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時代の流れと逆行する若者の保守的な職業観

都内の電車に乗ると、必ず目に付くのが転職サイトや転職フェアの広告だ。1社だけではなく数社の広告を見つけることができる。それだけ転職が一般的な行為として浸透してきた証だろう。大転職時代の到来ともいわれている。

かつてネガティブに捉えられていた“転職”という行為も、現在ではキャリア形成やスキルアップという言葉と併用されれば、ポジティブな行為として受け止められるようになった。実際、転職のマーケットは、ここ10数年で事業者数も売上も10倍以上に伸び、現在も成長を続けている。

絶好調に見える転職マーケットではあるが、ゆるやかではあるものの確かな景気の回復基調の裏では、マーケットの成長鈍化を懸念する声もある。景気が良くなると、労働者には安定志向が広がり、結果としてリスクを伴う転職の意欲が弱まるといわれているからだ。

財団法人社会経済生産性本部による、2007 年度の新入社員意識調査によると、転職に関して、2004 年までは「チャンスがあれば、転職してもよい」とする回答が半数近くを占めていたものの、2005 年、2006 年で「今の会社に一生勤めたい」とする回答と拮抗し、今回の調査では初めて「今の会社に一生勤めたい」とする回答が4割を超え過去最高水準に到達。「チャンスがあれば、転職してもよい」を大きく逆転した。

さらに、「条件の良い会社があれば、さっさと移るほうが得だ」とする回答は3年連続で減少し、過去最低。処遇に関しては、業績・能力主義的な給与体系、昇格を希望する回答が6割以上を占めるものの、過去最低の水準となっていることを指摘している。

このように若者の意識が保守的に変化してきている数字が、安定志向の広がりを裏付けているものの、果たしてこれが労働者の能力を重視する成果主義の時代の終わりを告げるものとなるのだろうか。

現実社会では、企業自体の平均寿命が短くなったり、より効率的なリソースマネジメントが要求されたりと、激変するビジネス環境の中では、一生を約束するような長期的な雇用や安定した就業環境は望みにくくなっている状況が形成されている。

以前30年といわれていた企業の寿命も近年は短命化し、10年時代の到来を告げる書籍も発刊されているくらいだ。ストレートに大学を卒業した人が、定年が60歳の企業で一生を勤め上げるには、38年間が必要だ。労働者の寿命に対し、企業の寿命が短くなっていくにつれ、労働者が転職あるいは独立の必要に迫られるリスクは高まっている。

その上、企業はより効率的な経営を求められるため、人的リソースをコアコンピタンスに集中させ、それ以外の業務については契約社員や派遣社員、もしくはアウトソースすることによって、コストを抑えながら生産性を高めていく動きが目立っている。

つまり、正社員以外の多様な雇用形態の一般化と同時に、業務が標準化されることで難易度の低い事務処理作業やルーチンワークなど、キャリアアップにつながりにくい業務に従事する可能性も増えているのだ。

現在の労働者は、転職する可能性が高い以上、将来を見越したキャリアプランを自発的に立てなければならない。そう考えれば、労働者は自ずと経験、能力、スキルをいかにして高めていくかをポイントに考えるようになるのではないだろうか。

新卒で入社しても3年以内に辞めてしまう若者の増加が問題視されているように、社会に出てしまえば、若手においても例外なく自発的なキャリア形成の必要性を認識している層は確実にいる。

まさに、“理想と現実”の違いではないだろうか。景気の回復に比例して、安定志向が広がるのは仕方がないかもしれない。転職のリスクをとるよりは、安定した経営基盤を持つ企業で一生を勤め上げられるのであれば、それに越したことはないと考えるのだろう。

しかし現実は違う。ビジネス環境が変容する中で、会社に守られる時代は終わったということを認識し、いかに自己のプロフェッショナル性を磨いていくのかを考えなくてはならないのだ。

この理想と現実の乖離に気づけないところに、ネットカフェ難民やワーキングプアなど“格差社会”が広がる原因もあるのではないだろうか。

▼参考
社会経済生産性本部の調査:2007年度 新入社員意識調査(要旨PDF)
http://activity.jpc-sed.or.jp/detail/mdd/activity000814.html

『若者はなぜ3年で辞めるのか?』城繁幸著;2006年、光文社新書


■関連情報

○MediaSabor  2007/06/13
 「部下のほうが高給取りなんて許せない」 管理職か専門職か、あなたはどっち?
http://mediasabor.jp/2007/06/post_127.html

○Study.jp 学びタイムズ 2007/07/16
 「新入社員の約83%はHPで情報収集─ネット利用は半数以上」
http://news.study.jp/business/070716_195.html


○転職業界News 「就社よりも就職。新入社員『働くことの意識』調査結果」 2007/07/02
http://news.jobmark.jp/2007/07/post_243.html


○ITmedia オルタナティブブログ 新入社員の「働くことの意識」 2007/06/29
http://blogs.itmedia.co.jp/business20/2007/06/post_5468.html


○RANKING NEWS 「今年度、新入社員意識調査アンケート」  2007/06/29
http://rn.oricon.co.jp/news/rankingnews/45949/


○HRMオフィス人事部サポートセンター ─人事コンサルタント/社会保険労務士による人事労務必見情報  「最近の新入社員の意識と、人材引きとめ策」 2007/06/08
http://hrm-consul.cocolog-nifty.com/hrmconsul/2007/06/post_e83a.html


○続・雇用時代を生き抜く知恵 「新入社員意識調査結果」 2007/04/27
http://nfty.cocolog-nifty.com/kunbo/2007/04/post_fcc4.html


○就職活動ブログ 2007/04/26
 新入社員意識調査「フリーター生活も悪くない」が過去最低に
http://www.job-getter.com/joblog/2007/04/post_50.html


○ITmedia Biz ID  2007/03/29
 新入社員は転職する?――「しないつもり」の学生を「する」と見る採用担当者
http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0703/29/news067.html


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