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太り過ぎの従業員にはペナルティ ―肥満大国アメリカ、企業の医療費対策─

  • 米国在住モチベーション・コンサルタント&コーチ
  • 菊入 みゆき

<記事要約>

太り過ぎ、高血圧、高血糖など健康危険度の高い従業員に対し、ペナルティを課す企業が現れ始めた。彼らのせいで医療保険の保険料が高くなったり、医療費が高くついたりするためだ。

金融大手のウェスタン&サザン・ファイナンス・グループでは、従業員の太り過ぎの度合いによって、月15から75ドルを給料から差し引く。これに対し従業員は、会社が提供する健康プログラムを利用するなどして減量し、危険度を低下させれば、払い戻しを受けることができる。

企業は、差別に関する法律などに抵触しないよう、注意深く、しかし綿密に、保険料等の医療費を下げようとしているのだ。この問題には、アメリカ国民の肥満、医療保険制度、企業風土の特徴など様々な要素が絡み合っている。

2007年9月9日YAHOO NEWSより


<解説>

オハイオの芝生等ガーデニング関連会社のスコッツ・ミラクル・グロ社は、年1回行なう健康危険度検査で、数値がよくない従業員には、月45ドルのペナルティを課す。危険度を下げる努力をしない社員には、さらに月65ドルが加算される。

同社のスポークスマンは、この施策について、「健康を保つためには個人の責任が極めて大きい、と我々は考えています。会社としても、健康になるために必要な道具や施設を提供していますよ。当社の健康プログラムは、アメとムチのバランスを保っていると思います」と語っている。

フォーチュン誌の世界企業上位500に名を連ねる、金融関連のシステム会社フィザーヴ社では、アメのほうの施策として、健康危険度検査の数値が良好だった社員に35ドル、その伴侶には25ドルを支払う。また、糖尿病など慢性疾患のある従業員も、疾病管理プログラムに加入すれば相応の金額を受け取ることができる。

この記事を読み、最初に持った感想は、「確かに、アメリカ人は太りすぎで、自らの健康に無頓着。経営者の気持ちはわからなくもない」、だった。筆者はこの夏、日本に一時帰国したが、日本人のスマートさに驚いた。まわりの在米日本人も、帰国して同じ感想を持ったとのことで、しばらくその話題で盛り上がった。

アメリカの肥満問題は、相当深刻だ。1999から2004年の国民健康栄養調査では、アメリカの成人の3分の2が太りすぎで、3分の1はオビシティと呼ばれる病的肥満だ。健全な体重の人は、3人に1人しかいない。ちなみに、オビシティの診断材料のひとつが、BMI値だ。体重(Kg)÷身長(m)の二乗で求められるこの数値が、30以上だとオビシティの可能性がある。例えば、身長155センチの人で体重72キロ以上、170センチで87キロ以上がこれにあたる。

肥満は、糖尿病、高血圧症、高脂血症などの疾病につながり、医療保険料、医療費を押し上げる。
さらに事情を複雑にするのが、アメリカの医療保険制度に関する問題だ。今公開中の、マイケル・ムーア監督による映画「SiCKO(シッコ)」でも取り上げられているように、アメリカは先進国の中で唯一、国民健康保険制度のない国だ。民間の保険会社の保険料は高い。夫婦と子ども二人で日本並みの医療保険を確保しようとすると、月に8から10万円以上はかかる。保険料を低く抑えれば、実際に治療を受けたときの自己負担が増えたり、手術など高度な治療には数百万、数千万円に及ぶ法外な自己負担が必要になったりする。

企業は人材確保のために、「医療保険完備」「質の高い医療保険に加入済」などを標榜するが、現実には高額の保険料をなんとか低く抑えたいと必死になる。その結果、このようなペナルティ制度の導入ということになるのだろう。

もうひとつ、業績主義、個人主義の企業風土も、この問題にはひそむ。個人の健康さえも数値化し、評価し、報酬に組み込む。企業に貢献する従業員は厚遇し、マイナス要素を持つ者には冷たい。記事中でも、米労働権研究所の法務部長が、「(健康危険度の高い従業員へのペナルティによって)企業は、金のかかる従業員を一掃しようともくろんでいる」と指摘する。

全米ヘルスケア連合によれば、今年の全米ヘルスケア関連消費は2兆2千億ドルで、2016年には、これのほぼ倍になると予測されている。今後も、企業は従業員の医療費問題への関心を強めざるを得ず、アメとムチの施策も加速されそうだ。となると、またそれを「差別だ」として新しい法律ができ、すると、企業は法に抵触しない方法を考え・・・、という展開にもなるだろう。

