心揺さぶられる映画 ─「ヨコハマメリー」的に生きる─
- ジャーナリスト
『ヨコハマメリー』 中村高寛初監督作品。2005年/日本/カラー/92分
「男に捨てられた」。「男運が悪い」。巷で繰り返される言葉である。始まりは少なからず楽しい時間を過ごしただろうに、別れた後はまるで犯罪者か害虫並みの言われようだ。そういう私も、別れた男たちのことを地球から、いや、銀河系から出て行って欲しいと毒づいてきた。負のエネルギーは膨大な無駄である。何の生産性もなければ、誰も幸せにならない。表情も怨念たっぷりの不幸顔になる。
それにしても、愛憎劇とは良く言ったものだ。しかし、果たして本当に男が悪かったのだろうか。物事は、見る角度で幾ようにでも変わる。「捨てた」のか、「別れざるを得なかった」のか。男はいい訳せずに去っただけかもしれない。その瞬間の情愛に疑いがなければ、結果的に遊ばれただけだとしても、それは不幸とは言えない。そんなことを教えてくれた映画がある。ファンキーなサントラ、淡々と撮影された映像が独特の世界観をつくる『ヨコハマメリー』がそれだ。
『ヨコハマメリー』に登場するメリーさん(亨年84歳)は、横浜に実在した女性である。彼女はいわゆる“パンパン”のひとりで、戦後、伊勢佐木町を中心にアメリカ人将校を客として街角に立っていた。その風貌は特異で、人々の好奇の目を引いた。白塗りの顔にパンダのようなアイメイク、真っ赤な口紅。身につけるドレスは中世の貴婦人のようなものばかり。柔らかな物腰と上品な物言いは、街娼仲間からも浮いていたに違いない。
70を超えても現役の街娼を続けていたメリーさんには謎が多い。良家の子女だったが戦争で没落したらしいとか、メリーさんがホテルに泊まると浴槽には白粉の層ができるらしいなど、様々な噂も飛び交っていた。横浜の都市伝説的な存在になっていくメリーさんだが、下町情緒の色濃い伊勢佐木町には、彼女と交流を持つ人々や支援者もいた。行きつけの美容室、必須アイテムの白粉を買う化粧品店、クローゼット代わりにドレスを預けるクリーニング店。そしてご祝儀として金銭や食事を施すスナック店主・元次郎さん。証言者の言葉を繋ぎ合せると、メリーさんの誇り高くピュアで一途な生き方が浮かび上がってくるのだ。
メリーさんは客として知り合ったアメリカ人将校と恋に落ちた。しかし、どんなに情熱的に愛し合おうと、彼ら将校は妻子の待つ本国へ戻る身。悲しい別れが待っている―――。当時にはよくある話だ。そして実際、メリーさんが恋人と別れを惜しむ瞬間が、横浜港で目撃されている。すでに全員の乗船が済み、まさに出航しようというギリギリの時間にふたりは船まで走って来たという。そして激しく抱き合い、キスを交わし、永遠の別れを迎えた。1分でも1秒でも長くそばにいたかったのだろう、本当に駆け込みでの乗船だったらしい。
今と違い、太平洋を隔てて別れたふたりを繋ぐ手段はほとんどない。手紙が届くのに1ヵ月。メールどころか電話もない。ましてや妻子と暮らす異国の男だ。日々の暮らしに追われ、日本の記憶も遥かな想い出としておぼろげになっていくことだろう。女の方も、ひとしきり悲しんだ後は次の恋へと移ろいでいくものだ。しかしメリーさんは違った。愛した将校との想い出に生きることにしたのだ。決意というより、そうせざるを得ないほどの大恋愛だったと推測する。
将校と出会った横浜・伊勢佐木町を離れられなかったのは、あちこちに散らばる想い出と、ここにいればいつか会えるかもしれないという淡い希望があったはずだ。あのすごい化粧は、自分の心を守るため。華麗すぎる装いは、きっと恋人が「かわいいよ」と言ってくれたから。老人ホームに収容されるまでずっと娼婦だったのは、お金のためではなく、恋人と出会ったときに娼婦だったから。人に指差されようと、化け物と嘲り笑われようと、毅然と悠然と愛に生きたメリーさんの潔さは素敵だ。
