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心に残るサービス ─豪快大らか!カナダ的人情サービスから学ぶ─

「日本のサービスレベルは世界最高水準」と巷で言われているが、果たしてそうだろうか。人間だかロボットだかわからない接客。回りくどいほど丁寧な物腰だが融通はきかない。最後はピシャリと「申し訳ございません」の常套句で切り離す。そんなことが多くはないか。そこから生まれる正確さが日本社会の秩序をつくり上げているのも事実ではある。しかし、あまりにも人情味に欠ける。そこに感動は生まれない。

私が9年近く暮らしたカナダ・バンクーバーは、諸外国の多くがそうであるように、何事も当てにならない雑な社会システムである。サービスはカジュアル、不正確、無責任。日本から来た当初は度々立腹したものだ。

銀行の窓口だろうが医者だろうが、すぐに「I don’t know」を連発する。責任所在や原因を尋ねても平然と「I have no idea」と答える。荷物の誤配も頻発する。けれどカナダには、ヒト対ヒトの人情コミュニケーションが存在する。違うものを否定せずに受け入れるモザイク国家(多民族・多文化を認め合う社会)がベースにあるからかもしれない。

カナダの飲食店のサーバーはエンターテイナーだ。笑顔で自分の名を名乗り、大げさなほど会話を盛り上げる。チップ制度があるにせよ、客との応対を楽しむ風潮が根付いている。だから「誰それの担当のテーブルで」という、サーバーの指名まで存在する。マニュアルはほとんどなく、ホールスタッフは能動的に思考し行動するため、仮にトラブルが発生してもうろたえることは少ない。そして間違っても、「ハンバーガーを持ち帰りで」という注文に「こちらでお召し上がりですか?」という噛み合わない応答はしない。

荷物の誤配を除けばサービスについて感動の多いカナダだが、今も忘れられない印象的な出来事がある。

ダウンタウンから郊外にある我が家までバスに乗ったときのこと。1時間ほど走ると見たことのない風景に変わった。普段自家用車での移動が中心のため、どうやら行き先の違うバスに乗ってしまったらしい。「このバスはホワイトロックセンターに行きます?」。運転手に尋ねると案の上、通らないという。落胆する私に彼が続けた。「他に乗客はいる?」「いないけど」。短いやりとりの後、「OK!」と言うなり、彼はバスの行き先表示を変えてしまったのだ。「ほら、これで大丈夫!近くまで行ってあげるよ。誰にも言わないでね」と言いながら。

これを通常のサービスとすることは不可能だが、このマニュアルにとらわれない臨機応変さと、客に与える特別感は見習う価値があるだろう。

そしてもう一つ。何年も借りていたテラスハウス(戸建感覚の集合住宅)が売りに出されることになり、引っ越し先を探していたときにもこんなことがあった。新聞の情報欄を見ては内見へ足を運んでいたのだが、ふとVacancy(空部屋)の看板が目について立ち寄ったアパートに魅せられてしまった。管理人に案内され、足を踏み入れた部屋は、何とリビングからもベッドルームからも海しか見えない超オーシャンビュー。内装もリゾートマンションのよう。ひと目でその部屋に恋をしたが、やはり人気のアパート。ウェイティングリスト(キャンセル待ち)があるというので垂涎の思いを抱きながら後にした。

翌日。せめてあの景色と感動を友人にも与えたいと思い、私は再びアパートを訪れた。管理人は部屋を借りる予定もない我々を笑顔で迎え入れてくれた。彼の後に続いて改装中の部屋に入ると、友人は歓声を上げた。オーシャンビューなだけでなく、高台の立地はアメリカ本土まで見渡すことができる。はしゃぐ我々を管理人は屋上へ案内してくれた。鳥肌が立つほどの絶景は、海を中心に270度。感動している私に管理人が微笑みながら囁いた。「まだ公表していないんだけど、実は来月、2階の角部屋が空くんだよ」「ペンキは白にしてくれる?」「OK!」。

それから2年。私は白と濃紺に塗られた風通しの良いその部屋を満喫した。

ヒトは特別扱いに弱いものである。日本の飲食店でも、常連になると特別メニューや裏メニューが出される。サービスの受け手が感動する瞬間というのは、そうした「特別感」を感じたときと、ほんの少しの気遣いをしてもらったときなのだ。お気に入りの服を褒められたり、ちょうど喉が乾いているときに飲み物が出てきたりしたら、誰でも嬉しいはずである。反対に否定されたり、突き放されたりしたら悲しくなる。サービスを提供するときは常に「もしも自分がお客だったらどうされたいか」ということを念頭に置くべきだろう。

下心があるうちは、本当のサービス、感動するサービスを提供することは難しい。相手を喜ばせたいと本気で思ったときに、真のサービスが生まれるのだと思う。

心に残るサービスとは、決して5つ星ホテルのうやうやしく丁重なサービスのことではない。ましてやマニュアルどおりに寸分狂いのない口上や対応に感動は存在しない。心から湧き出た相手を思いやる気持ちこそが、サービスの基本である。

 


【関連情報】

○ニューヨーカーへの道 2007/09/08
 「Apple CEO, スティーブ・ジョブズ氏からのメッセージ」
 (今回のiPhone $200値下げの経緯に至った理由と意見)
http://www.mune510.com/archives/50953502.html


○感動のサービス 落胆のサービス 
 「ちょっとした気遣いから感動が生まれる」2007/06/14
http://food-atelier.typepad.jp/food_atelier_koh_coltd/2007/06/post_02c8.html


○heuristic ways 「主人と客人のホスピタリティ」 2007/01/25
 この映画の登場人物たちの多くは、それぞれ自分の身寄りをなくしたり、
  親しい友人がいなかったりという単独者たちなのだが、そういう内面的な
  事情がどうであれ、彼らが「かもめ食堂」の主人や客人である限り、彼らは
  そこにいて、美味しいものを食べたり飲んだりすることを許されている。
  そういう居場所をかもめ食堂は提供する。
http://d.hatena.ne.jp/matsuiism/20070125


○「かもめ食堂」(YouTube映像 02:05)
http://jp.youtube.com/watch?v=FmMq47T1348


○札幌ホテルマン奮闘記 「これからのサービス条件」 2005/11/05
 人はサービス行為より、その人に感動し記憶を持つ訳で、心に残るサービスとは、
  御客様と知り合いになる、と言う事が重要になる。その人の顔が見えることが大切で、
  更に、その人が有名になると、ブランド化が始まり店の存在が出てくる。
http://ykanda.blog22.fc2.com/blog-entry-37.html


○顧客満足が顧客感動に変わる!─お客さまの満足度を高めるサービスの法則
 (顧客感動クリエーター石黒謙一のサービスセンスを磨く50のヒント)
 お客さんは「納得」したから買うのではない。○○したから買うのだ 2006/04/05
http://cil.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_1dfa.html


○Guten Appetit !(ドイツ語で「良い食欲を」)
 (飲食店覆面調査ミステリーショッピングリサーチのスタッフによる
    こだわりの食の日記です。)
 「心に残るサービス (Oriental Gril Tokyo 2000)」  2007/03/26
http://blog.goo.ne.jp/ayumimi25/e/73aeaaed5142b6a0c2e141607439ca11


○ミルバのレストランガイド 2007/09/07
 「サルキッチン (la Salle)/フランス料理  心に残るサービスとお料理」
http://u.tabelog.com/00042451/r/rvwdtl/309581/


○版元ドットコム 
 「覆面調査員(ミステリーショッパー)は見た!感動のサービス あきれたサービス」
  本多 正克(著)
http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-88759-566-8.html

 

 


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