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日本農業の危機、食料自給率低下の影響をモロに受けるのは都市生活者

農水省は8月10日、2006年度の食料自給率が39%となり、13年ぶりに40%を下回ったと発表した。夏場の日照不足や雨続きなどで、果実や芋・根菜類の生産量が減ったこと、外国産米が加工用に使われたことなどを原因としている。

同省は、国の「食料・農業・農村基本計画」を05年に見直し、2010年までにと設定していた自給率45%の目標を2015年に先送り。改めて見直した対策を展開していたところで自給率が下がったことで、危機感を強めているという。

農水省や生産者団体など関係者が、それでも自給率向上を目指して取り組みを強化しようと真剣に努力を続ける一方で、国全体の政策には、これに対抗する動きも強い。アジアをはじめ環太平洋の農業国と経済連携協定(EPA)を進める動きがその代表だ。特に、交渉中である豪州(オーストラリア)との協定が現実のものとなれば、日本の市場価格に比べて大幅に安い穀類の輸入は、増えざるを得ない。

自給率低下と輸入食品の増加は、すでに一般家庭の食生活に、多くのマイナスの影響を及ぼしている。バイオエタノールの需要増で、トウモロコシの国際価格が値上がりし、トウモロコシやその糖分を原料に使う菓子や飲料などの価格が上がっている。また、生産が減った大豆の高騰などで、大豆の油を使うマヨネーズや食用油も値上がりしている。

少し前の話だが、2003年末に米国(アメリカ)のBSE感染牛が見つかり同国産牛肉の輸入が禁止になってからは、国内の牛肉価格が3割ほど上昇した。米国産の輸入が再開され、少しずつ増えつつある現在は落ち着いてきたが、店頭価格は禁輸以降、高どまりしている。

同年以降、それまで流通量の半分を占めていた米国産が市場からなくなったが、その穴埋めをしたのは、主に豪州産であり、国内の畜産にそれだけの十分な力があるとはいえなかった。また最近は、マグロや鰻などの海産物の需要が世界的に増えたことで、日本への供給が減り、近い将来大幅に高騰するか、食卓に上らなくなるなどと騒がれている。

これらの動向は、すべて日本でわたしたちが口にする食料の6割が、外国市場からもたらされることに直接起因する。だからこそ、自給率の向上が国の食料安全保障のためにも大切だという農政の政策に結びつくわけだが、それがなかなか国全体として、もっと安全な国産の食料を増やすべきだ、という危機意識の共有にはつながらない。逆に、だったらEPAで輸入体制をもっと強化すればよい、わが日本の大手商社に、世界の食料資源を獲得できるよう頑張ってもらおう、という自給率向上とは正反対の方向の意見も強くなっている。

その要因のひとつには、官僚や商社の社員、政治家らにとって、ここ数年の食料の問題が、自分たちの生活の実感として感じられないことがあるだろう、とわたしは真剣に思っている。牛肉の価格が3割上昇し、マヨネーズやオレンジジュースが1本あたり数十円値上がりすること、あるいは、中国産の食材に健康に害を及ぼす添加物や残留農薬があることで、どれだけ彼らが生活の中で影響を受けているだろう。

一般消費者より経済力や政治力があるうえは、少なくとも相対的には、価格が高くてもより安全で美味しい食材を手に入れやすいだろう。国内で何とかするよりも、市場を海外に広げて調達できるようにした方がベターだという発想につながりやすいのではないか。

また他方で、農家はどうだろう。国内の農家自身の「食生活」への影響を考えた場合、まだまだ全般には、悪影響は少ないのではないかと感じる。わたしはこれまで10年弱、農業関連の新聞社に勤めて地域の農家の食生活をそれなりに見てきた。

また、今春からは四国・愛媛県に居を移し、少しずつ四国の農家の様子に触れている。コンビニやスーパーの加工品も食卓に浸透しているが、一方で、かなりの量の米や野菜、季節の果実は自分たちの周りで作り、近所や親戚同士で交換し合っている。

多くの専業農家の場合は、農業経営そのものは収入減で厳しい状況ではあるが、自宅の食卓の一定の食材は、まだまだ余裕で周囲から調達できる。スーパーに流通する食品の値上がりなどの影響は、その分少なくて済む。一部の農家が「自給率が下がって困るのは、われわれでなく都市の人たちだ。自分たちは、生活できる分の食料は自分たちで確保できる」と主張しているのは、もっともなことだと思う。

では一番影響を受け、今後も自給率低下のマイナスの影響を最初に受けるのは誰かというと、地方都市も含めた都市部の一般消費者たちだ。牛肉やマヨネーズの価格が上がったと怒り、中国産の食べ物は避けたくても避けるのは大変と嘆いてみても、では自分たちの食生活にとって何が問題で、何を変えればよいのかを、自ら工夫する力がなくなっているように見受けられる。心配をするだけで行動しない受動的な食生活を続けていれば、国内外の政治・経済・社会問題によって自分たちの食卓が打撃を受けるという状態は、ますます悪化していくだろう。

