Entry

ミニベビーブームは、愛国心+出産給付金のおかげ?

<記事要約>

「母親のために一人、父親のために一人、そして、国のためにもう一人」というピーター・コステロ財務相の呼びかけにカップルが急き立てられたせいなのか、昨年オーストラリアで生まれた赤ちゃんの数は、1971年以来もっとも多い26万5,922人だった。

ABS(オーストラリア統計局)が昨日発表した統計によると、これは前年より0.3%多く、1971年の27万6,400人に次ぐ値となっている。出生率の上昇により、オーストラリアの人口は6月29日に2,100万人に達する見込みだと、ABSのブライアン・ピンク氏は述べた。

コステロ財務相は、好景気、低失業率と共に、4,000豪ドルのベビーボーナスなど政府の家族支援政策が出生率上昇の要因とし、「国民は自信を持ち、雇用に安心感を抱いており、子どもをもうけるのにいい時期だと考えている」と語った。

2007/6/6 The Australianより


<解説>

オーストラリア政府は、少子化対策の目玉として通称「ベビーボーナス」と呼ばれる新たな出産給付金(Maternity Payment)制度を2004年7月1日に導入した。コステロ財務相が「国のためにもう一人」と出産を奨励したのは、その予算案発表の席での話だ。

以前の制度と異なり、新ベビーボーナスには所得制限がない。未婚・既婚に関わらず、子どもが生まれたすべての家庭が対象で、2歳未満の養子を迎えた場合にも、受給資格がある。

オーストラリアの合計特殊出生率(一人の女性が一生に生む子どもの数)は、1961年の3.6をピークに、2001年には半分以下の1.7まで低下していた。

ところが、ベビーボーナス導入の翌年、出生数は前年より2.2%増え、出生率も1.8を上回ったため、コステロ財務相は鼻高々。「愛国心」の高揚が功を奏したといわんばかりに新制度の効用を説いてまわった。

引き続き赤ちゃん誕生が増えていることが今回明らかになったわけだから、「ミニベビーブーム」が到来したことは間違いないのだろう。

赤ちゃん一人につき3,000豪ドル(約30万円)だった給付金額は、2006年7月に4,000豪ドル(約40万円)に引き上げられ、さらに2008年7月からは5,000豪ドル(約50万円)に増額されることが決まっている。景気がよくなければ、こんな太っ腹な話にはならない。

何でも、最初の年はベビーボーナスを受給できるように出産を6月下旬から意図的に1から2週間遅らせたケースが約1,000件あったのだとか。給付金でプラズマテレビを買ったり、旅行に出かけたり、中古車を購入したカップルがいる、といったまことしやかな話も流布している。

給付金を手にした若いカップルが、子どものために使わずに散財しているという批判はまんざらウソではないらしく、今年から、18歳未満の場合は原則的に6ヵ月間に渡って2週間ごとの分割で給付されることになった。

ただし、制度開始後、10代の妊娠が増加したという主張には裏付けがない。2005年の統計によれば、出産時の母親の平均年齢は30.7歳で、20─24歳よりも、35─39歳の出生率の方が高くなっている。出生率上昇に寄与したのは、主に30─39歳の年齢層の女性である。

20─30代のオーストラリア人に理想の子どもの数を聞いてみると、一番多い答えは2人で、次に多いのは3人。平均2.5人という数字からは、「産みたくても産めない」現実が浮かび上がってくる。

「国のために」人口を増やそうと考えられるほど、この国の出産・育児事情は甘くない。先進国としては珍しく、オーストラリアでは有給の産休制度さえ整備されていないのだから。

出産時の経済的負担が減ることはありがたいに違いないけれど、平均収入1ヵ月分ほどのベビーボーナスが、彼女たちの「産む」「産まない」の決断に大きな影響を及ぼしたとは考えにくい。出産可能年齢の女性が抱えているさまざまな思いは、「産めよ、増やせよ」と音頭を取っているコステロ財務相が考えているほど、シンプルではないはずだ。

頭数を増やすことが目標の政治家にとっては違うのかもしれないが、出産はあくまでスタート地点に過ぎない。ベビーボーナスは「おまけ」のようなもので、赤ちゃんを産み育てるための「インセンティブ」にはなりえない……というのが本音ではないだろうか。

 

■関連情報

●日経ビジネス オンライン 人口減ニッポン─2030年からの警告(1)
『「退職」という言葉が死語になる日』2007/04/12
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20070411/122361/

●日経ビジネス オンライン 人口減ニッポン─2030年からの警告(2)
『もう、「痛み」から目を背けられない』2007/05/10
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20070509/124419/

●日経ビジネス オンライン 人口減ニッポン─2030年からの警告(3)
『出生率を1.66から2.0に回復させたフランスに学べ』2007/06/18
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20070615/127510/

●fenestrae 2006/01/28
「フランスの高出生率を支えるもの─ 移民の子だくさんという先入観。」
http://d.hatena.ne.jp/fenestrae/20060128#p1

●渡辺千賀 On Off and beyond「女が働くと出生率が上がる」2006/06/06
http://www.chikawatanabe.com/blog/2006/06/post_2.html

●小飼 弾 404 Blog Not Found「若者孝行、したい時には若者はなし」2006/06/25
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50543213.html

●極東ブログ「出生率向上は米国にも学んだら」 2006/06/04
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/06/post_2632.html


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/245