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医療現場が抱える問題―病名が引き起こす誤解と混乱

前回は医療機関の標榜診療科名について取材した雑感を書かせていただいた。患者が医療機関を訪れるとき何科にかかるべきかの判断は難しいものである。その後の診断や治療にも大きく影響するし、どんな医師にめぐり合うかもまさに一期一会の感がある。

診療科名の標榜は医療法によって厳しく管理され、医療機関側としてはなかなか思うように広告できないということもわかった。一方でそれを中立な立場で審議するはずの医道審議会に対して、厚生労働省の意向が細かく示された資料が出ていたことにも驚いた。

さて、今回は病名にまつわる話題に触れたいと思う。私たち患者が体調不良を感じて医療機関を訪れるときは、痛みや熱、吐き気、メマイなどといった身体的な不快感に襲われ、病気という得体の知れないものに対する「不安」を打ち消したいという心理が少なからず働いているようである。

特に「何の病気かわからない」とか、「治療法がない」、「原因不明」というような言葉にはとくに敏感で不安感を募らせるものだと、ある難病患者の会で知り合った方から聞いたことがある。それほど「病名」という響きは患者の心理に影響を与える存在であることは間違いない。

そこで病名について少し調べてみると、国際標準ではWHOのInternational Statistical Classification of Diseases や Systematized Nomenclature of Medicine (SNOMED) というのが 医師にとっての病名規範となっているようである。 ただしこの二つは病名のつけ方が若干異なる。前者が病名記述なのに対し、後者の場合は、病名を「どこで」「どんな病態」が起こっているのかに着目(病態記述)している。

少し言い換えると、たとえば私たちが「かぜ」と呼んでいる病名で医療機関にかかり治療を受けたとすると、医療機関の事務方では「感冒」、「急性上気道炎」、「急性気管支炎」というのが代表的な「かぜ」の病名になる。しかも出される薬の種類によっては「アレルギー性鼻炎」や「血管運動性鼻炎」などという病名がカルテには記載されることになる。これは医療機関の請求事務で診療報酬請求書(レセプト)のためにつけられる病名で必ずしもいつも患者の病態に合致するとは限らない。

保険医療機関の収入は、まず、我々が窓口で支払う一部負担金がある。さらに残りの部分について、この診療報酬請求書を支払基金に提出して請求する仕組みになっている。つまり保険医(保険請求資格を持つ医師のこと)は保険の適用になっている病名でしか診療行為は出来ないようになっているので、保険の適用にならない診療行為はすべて自費(自由診療)になるというわけだ。

但し、実際の診療現場ではコストと保険点数が見合っていない微妙なケースがたくさんある。あまり上手いたとえではないが、ただ漠然と胃の具合が悪いと訴えてきた患者に対しても、実際に診察してみて少しでも疑いがあれば医師はさらに精密な検査をしなければならない。

ところが、ただの胃炎では審査請求が通らない検査は多い。そこで「胃の悪性新生物(胃がん、部位不明)の疑い」とすることでそれを可能にしようとする。基本的には一度に検査することで患者の肉体的負担を軽減し合理性を追求した判断であるが、一方で、さして疑いも無いのにこのようなことが横行すると困るので、支払基金では長期間にわたって追跡審査もしている。明らかな違反行為が判明すれば保険料の返還請求やその医師(経営者)に対して罰則を課したり、悪質な場合は保険医の資格を一定期間剥奪したりすることもある。

定められた診療報酬病名が必ずしも実態に則しているわけではない。少し専門的な話になってしまうが、診療報酬の病名集の中には同一病態が別の記述となる可能性も多々あり、診療報酬請求に病名を必要とするものについては病態記述から病名記述に逆変換するということが必要にもなってくる。

医師が保険医として一人前になるには、それまで学んできた臨床病態、病名とは別に支払基金に通りやすいような病名も学んでいかなければ患者に対するサービスもまともに出来ないのである。これらの問題を解決するのは優れたシステムの構築ばかりでなく、真摯な医師の判断と保険料を負担する患者の意識向上が不可欠ではなかろうか。
 


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