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アメリカの成人9.5%がうつ病(鬱病)などの感情障害 ─企業のメンタルヘルス対策─

  • 米国在住モチベーション・コンサルタント&コーチ 
  • 菊入 みゆき

<記事要約>

日本でもメディアに取り上げられることの多いうつ病(鬱病)は、ここアメリカでも大きな問題となっている。うつ病(鬱病)などの感情(気分)障害の年間患者数は成人の9.5%、2090万人。

アメリカで最も多く処方される薬は、高血圧治療剤や鎮痛剤ではなく抗うつ剤だ。アメリカの成人が使用する抗うつ剤の量は、20年前の3倍に増えているという。

うつ病(鬱病)の広がりは、職場にも多大な影響を及ぼす。アメリカ企業におけるうつ病(鬱病)関係の総コストは年間440億ドル(約5兆4千億円)という試算もある。

病に苦しむ本人や家族はもとより、経営者にとっても無視できない問題になってきた。アメリカのうつ病(鬱病)事情はどうなっているのか。

ウォールストリートジャーナル 2007年7月13日
http://online.wsj.com/article/SB118428285736265304.html?mod=googlenews_wsj

CNN 2007年7月9日 
http://www.cnn.com/2007/HEALTH/07/09/antidepressants/index.html

 

<解説>

国立精神保健研究所によれば、アメリカでは年間で成人の9.5%がうつ病(鬱病)などを患う。ほぼ10人に1人だ。うつ病(鬱病)はもう、他人事ではない。

米メンタルヘルス協会が発表した試算では、アメリカ企業におけるうつ病(鬱病)に関わるコストは年間440億ドル。これは、直接的な医療費だけでなく、従業員の欠勤─Absenteeism─、出勤してはいるが通常の成果を出せない状況─Presenteeism─による損失も計算に入れた数字だ。

Presenteeismは、欠勤すると職を失うのではないかという恐れなどから無理に出勤し、あげく集中力を欠いたりして仕事にならない状況を指す。欠勤のようにはっきりと目に見えないが、例えば風邪による発熱、せき、鼻づまりの状態で勤務する自分を思い浮かべれば、その生産性の低さは想像に難くない。

個人や家族への影響も計り知れない。長期にわたる闘病の苦しさはもちろんのこと、最近の研究では、うつ病(鬱病)の経験のある人は65歳以降に記憶力や判断力などの問題を抱えやすいという、怖ろしい可能性を示唆するものもある。

企業としても個人としても、真剣に予防や治療について考える時期が来たようだ。

しかし、いくつかの難題がある。アメリカには日本と違い、全国民を対象とする健康保険制度がない。企業は民間の医療保険に加入するが、法的義務はなく、加入していない企業もある。また、加入している場合も、保険料を全額負担してくれる企業から2割しか負担しない企業まで、対応は様々だ。

治療費についても、どれだけカバーされるかは保険によって異なる。手厚い保険を整備した企業にいれば、うつ病(鬱病)にかかっても、ある意味安心して治療を受けられるが、特に中小企業などでは、そうはいかない場合も多いのだ。

また、アメリカには、EAP(Employee Assistance Programs, 従業員支援システム)という制度がある。従業員のメンタルヘルスを良好に保ち、業績につなげようというもので、主に予防に力を入れた制度だ。フォーチュン500に名を連ねる企業の9割が導入しているという。

EAP導入済みの企業であれば、精神面での悩みや不安を抱える従業員は、社内外に設置された窓口を利用してカウンセラーなどに相談することができる。また、EAP主導で職場環境の整備、従業員へのメンタルヘルス教育など、精神状態を良好に保つ施策も実施される。

だが、医療保険に加入していない企業がEAPを整備しているはずもない。とにかく企業によって、メンタルヘルスへの対応に大きな差があるのだ。アメリカで就職するときは、よくよく会社を選ばなくてはならない。

また、うつ病(鬱病)の治療としては、冒頭の抗うつ剤処方量をみてもわかるとおり、薬剤の服用が一般的だ。但し、抗うつ剤が万能なわけではない。何年間も精神科にかかり抗うつ剤を服用しても、回復しないケースもある。また副作用として、自殺行動を促すなどの深刻な危険が報告されている抗うつ剤もある。

