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食糧自給率の低い日本に迫る危機─矛盾だらけのバイオエタノール

  • ジャーナリスト、雑誌オルタナ編集長
  • 森 摂

今年4月、首都圏でバイオエタノールが入ったガソリンの実験販売が始まり、日本でもバイオガソリンに対する注目度が高まってきた。その一方で、バイオエタノールの原料であるトウモロコシの需給ひっ迫、農産物価格の高騰、ブラジルでの森林破壊などが大きな問題になっている。バイオエタノールは本当に地球に優しいエネルギーなのか。

バイオガソリンを世界の舞台に押し上げたのは、ブッシュ米大統領だ。同政権下で2005年8月、「エネルギー政策法(Energy Policy Act of 2005)」が成立。これにより、自動車燃料に含まれるバイオ燃料の使用量を2006年の40億ガロン(1,514万キロリットル)から2012年までに年間75億ガロン(2,839万キロリットル)まで拡大することを義務化した。
 
米国ではトウモロコシの需要増を当て込んだ農家が転作や増産に走り、06―07年度にトウモロコシの生産が前年比で3割も増えた。だが、バイオエタノールの需要増はそれだけでは賄いきれず、トウモロコシの国際取引価格は今年2月に1ブッシェル=4.3ドル台の高値を付け、現在も高止まりを続けている。

トウモロコシ相場の急騰は、トウモロコシへの転作にともなう作付面積の減少懸念から他の穀物や農産物に及んだ。トウモロコシは牛や豚の飼料でもあるため、食肉、卵、乳製品など、日常の食料品の多くが値上げになった。メキシコでは主食トルティーヤ(タコスの皮)の公定価格が急騰し、全国でデモが頻発した。

米アースポリシー研究所のレスター・ブラウン所長は次のように警鐘を鳴らす。「冷蔵庫のドアを開けてみるがいい。肉、牛乳、卵、チーズ、ヨーグルトにアイスクリーム。すべてトウモロコシを飼料にした動物から作る。これらの食品も値上がりする。やがて小麦やコメのような穀物も上がる。食糧安全保障にとって大きな懸念だ」(07年4月14日付け日本経済新聞)。

ブラジルでは、米国よりずっと先んじて、エタノールを積極利用する「プロ・アルコール政策を導入した。1975年のことで、1973年の石油ショックがきっかけだ。2003年にはフォルクスワーゲン、ゼネラルモーターズ(GM)、フォード、フィアットの4社が、ガソリンとバイオエタノールをどんな比率で入れても走行できる「フレックス車」を市場に投入。市民は、ガソリンとエタノールの価格を見比べながら、1つのスタンドで2種類の燃料を充填している。

そのブラジルでもバイオエタノールの原料となるサトウキビ増産が、環境破壊を引き起こして大きな問題になった。サトウキビ畑をつくるために熱帯雨林の伐採が拡大し、焼畑による煙害も深刻な状況という。6月1日にはブラジル・アマゾンの先住民、カヤポ族の長老が来日し、東京の外国人特派員協会で「言い伝えでは森を破壊すると風が吹き荒れ、ヒョウが降り、悪いことが世界に起こる」と訴えた。
 
そんななか、日本でもバイオガソリン販売が始まった。ガソリンスタンド(首都圏の50カ所)では「バイオガソリンは地球に優しいです」との宣伝ポスターが貼られた。価格は通常のガソリンと変わらないため、人気は上々のようだ。だが、実はさまざまな矛盾を抱えた見切り発車だった。

まず、日本のバイオガソリンは、バイオエタノールの体積比がガソリン総量の3%しかない。
これで「バイオガソリン」とうたうのは、少々おこがましい。2003年に改正された「揮発油等の品質の確保に関する法律(品確法)」で3%と決められたのだが、海外諸国に比べて、著しく厳しい規制である。

また、日本のバイオガソリンはフランスからの輸入品。バイオエタノールに代表される「バイオマス燃料」は、輸入ではなく、自国のものを使用してこそ、地球環境に与える負荷を少なくできる。その意味で、輸入バイオエタノールの使用は中途半端である。

このような状況の中で、国産のバイオエタノールの本格生産が待たれている。廃木材からの生産を目指すバイオエタノール・ジャパン・関西(堺市)はその代表的な存在だが、生産はまだ実験段階でコストも高く、本格稼動とは言えない。日本のバイオエタノール利用は、まだまだ理想とはほど遠い。

 

■関連情報

○WorldWatch研究所の地球環境問題レポート 2006/06
 「スーパーマーケットとガソリンスタンドが穀物を奪い合う《1》」
http://www.worldwatch-japan.org/NEWS/ecoeconomyupdate2006-6.html

○だから問題はコミュニケーションにあるんだよ by com-lab
「ビールか、ガソリンか」 2007/05/13
http://d.hatena.ne.jp/atutake/20070513/1179065414

○幻影随想 2007/03/07
 「アメリカのエタノールフィーバーが穀物の値上がりを引き起こしている件について」
http://blackshadow.seesaa.net/article/35393006.html

○代替案 「食糧生産も熱帯林も脅かさないバイオエタノールの生産法」2007/02/16
http://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/6932f850e9d4bcb45e40d44b60824c98

○大学の窓から(北海道大学一教官のブログ) 「レスター・ブラウン」2006/11/19
http://takuro.exblog.jp/4208367

○イザ!(iza) 「海藻からバイオ燃料 東京海洋大、三菱総研など」 2007/03/23
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/environment/44442/

○イザ!(iza) 「木くずからエタノール 世界初の商業生産」 2007/01/15
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/environment/35050/

 


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