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ヒーロー(BOPE)が綴る、公式犯罪告発映画「Tropa de Elite」はファシズムか

公開前からこれほど話題になった映画は、ブラジル史上初めてではないだろうか。

7月30日、サブタイトルを受け持つ会社の技術者が、違法に映画をコピー。直後にアマゾン地方にまで及ぶブラジル全土の露天に海賊版が出回り、インターネットにも映像が流れ始めた。当初11月の公開予定が10月12日に変更。その後10月5日に前倒しされた。

監督は、ドキュメンタリー映画、「バス174」の監督、ジョゼ・パジーリャで、主演はワグネル・モウラ。リオデジャネイロの軍警察の特殊部隊である「BOPE(ボッピ)」出身者の告白を交えて書かれた、ハーフ・フィクション小説「A elite da Tropa」が原作だ。小説が発売された当時は、「殺人機械」として描かれた「BOPE」の存在が大きな議論を呼び、軍警察からの圧力がかかった。当時のブリゾーラ州知事の暗殺未遂が何度も起こったという。

映画の公開にあたって、「BOPE」に所属する19人の軍警察官が、公開禁止を求めて裁判を起こしたのも記憶に新しい。表向きの理由は、「捜査に影響が出る」ため。しかし、映画が「BOPE」を「殺人鬼」「拷問組織」のように描いているためであるのは明瞭だ。裁判所は訴えを却下。

 


映画の題名である「Tropa de Elite(トロッパ・ジ・エリッチ)」は、エリート部隊という意味だ。リオデジャネイロには、軍警察、市警察、連邦警察、国軍が配置されているが、スラム街中心の治安維持に関しては主に軍警察が担当している。しかし、犯罪組織と軍警察の汚職はよく知られている。作品は、幼馴染である2人の警官が、軍警察内部の汚職に嫌気がさし、「BOPE」と呼ばれるエリート組織である特殊部隊に加わるというストーリーとなっている。また、「BOPE」の一部隊の隊長の、殺人、拷問に対する苦悩も描き出す。

この映画が目新しいのは、単にスラム街における麻薬組織と、警察の暴力の現実を描いているだけではない。スラム街で起こっていることを、隣近所の内戦と理解しつつも、自分の庭ではないとしてきた中流階級層にとって、衝撃的な内容になっていることだ。ブラジルの抱える麻薬組織、貧困の問題と、中流階級とのかかわりを描き出そうと試みている映画といえよう。

警察という名前を借りた、公式な犯罪を告発している映画と評価されているにも関わらず、ブラジル全土でこの映画に批判が集中しているのも事実だ。映画「Tropa de Elite」は、ファシズム的か、そうでないか、が議論の焦点だ。実際、映画の作り出す構図は、麻薬組織の病的な存在、白人中流階級の無関心さ、汚職にまみれた軍警察、そして、汚職とは無関係のエリート集団「BOPE」だ。映画の中で「BOPE」こそが、その純粋な隊員たちによって、ブラジルを救う存在となっているのは明白だ。観客は、拷問、殺人に手を染める「BOPE」のヒーローに感情移入し、結果的に応援してしまう。

この映画を製作した、米大手映画配給会社、ミラマックスの存在を指摘する評論家もいる。ミラマックスは、「イル・ポスティーノ」や「シカゴ」「キル・ビル」などの名作に関わった会社だ。当初はインディペンデント映画にも力を入れていたが、近年は賞狙いの作品や歴史大作を手がけるようになっている。配給権を獲得したアメリカ以外の映画を、アメリカ人観客むけに編集、改編することも批判されている。「バス174」という優れたドキュメンタリー映画を生み出した監督の、アメリカヒーロー主義的なつくりの映画「Tropa de Elite」の製作に、ミラマックスの影響が少なからずあるのだろうか。


現在ブラジル全土で公開中だが、海賊版は売られ続けている。現在までに約100万枚が販売されたと推測されている。1995年の「フランシスコの2人の息子」は約500万人が映画館で鑑賞したといわれるが、この「Tropa de Elite」もそれに次ぐと予想されていた。しかし、海賊版とネットダウンロードの流通が大きく影響する結果となりそうだ。2003年の映画館でのブラジル映画の観客動員数は2千100万人。2006年は約1千万人と減少していることで、海賊版の影響が指摘されてきた。この「Tropa de Elite」は、さらに映画界を激変させる作品となったのだ。

海賊版の増加によって収益が激減し、映画業界は、新たなる試練の時代に突入しつつある。しかし、世界でも有数の格差社会ブラジルで、映画鑑賞人口が増えることは、たとえ海賊版であっても好ましいことだとする専門家は少なくはない。ちなみに海賊版は約250円。映画館での鑑賞は約900円である。映画館にはいけないが、海賊版なら購入できる家庭に映画が浸透するのは悪しきことではない。

リオデジャネイロでは「Tropa de Elite」の続編2,3,4が露天ですでに販売されている。といっても、続編が製作されているわけではない。続編第2弾は、ジョアン・モレイラ・サーレス監督のドキュメンタリー映画「Noticia de uma Guerra particular」。第3弾は、リオデジャネイロのニテロイ市を中心にした、スラム街における軍警察の活動を撮ったもの。第4弾は、ルーシア・ムラット監督の「Quase Dois Irmãos」で、第2弾の映像を除けば、ブラジルの社会問題に迫る秀作だ。「Tropa de Elite」をきっかけに、これらの映画の鑑賞者数が増加することは、収益は別にしてブラジル社会に悪影響を与えることはないはずだ。

