が金市場に入ってきた意味は大きい。

市場からこれだけの金現物が吸い上げられたことになり、需給を引き締める効果があるからだ。 2007年もゴールドETF の資産増加は続きそうだ。年金基金が1%の資産を金ETFに振り向けるだけでも、金価格は数十ドル上昇するという試算もある。


■リスクヘッジとしてのゴールド買い

ドル保有の潜在的リスクをヘッジするために、ユーロ資産を保有するだけではカバーできず、これまで持っていなかった金(ゴールド)もポートフォリオに組み入れておこうという考え方の国や機関投資家が増えてきた。

中国やロシアは、目下外貨準備高を膨らませているが、ドル下落リスクを前に、保有通貨構成ではドルの比重を落とし、ユーロのウェイトを増やしている。そして彼らはいずれ金保有の拡大に動き出すだろう。 経済成長の下、所得の増えたインドや中国の人々は、600ドル台に乗せた金さえも買い始めている。昨年夏以来、見送りを決めていたファンドだが、そうした実需に下値を支えられた金市場に意を強くし、1月下旬から積極的に資金を振り向け始めた。

その結果が足元の650ドル突破につながっている。 原油高でドル保有高が増える一方の中東産油国の動きも目が離せない。イスラム金融の世界では聖典コーランの教えにより、利子収入を得ることが禁じられているが、金利を生まない実物資産である金(ゴールド)は、彼らの間でも人気を博しており湾岸マネーのドル離れは確実に進行している。


■ドルが暴落しないカラクリ

米国の経常収支赤字については、過剰消費体質の構造要因に加えて原油高などの市場要因も加わり、増加の一途をたどっている。8500億ドルにも膨れ上がった経常赤字は、いずれドルの急落によって下方調整されるとの不安感を市場参加者や多くの投資家は共有している。 が、ここまでのところは、なんだかんだいいながらドル相場は比較的落ち着いた動きとなっている。

なぜ、ドルは暴落しないのか。 それは、ヒト、モノ、カネが自由に動き回るというグローバル経済の流れのなかで、各国、地域が相互補完的に支えあいながら拡大していく世界経済の形が出来上がっているからである。

一昔前と比較すると、経済の規模が格段に大きくなっている。 したがって、米国の経常収支赤字が増大しても、世界経済という大枠で考えると、相対的にはリスクが吸収されているという見方ができる。 日本、EUに加えて、経済成長の著しいBRICs(ブリックス)と総称されるブラジル (Brazil)、ロシア (Russia)、インド (India)、中国 (China)、さらに、世界経済の「周辺」にあるエマージング経済諸国から中心国・米経済へと資本が流れているのである。

昨年の経済活動を示す様々なデータの中に各国別の外貨準備の推移がある。 まず昨年日本を抜いて世界最大の外貨準備保有国となった中国。報道されているように昨年末の外貨準備は1兆663億ドルと1兆ドルを突破した。前年比 30%の増加(05年末8190億ドル)である。原油を中心とするエネルギー価格の上昇で国家財政が急回復したロシア。こちらは1月末時点で3038億ドルで、なんと前年同月比61%増(06年1月31日1884億ドル)。そして意外感のあるのがインド。これまで外貨獲得という面では見劣りしたのは否めないが、それでも外貨準備は1800億ドルとなり前年比29%増となっている。

これらの外貨準備の増加分の多くはドルだが、“米国がばら撒いたドル(米国の赤字)”がグローバル化のなかでキャッチボールされながら拡散しているともいえる。1のものが3にも5にもなるという、いわゆる“国際版の信用創造”が起きているわけだ。 「信用創造」とは、当初銀行に預けられた100の預金が、貸し出しに廻され、さらに借りた企業により(一時的にしろ)銀行に預けられ、それが更に貸し出され・・・という繰り返しのなかで、当初100の預金(マネー)が結果的に500とか1000の預金(マネー)になるという現象を指した言葉である。