2004年から1年間、米国・ニューヨークで食に関わる専門家や運動家の取り組みを取材したが、彼らの行動力は刺激的だった。2002年の同時多発テロ以降、脅かされた食品テロの危機、そしてBSEの発生などの食の問題を通じ、彼らは米国の食糧事情に強い危機感を抱き、そして、国や大手食品企業、外食産業に声を上げ、行動していた。よくないものは絶対に買わない、代わりにもっと増やして欲しい食品を進んで買い、農家をサポートする、という日々の購買行動に活かすことを重視していた。

食料の安全の問題は、政治家や食品業界や農家がどう動くかがカギを握っていて、自分たち消費者の力は弱い、何もできないと考えるのは誤りだ。放置していたら問題の悪影響をまっさきに受けるのは、政治家でも農家でもなく、自分たちであることを自覚し、身近で安全な国内の食べ物を自ら選ぶようにしてほしいと思う。

 


【参考情報】

○  農林水産省「食料自給率の部屋」  
  http://www.kanbou.maff.go.jp/www/fbs/fbs-top.htm

○ 野菜図鑑目次  http://alic.vegenet.jp/panfu/zukanmokuji.html

○ 食材事典 美味探求  http://www2.odn.ne.jp/shokuzai/oishii.htm

○ 野菜ソムリエが提供する野菜の情報サイト  
  http://www.vege-fru.com/prov/webmaga/index.html#50year

 


【関連情報】

○MediaSabor  2007/07/09
 「食糧自給率の低い日本に迫る危機─矛盾だらけのバイオエタノール」
http://mediasabor.jp/2007/07/post_154.html


○MediaSabor  2007/07/09
 「世界初!植物からポリエチレン生産 ─今ブラジルのさとうきびが甘くて熱い!─」
http://mediasabor.jp/2007/07/post_160.html


○MediaSabor  2007/08/20
 「ドイツにおける乳製品値上げの謎」
http://mediasabor.jp/2007/08/post_189.html


○MediaSabor  2007/08/20
 “エコロジカルアプローチ”という「食育」の新たな方法論
http://mediasabor.jp/2007/08/post_188.html


○JACOM 「日本の食料が危ない」 2006/10/16
http://www.jacom.or.jp/tokusyu/toku198/toku198s06101603.html


○ニセモノの良心 2007/08/05
 「日本のお米が食べられなくなる日が近づいているのかもしれません」
http://soulwarden.exblog.jp/5921553/


○Food-trust Project from Pure Soil─ふーどとらすと 2007/07/17
 安心・安全農産物の取り組みと「りれき見る.com」の説明会─埼玉食業を考える会─
http://blog.jseq.org/archives/64682776.html#


○イザ! 「中国“毒入り食品”の背景にあるもの」2007/07/08
http://akebono.iza.ne.jp/blog/entry/220043


○山之内 淳 我が愛しの上海へ 「本当に食べるものがない」2006/11/25
http://blog.explore.ne.jp/shanghai/3276.php


○この国を変える流星-METEOR-
 「スイスで急増する農家を目指す若者たち」 2007/05/06
http://meteors.blog85.fc2.com/blog-entry-68.html


○今日の一貫 「韓国農業は起業家精神を涵養しているという記事」2007/05/20
http://blog.goo.ne.jp/ikkan_2005/e/c3e8650ddb70d452b2009aca7945dfde


○今日の一貫 「個の時代 野菜の産地が変わってきている」 2007/02/24
http://blog.goo.ne.jp/ikkan_2005/e/f27534b88fd779d43ad1106b41aefa96


○極東ブログ 「このところの穀物高騰など」 2007/01/17
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2007/01/post_07e1.html


○極東ブログ 「新たな食料・農業・農村基本計画」は何処へ 2006/02/07
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/02/post_6ea1.html


○夕刊フジBLOG 「30歳で会社員から農家へ…やっと軌道に」2006/08/11
http://www.yukan-fuji.com/archives/2006/08/post_6556.html


○永田農法をはじめたよ 「観たよ!興奮DVD」 2006/03/11
http://blog.livedoor.jp/hajimetayo/archives/50454047.html


○「工場で働くか、農家を継ぐべきか。いずれにしろワーキングプアっぽい」2007/01/28
http://anond.hatelabo.jp/20070128161046


○カトラー:katolerのマーケティング言論
 農業を成長ビジネスに変えた「植物工場」 2006/09/26
http://katoler.cocolog-nifty.com/marketing/2006/09/post_9df7.html


○大西 宏のマーケティング・エッセンス
 「売上高100億円の八百屋さん 」 2006/06/22
http://ohnishi.livedoor.biz/archives/50212241.html


○百式 「外国で発想 (CropCam.com)」 2006/09/21
 (広大な農地を管理するためのリモコン飛行機とソフトウェアを販売)
http://www.100shiki.com/archives/2006/09/_cropcamcom.html


○CNET  2006/07/13
 「とうもろこしや大豆を燃料とするのは非現実的--全米科学アカデミー会報で発表に」
http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20170308,00.htm


○余丁町散人(橋本尚幸)の隠居小屋 - Blog
 「複雑怪奇な食肉生産流通業界、あっと驚く事実数々(立花隆)」 2005/02/15
http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/iblog/C1084425330/E1762420049/index.html

 

 


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