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日本の音楽業界は、なぜネットプロモーションに及び腰なのか?─ 鍵を握るソーシャルメディアの活用

ミュージシャンがそのプロモーション(宣伝活動)にインターネットを使うとしたら、どんな方法があるのだろうか。

ざっと思いつく限り挙げてみるだけでも、バンドやシンガーのウエブサイト=「オフィシャルサイト」を設置し、ブログや音源、動画の一部を公開したりといった手法はもはや「古典的」であり、アマチュアでも当たり前のようにやっている。他に、日本独特の手法として、「インタラクティブ配信」の大半を占める「着うた」「着メロ」を新曲の宣伝活動に使う例も、ほぼ定着した感がある。

ここまでの「Web 1.0」レベルというか「第一世代」の範囲内に限っていえば、日本の音楽業界がさほど欧米に遅れを取っているとは私は思わない。むしろ携帯電話端末を利用した宣伝活動は、彼の国よりさらに先進的かつ貪欲であるとすらいえるだろう。

2007年現在から将来を見据えるとき、注目すべきポイントは、次の二点ではないだろうか。「Web 2.0」レベル、中でも「ソーシャル・ネットワーキング・サービス」(SNS)をどう使っているか。特に、音楽の宣伝活動である以上、音楽と動画を配信できるSNSをどう利用するかが非常に重要になってくる。

そうなると、対象となるサービス・プロバイダーは限られてくる。米国生まれの「YouTube」や「MySpace」、日本生まれでいえば「mixi(ミクシィ)」や「Yahoo! Music」(後者は厳密な意味でSNSに入るかどうかは微妙)がそれに当たるだろう。このうち、プロ・ミュージシャンの動画や音楽が数多く配信されていることでは、「YouTube」と「MySpace」は群を抜いている。このあたりの事情がどうなっているのか、日本のメジャーレコード会社の宣伝担当者に取材してみた。

消去法で話を進めると、レコード会社の現場レベルでは「YouTube」には警戒感が非常に強い。「YouTube」が元々「素人の動画投稿サイト」としてスタートしたこともあって、動画(つまりビデオ・クリップ)と音楽が著作権保持者の承諾なしに公開されていることが非常に多い(というよりそちらの方が圧倒的に多い)からだ。

これに危機感を抱いた日本のテレビ局、レコード業界団体など24団体が、07年2月と8月の2回にわたって「YouTube」や親会社のGoogleの役員と「著作権侵害防止対策」について協議しているが、あまり日本の権利団体側を満足させる結果には至らなかったようだ。レコード会社の現場担当者たちは「YouTubeはこちらが突き上げても、のらりくらりするばかりで、相手にしづらい」と不満を募らせている。

その間隙を突いて成長しているのが「MySpace」である。特に、昨年11月に「ソフトバンク」社が、ルパート・マードック氏率いる米国の「ニューズ・コーポレーション」傘下の子会社と共同出資で日本法人「マイスペースジャパン」を設立してから、様相が一変した。日本版「マイスペース」にオフィシャル(つまりレコード会社やマネージメント会社公認)サイトを構えてビデオ・クリップやインタビューの動画と音楽を配信するミュージシャンが急に増えたのである。

大手メジャー会社の例でいえば、「ビクター」の「くるり」や「髭」がインタビュー動画やミュージック・ビデオ、野外コンサートの告知を流していたり、「ソニー」の「ポリシックス」がバンドロゴを公募していたりと、なかなか賑やかである。日本法人という「窓口」がある安心感からだろう。レコード会社の現場でも「マイスペースの方がYouTubeより権利問題には敏感」と評判は悪くない。

それでは、日本の音楽産業がどっと「マイスペースジャパン」に殺到しているかというと、そうでもないのだ。なぜか。

(1)まず何より、その音楽の購買層がインターネットに慣れていないと、宣伝媒体として
   意味がない。「サザンオールスターズやユーミン(松任谷 由実)、演歌はリスナーの
   年齢層が高めなので、まず無理」という声が現場からは聞こえる。CDが売れなければ、
   レコード会社には何の利益もない。SNSその他のネット上には、どうしても若い購買層
   向けのミュージシャンのサイトが増える。
 
(2)インターネットでの宣伝は、かつてはメジャーレコード会社の独占権力だった「マスメディア
   へのアクセスのための人的・資金的資源」を無力化してしまう潜在力を秘めている。特に
   90年代前半以降、メジャーレコード会社は広告代理店を仲立ちにした「テレビ・タイアップ」
   という宣伝手法を確立し、CD市場規模を倍増するという大成功を収めた(98年をピークに
   下降)。そのための人脈や組織、ワーク・フローが強固にでき上がってしまっているため、
   どうしても新しいメディアには及び腰になる。

      ある宣伝担当者の言葉を借りよう。「インターネットは『クチコミ力』というか、伝播力は
   すごく強い。特にブログが普及してからは、リンクやトラックバックのおかげで『えっ!? 
   何でこんなにたくさん?』というくらいのアクセスがサイトに来るようになった。けれど、
   それがCDの売り上げに直結するかというと、そうでもないんですよ。でも、視聴率の高い
   テレビ番組に乗せると、売り上げに結びつく」
 
      この宣伝担当者は「インターネットはテレビやラジオのような媒体ではなく単なる
   『伝えるツール』だととらえています。何を発信するかというと、必ずしも『作品』
   ではない。コンサートの告知とかでもいい。伝える力はすごいんですから」と言葉を
   添えた。