そんな状況の中、別な治療法を求める動きが出ている。代替医療への関心の高まりだ。針治療、カイロプラクティック(脊椎指圧療法)、マッサージ、瞑想などでうつ病を治療するのだ。

オレゴン在住のマーケティングマネージャーの女性は、4年に及ぶ抗うつ剤での闘病の末、Emotional Freedom Techniques―感情開放テクニック―という療法を試した。からだのツボを指でたたいて気の流れをスムーズにし、心の傷を取りのぞくというその治療を2度受けると、息切れと心拍数増加の症状がなくなった。彼女は今、服用し続けてきた抗うつ剤を減らし始めたという。

代替医療への動きは、大学内にもある。ハーバード・メディカル・スクール生涯教育科では、精神医学における代替医学の授業を来年から3クラスに増やす予定だ。

ただ、やはりこれらの治療は、まだカバーする健康保険が少なく、経済的な個人負担が重い。
さらに大きな問題は、いまだに残る偏見だ。一般的になったとはいえ、精神的な病を不名誉なものとする見方は根強くある。「多くの人が必要な助けを求めることをためらってしまう」と、ハーバード・メディカル・スクールのケスラー博士は言う。

朗報もある。定期的なエクササイズがうつ病を予防したり、症状を和らげたりするといういくつかの研究結果や治療例があるのだ。やはり自分の心身は自分で守るしかない。ジョギングなどのスポーツやヨガなどを毎日の習慣に取り入れ、そして変調を感じたら、心理的な抵抗や経済負担を乗り越え、早めに診察を受けるのだ。

WHO(世界保険機関)の研究によれば、うつ病(鬱病)は2030年までにHIV/AIDS(エイズ:後天性免疫不全症候群)に次ぐ世界的な疾病になる。ほんとうに他人事ではない。

 

■関連情報

○【リクナビNEXT】2006年度 業界別・職種別ストレスランキング大発表
http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/news/stress_ranking/stress_ranking_02.html


○図録▽都道府県別うつ病・躁うつ病総患者数(2005年10月)
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/2155.html


○図録▽全国の躁うつ病の総患者数推移
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/2150.html


○日本の人事部 「EAP」はメンタルヘルスの決め手となるか?
http://jinjibu.jp/GuestSurveyArticle.php?act=dtl&id=62


○総務99ドットコム 「企業のメンタルヘルス対策」 2006/11/20
http://www.somu99.com/box/archives/2006/11/088.html


○日本EAP協会ホームページ http://eapaj.umin.ac.jp/info/info_03.html


○MediaSabor(メディアサボール) 
「ヨガが鬱病や不安障害にも効能ありとする研究発表」2007/06/21
 http://mediasabor.jp/2007/06/post_136.html


○re-Heart Note 「代替療法─オルタナティブ・セラピー その2」2006/02/02
http://hattatsu.jugem.jp/?eid=12


○@IT自分戦略研究所 2007/05/28
 ITエンジニアを襲う「新しいうつ」の正体とは?
http://jibun.atmarkit.co.jp/llife01/special/utu/utu01.html


○ITpro 「第1回 うつ病の増加は,IT業界から始まった」2005/10/17
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NIP/20051014/222827/


○産業カウンセリングを考えるヒント 
  「社員を大事に長く使う会社が強いのはなぜ?」2007/07/31
http://kangaeruhint.seesaa.net/article/49831478.html


○sociologically@はてな 2006/04/22
 働く女性に広がる「鬱」 落ち込む、眠れない、自殺願望
http://d.hatena.ne.jp/iDES/20060422/1145694555


○シロクマの屑籠(汎適所属) 2007/06/13
 「感情をこき使って摩耗する現代人(感情炭坑労働・情報公害、とでも喩えたくなるような)」
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20070613/p1


○シロクマの屑籠(汎適所属) 2007/05/16
 「現場で診療面接やってる人の意見を転記」
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20070516/p4


○MouRa 宗像明将 ネット幸福論 
 「第十一回プロザックという希望があった20世紀の終焉」 2007/07/02
http://special.yomone.jp/?p=21