恋人だった将校を愛し、愛された時間が彼女の人生のすべてなのだ。そこに揺るぎない自信があるからこそ、街娼であることに引け目を感じることなく、あんなに優雅に、そしてひとに優しく穏やかに生きることができたのだ。誰を恨むこともなく、自分の人生を呪うこともなく、かつて激しい恋をした男を想い、真っ直ぐに生き抜いたのだ。この映画でメリーさんを知り、私は自分の悲劇のヒロインぶりに恥入った。相手を思う純粋な気持ち、それだけでいいではないか。『ヨコハマメリー』は、尊い時間まで汚そうとしていた私の目を覚まさせてくれた恩人である。
物語はメリーさんと一番親しかったスナック店主の元次郎さんの人生とも絡み合う。歌手になりたかった元次郎さんの念願のコンサートに、メリーさんが花束を持ってやってくる。その後末期ガンを患った元次郎さんの最後のステージは、80歳を超えたメリーさんの暮らす老人ホームだった。元次郎さんの歌い上げるマイウェイは詞の一つひとつが胸に刺さる。こんなに切なく心に響く歌を今だかつて聴いたことがない。深く深く頷きながら、観音様のような慈悲深い笑顔で聞き入るメリーさんに涙腺は崩壊だ。ありがとう、メリーさん。
【関連情報】
○映画 Yokohama Mary ヨコハマメリー(YouTube映像 01:49)
http://www.youtube.com/watch?v=ap0s60g8Ks8
○映画「ヨコハマメリー」公式サイト
http://www.cine-tre.com/yokohamamary/
○BARKS 渚ようこ、話題の映画『ヨコハマメリー』主題歌を歌う 2006/04/17
http://www.barks.jp/news/?id=1000022317
▼書籍、写真集
○ヨコハマ経済新聞 2006/06/24
映画「ヨコハマメリー」のヒットでメリーさんの写真集復刊
http://www.hamakei.com/headline/1718/index.html
○We Love Yokohama News Blog 「天使はブルースを歌う」 2006/08/13
特に衝撃を受けたのは、「根岸外国人墓地」に関する内容であった。この本を
読むまでは、この墓地の存在すら知らなかった。この聞き慣れない外国人墓地
には進駐軍兵士たちとパンパン(進駐軍相手の売春婦)の間に生まれ、遺棄された
嬰児たちが多数眠っていると書かれている。戦後の占領下、日本人女性と
進駐軍兵士たちの間に生まれたGIベイビーの存在は知っていたが、この
GIベイビーたちの辿った悲運については知る由もなかった。
http://www.weloveyokohama.com/blog/2006/08/post_172.html
○横浜発 折りたたみ自転車街歩き 「天使はブルースを歌う」 2007/03/01
http://foldingcycletour.seesaa.net/article/35585181.html
○別冊PINKLADYNANIWA
「メリーさん再び!白い顔の伝説を求めて 五大路子」 2006/10/07
http://blogs.dion.ne.jp/naniwa_blog/archives/4295886.html
▼五大路子ひとり芝居『横浜ローザ』
○ユーアンドアイ湘南のブログ 2007/10/03
女優・五大路子さんが伝説の娼婦『ハマのメリーさん』を一人芝居で熱演
http://blog.livedoor.jp/uandi_shonan/archives/50759402.html
○あゝ平凡なる我が人生に幸あれ
五大路子ひとり芝居『横浜ローザ』 2007/08/17
感想、受け止め方は人それぞれだと思うが、この『横浜ローザ』を観ての自分が
感じたことは、“生きなさい”どんな人生であろうとも、それを受け止めて生きる
ということそれが幸福の人生か不幸な人生かは別として、この世に産み落とされた
以上は、生きなくてはいけないのだと
http://plaza.rakuten.co.jp/wagajinsei/diary/200708170001/
○きねまぐれ日記 「横浜ローザ ─赤い靴の娼婦の伝説─」2007/08/20
私は、彼女この眼差しに、メリーさんの歴史、そして、彼女のように戦後涙を