(3)その結果、レコード会社とマネージメント会社で「熱意」にかなりの温度差が出ている。
   前述のようにレコード会社はCDが売れなければ利潤が出ない。が、マネージメント会社
   はコンサートやテレビ・ラジオ出演、曲のオンエア、CD以外のグッズ販売でも利潤を
   生むことができるからである。マネージメント会社が新発売のアルバムを発売日前に
   公式サイトで全曲流してしまい、レコード会社が慌てるという「珍事」も起きている。

(4)「マイスペース」には「公認なりすましサイト」が出没するうえ、「公認」と区別がつかない。
   例えば、いつの間にか「桑田佳祐」のサイトが「マイスペース」上に立ち上がり、写真や
   音楽はもちろん動画まで配信され、レコード会社やマネージメント会社を慌てさせたことが
   ある。熱心なファンの「投稿」だったらしい。「メジャー」で同サイトを検索してヒット
   したとしても、それが「公認サイト」であるとは限らない。


最後に私見を述べる。私は(4)のような現象こそ、Web2.0やSNSの真骨頂であり、逆に宣伝に利用したほうが効率的なのではないのかと思う。とにかく、誰かが勝手にタダで作ってくれるのだから、コストの節約効果も計り知れない。Web2.0百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」のような、ファンが集合的につくる宣伝媒体があってもいいのではないだろうか。

そこで難問が待っている。「じゃあ、曲やビデオの使用料は誰から取るんだ?」。でも、思い出してほしい。テレビのCMタイアップが始まったころは「楽曲の使用料は広告出稿料とバーター」という考え方が一般的だった。つまり、その宣伝効果の大きさと広告を買うスポンサーの出資を考慮して、楽曲の使用料はチャラでいい、という習慣があったのだ。その前例をどうしてWeb2.0に生かせないのか。

Web2.0以降のインターネットは、まるで水が下から上へ流れるような、重力の方向が転換したかのような世界を生んだ。情報の流れ方が根本から変わったのである。そのコペルニクス的に変化した常識で「権利」を運用しないと、昨日の「勝ち組」が一夜にして全員「負け組」に転落、ということもありうる。「地動説」が「天動説」に変わった新時代の「権利運用」を考えなければならない。

 

【関連情報】

○Web担当者Forum   2007/08/30
 「インターネットは消費者の音楽購入をどう変えているのか?」
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/08/30/1840


○P2Pとかその辺のお話 「音楽プロモーションのこれからを考える」  2007/01/06
http://peer2peer.blog79.fc2.com/blog-entry-172.html


○IT-PLUS  2006/11/16
 「マイスペースは日本の音楽業界を口説くウルトラCを出せるか
  インターネット-コンテンツビジネスの真相(津田大介)」
http://it.nikkei.co.jp/internet/column/contentsbiz.aspx?n=MMIT0g000015112006


○News2u.net   2007/09/14
 株式会社ビジュアルワークス「KREVA×携帯小説コミュニティ『フォレストノベル』
 従来の音楽プロモーションの枠を超えたケータイ小説&プロモーションビデオの
 新しいコラボレーション企画」  
http://www.news2u.net/NRR200721785.html


○CNET  2007/08/08
「着信音は着メロから着うたへシフト傾向--着メロ、着うたのユーザー利用実態調査」
http://japan.cnet.com/mobile/story/0,3800078151,20354405,00.htm


○CNET  2007/07/17
 「携帯電話による音楽とゲームの利用について--アラームや新曲チェックとしても
  活用される携帯音楽ダウンロード」
http://japan.cnet.com/research/column/webreport/story/0,3800075674,20352866,00.htm


○ITmedia News  2007/04/06
 「ダラダラ長いからCD売れない」――丸山茂雄“47秒・着うた専用曲”の
  必要性を語る (1/2)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0704/06/news089.html


○丸山茂雄の音楽予報「着うた 47秒 その1」 2007/02/23
 (「CDシングル」が衰退し、代わりに主役になりつつある新しいメディア「着うた」
   についてのまとめ)
http://d.hatena.ne.jp/marusan55/20070225


○ITmedia News   2007/02/23
 「06年の有料音楽配信売り上げ、CDシングル抜く」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0702/23/news075.html


○kihara.org - blog   2007/02/12 
 『本格化するクロスメディア・プロモーション:宇多田ヒカル"Flavor Of Life"』
http://www.kakihara.org/blog/archives/000643.html


○BARKS NEWS   2007/01/13
 【Hotwire Music Business Column】インターネットが変える最新の音楽プロモーション
http://www.barks.jp/news/?id=1000029355


○eビジネス・IT戦略の波間に
 「音楽ネット配信2社の体験型プロモーション」  2007/08/12
http://hatakama.cocolog-nifty.com/strategicit/2007/08/2_60ee.html


○Garbagenews.com  2006/11/14
 「YouTubeをプロモーションに使う」、コロムビアミュージック社長の決断
http://www.gamenews.ne.jp/archives/2006/11/youtube6791.html


○小鳥ピヨピヨ 「最弱なラッパー、ネットで曲を公開する」  2007/09/14
http://coolsummer.typepad.com/kotori/2007/09/post-15.html


○教えて君.net  2007/05/24
 CDから簡単に着うたを作成できる「Sound Portalプレイヤー」
http://oshiete.new-akiba.com/archives/2007/05/cdsound_portal.html

 

 


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