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中国が国家資産基金(SWF)運用で欧州へ投資攻勢、米財政に懸念の声も

「世界の工場」となった中国は近年、年間20%の伸びで輸出ドライブを加速させ、2008年にはドイツ、米国を一気に抜き輸出世界一となる見通しだ。わずか2年半で外貨準備高は倍増し、今年上半期には1兆2000億ドルに達した。

中国が日本と並びその巨額な外貨資産を運用して米財務省証券(米国債)を購入して米国の財政を支え、世界総貿易額の2割も占める米市場への輸出に依存して高度経済成長を続けているのは周知の通りである。

だが、中国政府が投資リターンを最大化しようと米国債購入の一部を、より有利な投資に転換しようと動き、雲行きが怪しくなってきた。日本の財務省は「日本と中国の2本柱が米国債中心の国家資金運用を変更すると市場が本気で受け取れば、米ドル暴落の引き金になりかねない」と懸念している。


▼シンガポール・モデル

3月10日付の米ウォールストリート・ジャーナルによると、中国の金人慶財務相が同9日、「中国の外貨資産の投資先を多様化する。米国債は安全だが、リターンが低すぎる」と述べ、07年末までにシンガポールをモデルに外貨投資公社の設立を準備していることを明らかにした。

金融危機などへの準備金は従前どおり国家管理局の下に置き、年間10兆円規模の運用益を計上するシンガポールの政府投資会社(GIC:Government Investment Corporation of Singapore)など2公社に倣って、余資を海外の金融商品、不動産、資源などに積極投資する意向である。

中国政府は7月までに外貨準備のうち30億ドルの運用を米国の大手証券会社に委ねることを決め、「中国の外貨準備が債権から株へシフトすることは国際金融市場に多大な影響を与える」と大きな関心を呼んだ。米国の代表的な投資銀行モルガン・スタンレーなどの通貨運用専門家も外貨準備の国家資産基金(SWF:sovereign wealth fund)への構造的な移行を呼びかけている。


▼警戒する欧州

国家資産基金(SWF)は元々石油収入の一部をエネルギー市場の安定化に使うため生まれた。ところが、今回の原油価格高騰に伴い、投資資金へと変貌し始めた。その典型例がエネルギー収益を国家管理し、原油高騰の最大の受益者となったロシアの戦略的な「安定化基金」である。03年に創設されたばかりだが、すでに残高はロシアの外貨準備高のほぼ2割に相当する750億ドル超に至ったとみられる。

中国とロシアのSWFの投資先は西欧諸国を主たるターゲットとしている。7月15日付英サンデー・テレグラフ紙は、間もなく運用開始する中国版SWFについて「その発足は世界の資本市場の歴史における最も重要な瞬間のひとつだ」と皮肉と警戒が複雑に混在した記事を掲載した。

中国とロシアによるSWF利用の投資攻勢に特に神経を尖らせているのがドイツ、フランス、スペインなどで、各国の政策担当者は「規制実施か、反保護主義を貫くか」で揺れているようだ。

自由競争と市場原理を信奉するアングロ・サクソン型金融資本主義とは異質な社会保障と市場機能を両立しようとするドイツは中国などからのSWFによる買収攻勢から守るべき戦略産業として、「通信、金融、郵便、物流、エネルギー」(シュタインブリック財務相)を挙げた。

また、7月下旬にドイツの日刊紙は「ドイツの物価高騰は拡大する中国の中間層が牛肉など高級肉嗜好を急激に強め、それが世界的に穀物相場の大幅値上げを招いたためだ」と報じるなど新たな黄禍論まで出現した。


▼IMFも深刻に憂慮

日本政府も7月初め、シンガポールのGICへ山本有二金融担当相を団長に視察団を派遣。小泉政権下の前任者、竹中平蔵慶応大教授は「経済活性化にはSWFは有効な手段」とエールを送った。これに反発した財務省が「ドル暴落の引き金とするな」と激怒した訳である。日本の民間エコノミストにも「SWFは次の国際金融危機の最大の波乱要因となる」と財務官僚に同調する向きも少なくない。

米政府のお膝元にある国際通貨基金(IMF)は「資産が政治的な戦略に基づいて運用される可能性が大いにある」と警戒感を募らせている。確かに、中国、ロシアを筆頭に中東産油国などが米国に対する政治駆け引きの手段としてSWFを利用するのは必至である。IMFと一体の米政府は7月29日、「オーストラリアで来週開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)財務相会合でSWF規模拡大の問題を議論する」(キミット米財務副長官)とこの問題に真正面から立ち向かう意向を示した。

 
■関連情報


○フジサンケイ ビジネスアイ 
 「国家ファンド“紅い資本”23兆円の脅威」 2007/08/01
http://www.business-i.jp/news/china-page/news/200708010048a.nwc


○フジサンケイ ビジネスアイ 2007/06/29
 「公的投資会社」の具体化検討 政府、外貨準備の運用積極化
http://www.business-i.jp/news/kinyu-page/news/200706290007a.nwc


○イザ! 中国の「米国債」保有残高が初のマイナス 2007/06/22
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/58443/


○朝鮮日報 「チャイナ・マネーによる企業買収に警戒感」2007/07/26
http://www.chosunonline.com/article/20070726000045


○津上俊哉ブログ 「唐船がやって来る日 (その一)」 2007/04/13
http://www.tsugami-workshop.jp/blog/index.php?categ=1&year=2007&month=4&id=1176394507


○津上俊哉ブログ 「唐船がやって来る日 (その二)」 2007/04/23
http://www.tsugami-workshop.jp/blog/index.php?categ=1&year=2007&month=4&id=1177269891


○津上俊哉ブログ 「唐船がやって来る日 (その三)」 2007/04/27
http://www.tsugami-workshop.jp/blog/index.php?007&month=4&id=1177609540


○大和総研/コラム 「中国の外貨準備の有効活用に関する議論」 2007/03/30
http://www.dir.co.jp/publicity/column/070330.html


○ちょっと待ってくださいよ、先生! 「中国のバブル」 2007/05/26
http://blogs.dion.ne.jp/dakine/archives/5656579.html


○渋澤健のオルタナティブ投資日記
 「政府の投資機関」 2007/04/23
http://alt-talk.cocolog-nifty.com/alternative/2007/04/post_d02f.html


○ぱわぷろ@ブログ「トッピクス: シンガポールの外貨準備残高」2006/08/30
http://yspartners.cocolog-nifty.com/power_property_asia/2006/08/post_60b8.html


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