つい、思ってしまう。「アメリカ国民が全員、もう少しだけ食べる量を減らせば、一挙解決では?」と。ものごとそう簡単にはすまないことを、この国の環境やら自らのダイエット経験から、実感しているのだが。

 

【関連情報】

○MediaSabor  2007/09/20
 マイケル・ムーア監督の映画「SiCKO」(シッコ)をメディアが批判─ 
 キューバは本当に医療天国?
http://mediasabor.jp/2007/09/sicko.html


○MediaSabor  2007/08/11
 第二の「ビリーズ・ブート・キャンプ」と目される
 ラテン系フィットネスダンスプログラム「ZUMBA」
http://mediasabor.jp/2007/08/zumba.html


○MediaSabor  2007/06/03
 「診療費をWEB上で公開した米国の医療機関─。病院競争時代の処方箋となるか」
http://mediasabor.jp/2007/06/web.html


○MediaSabor  2007/07/09
 メタボリックシンドロームなど、「なんとかシンドローム」にご用心!
http://mediasabor.jp/2007/07/post_153.html


○WIRED VISION 2007/08/10
 「肥満もネットワークで伝染」疫学調査結果が引き起こした騒動
http://wiredvision.jp/news/200708/2007081020.html


○macska dot org  「肥満増加の裏にある米国の農業政策と階級格差」2007/07/24
http://macska.org/article/196


○G★RDIAS [米国]肥満である権利 2007/04/11
http://d.hatena.ne.jp/gordias/20070411/1176248653


○東京日和@元勤務医の日々 Doctors Blog 医師が発信するブログサイト
 [罰金つき強制医療保険]アメリカってサイコー!? 2007/06/29
http://blog.m3.com/TL/20070629/3


○よしなしご利根  「SiCKO」を観て:アメリカ医療制度の変革を呼ぶか 2007/09/01
http://plaza.rakuten.co.jp/tonehide/diary/200709010000/


○内科開業医のお勉強日記 2007/07/06
  「Sicko:笑い事じゃないアメリカの医療・・・悪者は医療保険会社」
http://intmed.exblog.jp/5833413/


○プロメテウスの政治経済コラム  2007/08/30
  『シッコ』(Sicko)アメリカ医療を鋭く告発「対岸の火事」ではない
http://blog.goo.ne.jp/e-hori/e/6ec9cab3890f94278b416f3f21b30d65


○Sickoの一シーン 日本ではアメリカ・日本の民間保険会社の利益のため
 保険医療制度の破綻に向かってまっしぐら  2007/08/23
http://www.goodinfomation.info/2007/08/sicko.html


○ヘルメスの北米での萌え&憂鬱に関する日記
 「肥満とタバコは犯罪」 2007/08/12
http://xarisma.blog38.fc2.com/blog-entry-288.html


○薬事日報 2007/06/16
 坂本 美佐のボストン便り No.39「州民皆保険制度」
http://www.yakuji.co.jp/entry3387.html


○有名人ブログ:ココセレブ
 Specialインタビュー: 岡田斗司夫「自分を見つめ直す」……
  それがレコーディング・ダイエットです
http://celeb.cocolog-nifty.com/interview/2007/08/post_9217.html


○小飼弾 404 Blog Not Found  書評 「いつまでもデブと思うなよ」2007/08/18
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50894513.html


○livedoorニュース 2007/05/06
 [ダイエット通信]で、結局何を食べれば痩せるワケ?
http://news.livedoor.com/article/detail/3143257/


○POLAR BEAR BLOG 2007/09/22
 「○kg減らす」をダイエットの目標にしてはいけない
http://akihitok.typepad.jp/blog/2007/09/kg_9ad1.html


○間違いだらけの世の中  2006/07/18
 「NHKテレビ/土曜フォーラム どう防ぐこどもの肥満 」
http://hayano-ponpei.cocolog-nifty.com/matigai/2006/07/nhk_fbf7.html


○イザ! 「兵士不足なのに…肥満ではじかれる米軍志願者相次ぐ」2007/04/06
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/46397


○イザ! 「肥満は万病…糖尿病患者はパーキンソン病にかかりやすい」 2007/03/31
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/health/45543/


○CNET  2007/08/09
 「女性の3割、携帯電話でダイエット関連商品の購入経験あり--MMD研究所調べ」
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20354491,00.htm


○想像力はベッドルームと路上から 2007/02/15
「ふとい は正義!肥満に悩む万国の“フトレタリア”に告ぐ!」
http://d.hatena.ne.jp/inumash/20070215/p1


○夕刊フジBLOG  「寝不足がデブを招く!」 2006/09/07
http://www.yukan-fuji.com/archives/2006/09/post_6816.html


○GIGAZINE  「182kgもの減量に成功した男」2007/06/18
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20070618_incredible_weight_lost/

 

 


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