のんで逞しく生き抜いてきたたくさんの女性たちの思いが凝縮されているようで、
苦しく悲しくしかし温かくそれ以上に言葉にならない熱いものがこみ上げてきた。
嗚咽した。会場は、9割女性。戦争経験者と思われる方も多くて。みんな泣いていた。
http://ameblo.jp/chotomo1783/entry-10044002860.html
○心の散歩道 ”横浜ローザ”を見て 2007/08/30
「・・防波堤なんて新聞に書かれたけど、
そんなこと言うなら、この社会から戦争をなくす方法を書け」
記事を見るたびに、叫んでいたそうです。戦争で身寄りを全部失い、
自分を守る力もない。仕事も、食べる物もなく、住む家もない。
そんな女性がたくさんいたそうです。
http://blogs.yahoo.co.jp/odokkotarou/49086080.html
○空気人的身辺雑記 「横浜ローザはラーダー妃か」 2006/08/24
五大路子さんは街で見かけたヨコハマメリーの姿に衝撃を受け、それ以来、
ヨコハマメリーの周辺取材を始めます。もちろん「これは芝居になる!」という
“役者のカン”のような計算もあったでしょうが、それよりも、メリーさんを通じて
自分自身の内面に分け入る旅に出たのです。
http://www.airegin.net/blog/2006/08/post_12a8.html
○wahouの見た見た!!日記 「横浜ローザ(五大路子さん)」2007/08/18
メリーさんが年を取って、とあるビルの廊下で寝泊まりしているところから
彼女の生涯が語られていく。五大さんの一人舞台、初めて見るので、想像と違う
五大さんに驚く。それに会場が小さな舞台で、ライブ感が漂う。まるで、街中で
メリーさんを見ているような気がする。
http://blogs.yahoo.co.jp/wahou1948/49000526.html
▼映画 「ヨコハマメリー」
○ずるずるべったん、剛毅果断に生きる
「ヨコハマメリー」を観て 2007/09/27
戦後という時代に、こういう生き方しかできなかった一人の女性を、そのままの形で
受け入れることも近代社会に求められると思うのだが、日本社会は、住む場所のない、
住民票のない彼女を、隅へ隅へと追いやっていた気がして、メリーさんを見ていて、
感じなくてもいい責任を感じてしまった映画だった。
http://plaza.rakuten.co.jp/zuruzurubettan/diary/200709270000/
○インサイター 「永遠の少女、ヨコハマメリー」2007/06/18
http://blog.livedoor.jp/insighter/archives/51044005.html
○風に吹かれて 「ヨコハマメリーとオダギリジョー」2006/07/09
「嫌われ松子」について書いたら、その前に見た「ヨコハマメリー」についても
書きたくなった。
http://reraharuse.exblog.jp/2756697
○千点写行 「ヨコハマメリー」2006/05/14
商業主義に走ったくだらない映画が多い中、悲しくも、心地良い映画だった。
http://blog-eda.net/1000/2006/05/14-235840.php
○海から始まる!? 特筆すべき1本! 映画『ヨコハマメリー』 2006/06/27
ユニークなキャラクターをとらえたドキュメンタリー映画として、戦後横浜を
メリーさんを通して切り取ってみせた映画として、特筆すべき映画になっている
と思います。映画評論家の方がどのくらい観ているのかはわかりません
(おそらくはそんなに観ていない)が、観ていればベストテンの10位前後くらいには
評価されてしかるべき映画だと思います。
http://umikarahajimaru.at.webry.info/200606/article_13.html
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