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淘汰か、共存か、カナダメディアの選択

<記事概要>

メディアグループ7社に属する49の日刊新聞社がニュースと広告を共同配信するというカナダ初の試みを発表した。その内容はオリンピック報道に限ったもので、2010年バンクーバー冬季オリンピックから開始される。

「49社で約350万部、カナダの購読人口の35パーセントに値する画期的な試み。ウェブサイト閲覧者も含めればさらに17パーセント上がる。これはテレビのネットワークよりも大きな数字で、カナダの隅々までオリンピックの興奮に加えて広告も届けることができる」と広告部門を担当するSport Media Marketing Groupの代表はその可能性に大きな期待を寄せていた。

まずは、今年7月1日カナダ・デーにカナダのオリンピック選手を紹介する記事を、8月8日には北京オリンピックまであと1年の記念記事を掲載する。

(2007年6月19日The Vancouver Sun)
The Vancouver Sun:
BC州で最も発行部数の多い一般紙。徹底した地域密着型の内容に定評がある。

<解説>

参画したのは、全国紙National Post、地方紙The Vancouver Sunなど全国に13社、全国発行部数の28パーセントを占めるカナダ最大のメディアグループCanWest Media Works Publicationsをはじめ、カナダ最大46万部を発行するToronto Starを保有するオンタリオ州のTorstar Corp.、モントリオールを中心にフランス語メディアを手がけるGesca Limitée、カナダ大西洋沿岸州を中心とするTranscontinental Mediaなどで、全国展開するCanWestと東部カナダのメディアグループが手を組んだ形だ。

独自コンテンツが命の新聞報道にとって、共同配信といういわば『敵と共同戦線を張る』という作戦をとった背景には、一体何があるのだろうか。


■多言語主義とメディア再編成

2006年に行われた国税調査でカナダの人口は3160万人と発表された。その言語分布を見ていると、英語を第一言語としているのは1750万人、フランス語が670万人、両語が122万人、その他の言語が520万人である(言語分布の数字は2001年国勢調査を参考)。

カナダは1971年、世界で初めて多文化政策を正式に導入し、移民者の母国文化をカナダで発展させることに積極的な世界でも珍しい政策を取っている。

英語と仏語以外の言語による新聞発行もその政策の一環として奨励され、主要都市では多種多様の言語新聞が発行されている。バンクーバーでは、中国語、韓国語、パンジャブ語などは日刊発行で、英語新聞を読む必要がない人も多い。つまり英語・仏語新聞を購読する絶対的な人口が少ないのだ。

その割には新聞社の数が多い。現在、Canadian Newspaper Associationに所属しているのは、メディアグループ15社の96新聞社、独立新聞社5社、計101社である。そのうち英語新聞が約70パーセント、仏語が30パーセント、中国語が1社登録されている。

全国紙は、CanWestのNational Post(23万部)と、CTVGlobemedia Inc発行のThe Globe and Mail(33万部)の2紙のみで、その他は全て地方紙というのは、カナダ新聞事情の大きな特徴だ。この広大な国土を考えれば、当然とも思える。

さらにもう一つの特徴が、地方紙のほとんどが前述したとおり大きなグループ企業に属していることだ。生き残りを賭けた選択肢のひとつだろう。グループ企業の中には、テレビ・ラジオ・活字・出版事業を主体とするメディア専門企業と、金融業などメディア以外の事業を主体とし、新聞業も手がけているという企業とがある。

前者の代表がCanWestや CTVGlobemediaで、後者の代表がGesca Limitéeを傘下に入れるPower Corporation of Canadaである。

1990年代以降、地方紙の買収、合併などが続き、こうしたカナダのメディア事情も大きく変わった。先月ロイターを買収したことで大きな話題を呼んだThompson Corporationは、1990年代に40社を保有していたが、現在1社も持っていない。


■無料日刊紙に負けない有料紙

インターネットの普及が世界中の新聞に大きな影響を与えた。特にカナダは世界で最も速くインターネットが広く普及した国で、新聞各紙もその対応には早くから力を入れていた。

そうした中、CanWest社は11新聞社のウェブサイトcanada.comのコンテンツを2004年から一部有料化へと踏み切った。The Global and Mailもそれに続いた。こうしてカナダでは『新聞報道は有料』が当たり前となっていた。

そこに現れたのが、2005年ヨーロッパから上陸したMetroと2004年トロントで創刊されたSun Mediaが発行する24 hoursの無料日刊紙だ。この両紙は、現在トロント、モントリオール、オタワ、バンクーバー、カルガリー、エドモントンの6都市で配布されている。

しかし、Metro VancouverとMetro Ottawaは、採算が合わないという理由で、3分の1の株を保有していたCanWestが先月両紙から手を引いた。トロントでは40万部を発行しているというが、地域によっては無料であればいいというわけではなさそうだ。車社会というのも原因かもしれない。


■コンテンツへのこだわり

ウェブサイトを含め、カナダで有料紙がこれほど生き残っている理由は何なのだろうか?

考えられるのは、各紙が徹底的にこだわっている『地域密着型』コンテンツの充実がある。1面トップには、よほど大きな事件や事故がない限り、地元のニュース、写真が紙面の半分を占める。人は身近に起こったできごとや自分に関係のあるニュースには敏感だ。

私はバンクーバー・サンを定期購読しているが、よくもこの200万人ほどの町に毎日掲載するニュースがこれほどあるものだと感心するほど、バンクーバーやBC州のできごとを網羅している。

ほのぼのしたローカルな話題もあれば、政治・経済からスポーツ、エンターテイメントまで幅広い。特徴を挙げれば、ほのぼの系は別にして、一貫してクリティカル、批判的な内容が多いことだ。特に権力への反発心が大きく全面に出ていて、対象者の力が大きければ大きいほど、批判は強いように思われる。

それが最も顕著に表れるのが、アメリカに対する批判である。カナダには、『アメリカ・アレルギー』ともいうべき風潮がある。政治的・経済的に最強国であるアメリカを隣国として持つカナダの自己主張とでもいうのだろうか。常にフェア、公平・公正であることを望むカナダ人にとってアメリカの自分勝手な主張、政策が気に入らないように見える。

アメリカ寄りの政策をする連邦政府や州政府政権にもその厳しい視線は注がれる。アメリカが政治的、経済的に切っても切れない重要な関係国であることは誰もが承知しているところ。それ故に、厳しい目でカナダ国民に代わってメディアがアメリカの政策を注視しているといったところだろう。

こうした独自の視点がカナダの新聞を支えている。この先、テレビ・ラジオを含め、まだまだメディア再編の波はおさまりそうもないが、地域密着型、公平性、批判精神を持った報道を続けている限り、どういった選択をしようと、カナダ国民が活字メディアにそっぽを向くことはないように思う。

これがテレビメディアとなると事情は全く異なるのが、カナダメディア事情のおもしろいところである。そこにはやはり、メディア大国アメリカが大きく影響している。


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