米国(FRB)が、そして欧州(ECB)が、日本(日銀)が引締め方向に向かったにもかかわらずその効果が薄いのは、グローバル化と通信技術の発達で、お金の世界(マネー経済)が急拡大しており、世界貿易の活発化にこの金融取引の拡大が加わることで信用創造が膨れ上がっている結果とみられる。世界中が金余りの中に浸かっており、経済はバブル化している。カネがグルグル回っている当座は、非常に心地よい経済循環といえる。


■現在の金価格は高値なのか

過去の歴史を振り返ると、金価格が上昇するときというのは、戦争や武力衝突、天変地異、金融恐慌、通貨暴落、株式市場の暴落など、社会を大きく揺り動かす出来事が起こった場合に限られていた。 しかし、現在は、確たる目先の買い材料(大きなリスク要因)の見られない中で、ユーロに対するドル相場の軟化を足掛かりにファンドや年金基金が買い進むという構図となっており、明らかにこれまでとは相場付きが変わっているといえる。いわば静かな700ドル大台接近というわけだ。

この自然体ともいえる600ドル台の常態化と静かな下値切り上げの背景にあるものはなにか。 一般的に指摘できるのは世界的な金余りがある。 昨年秋に国際的な銀行の監督機関である国際決済銀行(BIS)が公表したデータの中に、世界のデリバティブ取引の想定元本は370兆ドル(2006年6月末)というものがあった。日本円に直すと気の遠くなる4京(ケイ)4000兆円という空前の規模となるが、前年比31%の伸びとしていた。いかに金融取引の世界が肥大化しているかがわかろう。

一方で有史以来、掘られた金の総量はオリンピックプール3杯分。16万トン弱になる。現在の時価総額は日本円にして約420兆円となる。日本の個人金融資産の総額1500兆円との比較では3割にも満たない金額である。そこに毎年約2600トン(年間鉱山生産量、時価評価約7兆円)が加わる。 金の採掘量は、一般的な工業製品と違い、目標値を上げたからといって簡単に短期間で増えるというものではない。 このことから導かれるのは、金融経済のグローバル化の下で膨れ上がった投資マネーに比して、採掘量の増加ペースが上がらず、絶対量の小さな金市場が、経済環境の変化に見合った新たな価格帯(妥当値)を探る過程(途上)にあるということではないか。

歴史における金(ゴールド)の過去最高値は1980年の850ドル(ロンドン市場)だが、当時から27年経過した現在、世界経済の規模は4倍になったとされる。先に触れたように金融市場の規模ともなると想像を絶するものになるので、このような経済環境に見合った金(ゴールド)の価格水準となると、850ドルでは収まらないと判断される。

もちろん、新たな価格帯を市場が受け入れるのには時間を要することになるだろう。そこに至る過程では、かなりの乱高下は避けられまい。移行期特有の混乱は常に付いて回るということになる。 その面で昨年5月から6月に掛けて、1ヵ月間に20%以上もの金価格の乱高下があったのは、新たな価格帯に向けた第一ステップという分析が成り立つ。

そこから時を経て、現在、600ドル台は常態化したということであり、市場に受け入れられた価格水準と理解している。下落局面においては、ある水準までくるとすかさず買いが入っている。 したがって700ドル台は次のステップということであり、この水準が妥当化される過程での上下動が今後も繰り返されるというわけだ。

特に大きな社会的混乱もないままに、自然体で上昇トレンドを描いている金価格。 早晩、連鎖的に発生するであろう、ドルの急落、アメリカ、中国などを中心とする株式バブル、土地バブルの崩壊劇の過程においては、それとの逆相関で、実物資産:金価格のさらなる本格的な上昇が見込まれる。それが、歴史の教訓である。

☆参考情報 ■年次金価格推移(田中貴金属工業提供)http://gold.tanaka.co.jp/commodity/souba/y-gold.php

■中岡望の目からウロコのアメリカ 2005/03/07
    ドル安で儲ける”投資の神様”ウォーレン・バフェット:「株主への手紙」に見る
    バークシャー・ハザウェイ社の投資パフォーマンスとバフェットの為替相場観
http://www.redcruise.com/nakaoka/?p=85

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