○うつ病ドリル 2006/06/14
 「パキシルで自殺増加、未成年だけでなく30歳くらいまで」
http://server343.dyndns.org/utu/archives/2006_06/14_213244.php


○EP: end-point 科学に佇む心と身体Pt.2  2005/12/04
 「うつ病の薬を食わせとけ:抗うつ薬の功罪と自殺」
http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-169.html


○ITmedia Biz.ID 「うつ」にならない、繰り返さない  2007/01/31
http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0701/31/news006.html


○ITmedia Biz.ID 「ストレスに出合い、内なる力に気付く」2006/11/22
http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0611/22/news016.html


○ITmediaニュース 2005/06/06
 「技術者を襲うストレスとうつ、原因と対処法は」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0506/06/news017.html


○医知場バックヤード「うつ病でみられる症状」 2005/09/22
http://ichiba-md.at.webry.info/200509/article_5.html


○FPN  心理ハック 「うつ」を予防できるとしたら  2007/02/08
http://www.future-planning.net/x/modules/news/article.php?storyid=2042


○CNET 「ありふれた持病」:江島健太郎 2007/06/23
http://blog.japan.cnet.com/kenn/archives/003980.html


○J-CASTニュース 2007/05/20
 中学生25%が「うつ状態」 厚労省調査
http://www.j-cast.com/2007/05/20007613.html


○イザ!「おたくも注意を くよくよ悩む男性は早く死ぬ」2007/05/16
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/52138/


○夕刊フジBLOG 「でたらめトップ」に精神を破壊されるサラリーマン 2006/08/30
http://www.yukan-fuji.com/archives/2006/08/post_6730.html


○こにの壺焼 「鬱病と自殺」 2007/02/02
http://d.hatena.ne.jp/konichan/20070202/1170429004


○Something Orange  「死ぬ、死ぬ、っていう奴に限って、必ず自殺する」 2007/02/04
http://d.hatena.ne.jp/kaien/20070204/p1


○I don't believe in Depression  2007/02/04
http://anond.hatelabo.jp/20070204120422


○うつ病対策・ストレス解消講座 「ストレス社会は万国共通!?」2007/07/03
http://blog.nnfh.net/?eid=187688


○メンタルヘルスの観点からみて、限界に達しつつある日本型ポストモダン社会 2006/08/20
http://www.nextftp.com/140014daiquiri/html_side/hpfiles/adjust/genkai.htm


○境界例とインターネット
http://homepage3.nifty.com/kazano/bpd.html


○嗚呼女子大生活 「女性の静かな抵抗―うつを政治的に読み替える」2006/07/25
http://d.hatena.ne.jp/chidarinn/20060725/p2


○健康トレンディ 「メンタルヘルス対策 職場では・・・?」 2006/11/16
http://www.kenko-trendy.com/eldercare/002013.html


○Sunny’s Café 2007/06/02
 「精神科医がうつ病になった─ある精神科医のうつ病体験記─」を読みました
http://sunnyscafe.blog99.fc2.com/blog-entry-43.html


○wo/war─精神医学の<クリプト> 2006/09/01
 bipolarityの時代へ─内海健『うつ病新時代─双極II型障害という病』
http://d.hatena.ne.jp/woeswar/20060901/p1


※以下は英文のページになります。

・アメリカメンタルヘルス協会ホームページ http://www.nmha.org/

・ハートフォードフィナンシャルグループ「アメリカ人の2人に1人はうつと戦う EAPの支援」http://home.businesswire.com/portal/site/google/index.jsp?ndmViewId=news_view&newsId=20070716005914&newsLang=en

・ウォールストリートジャーナル 「うつ病は脳を弱める」 2007/0703
http://biz.yahoo.com/wallstreet/070703/sb118342335959256070_id.html?.v=1

・ロイター 「エクササイズとうつ病」 2007/07/19
http://today.reuters.com/news/articlenews.aspx?type=healthNews&storyid=2007-07-19T193528Z_01_COL970449_RTRUKOC_0_US-EXERCISE-DEPRESSION.xml

 

 


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