映画のテレビでの放送権も争われており、テレビ放送は2008年の終わりから2009年の頭あたりになる見通しだ。

すでにアメリカ版が製作されており、この映画が世界に飛び火するであろうと予測されている。2002年アカデミー賞にノミネートされた作品、「シティ・オブ・ゴッド(CITY OF GOD)」と同じく、ブラジル社会の影を浮き彫りにする映画。その内容からして「シティ・オブ・ゴッド」のような完成度はないが、世界中で注目されることは間違いないだろう。

 


【関連情報】

▼映画「Tropa de Elite」関連

○オフィシャルサイト(※音が出るので注意) 
http://www.tropadeeliteofilme.com.br/


○Tropa de Elite -Trailer Oficial(YouTube映像 02:32)
http://jp.youtube.com/watch?v=_V_nZNWPYQk


○Nas Asas de Brasília 「映画”Tropa de Elite”」2007/10/21
 現実に基づく話とは言え、脚本がとてもよく練られている。ファベーラへの突入では
  夜の暗いシーンが多いのと、登場人物の心理を描くときや銃撃戦での音響効果などを
  考えたら、ブラジル国内では海賊版が出回っていて容易に入手可能なのだろうが、
  絶対映画館で見るべき。
http://brasilia.pokebras.jp/e29108.html


○desde RIO de Janeiro 「Tropa de Elite」2007-09-26
http://malandro.exblog.jp/6523202/


○ブラジルニュース 「Tropa de Elite」がテレビドラマ化か 2007/09/19
http://noticias.pokebras.jp/e27078.html


○毎日がカーニバル 「BOPE」 2007/10/25
http://jacare.pokebras.jp/e29364.html

 

▼映画「シティ・オブ・ゴッド」関連

○It's a Wonderful Life 「シティ・オブ・ゴッド」 2005/06/17
http://yaplog.jp/kazupon/archive/192


○ジフルブログ 「シティ・オブ・ゴッド@我流映画評論」2006/12/31
http://gflblog.jugem.jp/?eid=36


○NUMB 「シティ・オブ・ゴッド City of God」2005/08/24
http://diracsocean.blog16.fc2.com/blog-entry-44.html


○W.W. のAGORA SIM! 『シティ・オブ・ゴッド -THE TV SERIES』2006/12/26
 『シティ・オブ・ゴッド -THE TV SERIES(原題:Cidade dos Homens)』は、
  映画版を撮影したフェルナンド・メイレレス監督をはじめ、俳優、スタッフとも
  ほぼ同じクルーでTV用に撮影されたミニドラマです。 2002年晩秋、ブラジル国内
  で第1シーズン全4話が放送されると映画以上に評判となり、それから2005年の
  第4シーズンまで19のエピソードが放映されました。
http://agorasim.pokebras.jp/e11263.html


○City of God Original Brazilian Trailer(YouTube映像 02:12)
http://www.youtube.com/watch?v=iISAiUwY9eM


○City of God Tribute(YouTube映像 03:26)
http://www.youtube.com/watch?v=YOu_R6-tiBg

 

▼映画「バス174」関連

○映画まみれR   「バス174」2006/03/27
 食べ物があふれ、あたたかいベッドで寝ることが当たり前の僕ら日本人に
  とっては想像することすら難しい現実。ある日突然布団を取り上げられ、
  体一つで外に放り出される。ただ、「生きる」こと。最初はそれだけを望む
  子供たち。ただ外の世界は、彼らにその場所すら与えないんだ。
http://ameblo.jp/travis-b/entry-10010622112.html


○海の向こう側 ブラジル移住編    ブラジル映画「バス174」2007/02/01
http://uminomukougawa-br.seesaa.net/article/32543792.html

 

▼ブラジルのスラム街(ファヴェーラ)

○ブラジル・サンパウロから世界へ、そして渋谷
 「ブラジルの80歳の年金生活者の執念」2005
 この崖には、貧民窟(=ファヴェーラ)がある。
  リオ・デ・ジャネイロの構造はどこでもこのようなものである。
  富裕層と貧民層が、すぐ側で生活しているのである。
http://sao-paulo.cocolog-nifty.com/top/2005/08/post_ebfc.html


○地球の歩き方 サンパウロ特派員ブログ 2007-05-04
 「Favela(ファヴェーラ)、格差社会の国」
http://blog.arukikata.co.jp/tokuhain/sao_paulo/2007/05/favela.html

 

▼Baile Funk Brazil(ダンスミュージック)、Favela Funk

○ブラジル音楽情報 「DJ Marlboro─ファンキブームの火付け役!」2007/08/27
http://musica.pokebras.jp/e24902.html


○MC Leozinho ft. DJ Marlboro(YouTube映像 04:41)
http://www.youtube.com/watch?v=7w_R07b87eQ


○AS DANADINHAS(YouTube映像 01:56)
http://www.youtube.com/watch?v=KsipZ1Pbt6U


○Duelo - Katia e Nem(YouTube映像 02:37)
http://www.youtube.com/watch?v=oidpj_Lzpcw


○GAIOLA DAS POPOZUDAS(YouTube映像 04:55)
http://www.youtube.com/watch?v=nnE89rj9ROw

 

 


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