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Queen(クイーン)こそストーンズも手本とした“コミュニケーション”戦略の先駆者だった

 安倍政権の内実を描いたと評判の『官邸崩壊』(上杉隆著/新潮社)を読んでみた。あの政権内部の想像以上の混乱ぶりには唖然としてしまったが、中でもガックリ来たのが、チーム安倍の要である広報担当補佐官、世耕弘成議員の動きだ。

 首相の広報というより自分自身を売り込むことに必死で、とてもじゃないがメディア戦略のプロらしい仕事とは言えない。確かに同議員自身のテレビでの発言などを聞いていると、議論が白熱するといつも高みから見下ろすような高圧的な喋り方をしていて、この人、自分の姿がメディアを通してどのように見えているのか本当にわかっているのだろうか?と疑問に思うことはなくはなかったのだが、やはり自己アピールにばかり熱心な人なのだとわかって妙に納得した。

 以前このブログでも、世耕議員らによる自民党の“コミュニケーション戦略”をローリング・ストーンズの世界ツアー成功を支えた広報戦略と比較してみたことがあったが、それは筆者の買いかぶりであったようだ。

 しかし、そうなると、自民党のそれとも似た方向性を持っていたように見えたストーンズの方の広報戦略は大丈夫なのか?ということが気になってくるが、こちらの方にはそれなりの歴史がある。ツアー先の地で、地元スポーツ・チームのユニフォームをまとったり、有名選手をステージに上げたりすることによって、その地の人々とのより円滑な“コミュニケーション”を図る。このような手法を得意とする“先駆者”が、ロック界にはいたからである。

 ストーンズのそうした戦略についての自分なりの見方を、DVD『ザ・ビッゲスト・バン』(発売元=ユニバーサルミュージック)のライナー・ノーツ(インターネットにのみ掲載)の中で書いた時から、その“先駆者”の存在はずっと気になってはいた。しかし、今回『レコード・コレクターズ』11月号で特集を組み、“彼ら”のツアー記録に触れてみてハッキリした。

 クイーンこそが、その独自の“コミュニケーション”戦略で「世界」を制覇した最初の大物ロック・バンドだったのだ。

 特集用に資料をいろいろ集めてみて、まず最初に驚かされたのはクイーンの’82年の来日公演のヴィデオを見た時だった。この年の「東京」公演はお隣の埼玉県所沢市の西武ライオンズ球場(現・グッドウィルドーム)で11月3日に行なわれたのだが、その西武球場をフランチャイズとする西武ライオンズはこの年、「西武」ライオンズになってから初のリーグ優勝、そして10月23日から30日に行なわれた中日ドラゴンズとの日本シリーズも制して日本一を達成している(註1)。



クイーン『ライヴ・イン・ジャパン』(アポロン)
82年11月に西武球場で行なわれた来日公演を収録した貴重なヴィデオ作品(現在廃盤)

 その日本一達成の余韻さめやらぬライオンズの本拠地であるスタジアムに敬意を表してということだろうか、この日の最後にプレイされた「伝説のチャンピオン(We Are The Champions)」でヴォーカリストのフレディ・マーキュリーは、西武ライオンズの帽子を被って歌い、さらに歌い終わった後、愛用の杖の先にこの帽子を載せて高らかに掲げてみせたのである。

 白いズボンに赤のベルト、そして上半身は既に裸になった状態でピアノを弾くフレディの頭に鮮やかなライオンズ・ブルーの帽子という組み合わせは何とも不釣り合いで、滑稽にも見えてしまうのだが、逆に、フレディ・マーキュリーの「やるときゃ、ここまでやる!」と言わんばかりの心意気を強く印象づけられもしたのだった。

 さらに調べてみると、’78年にはその先例となるようなことをニューヨークでやっていたことがわかった。その年の12月1日、マディスン・スクウェア・ガーデンでの公演初日のアンコール、フレディはメジャー・リーグ(MLB)の地元チーム、ニューヨーク・ヤンキースのロゴ入りジャケットと帽子を身につけて登場、その姿で「ウィ・ウィル・ロック・ユー」を歌って見せたのだという。

 それもこの年、ヤンキースがクイーンの「伝説のチャンピオン」をテーマ曲に使って戦い、見事“ワールド・チャンピオン”になったお祝いとお礼を兼ねての行為だったのだというから、何ともクイーンらしいエピソードである。

 ちなみに、「伝説のチャンピオン」は’77年のアルバム『世界に捧ぐ』に収録されていた曲だが(同年「ウィ・ウィル・ロック・ユー」とのカップリングでシングル・カットもされている)、’78年のこのヤンキースの例は、彼らの曲がスポーツの現場で公式に使われた最も早い例ではないかと思う。

 「伝説のチャンピオン」や「ウィ・ウィル・ロック・ユー」が現在、MLBだけではなく、サッカーやホッケーと、あらゆるスポーツ・シーンで欠かせない曲となっているのは、みなさんご存じの通りだ。さらに身近なところでは今年のフジテレビのF1中継でも、クイーンの曲(「フラッシュ─伝説のヒーロー(ハイオクミックス)」がテーマ曲に採用されている。

 さらに、ちょうど今、これを書いている時期に札幌ドームで行なわれているパ・リーグのクライマックス・シリーズでは、北海道日本ハム・ファイターズ稲葉選手が打席に立つたびに登場テーマ曲「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」(註2)が聞こえてくる。何故これらクイーンの曲がスポーツと相性がいいのか? というのも面白いテーマだが、長くなりそうなので、また別の機会に書きたいと思う。

 話を戻す。クイーンがスポーツを媒介に世界各地のオーディエンスと“コミュニケーション”を図ろうとした例はまだまだ出てくる。僕が見つけただけでも、’81年、彼ら初の南米ツアー中の3月8日に行なわれたアルゼンチン─ブエノスアイレス公演では、「地獄へ道づれ(Another One Bites The Dust)」演奏前に、同国のサッカー選手、マラドーナをステージに上げて見せている。

 また同年11月、カナダのモントリオール公演でフレディは、上半身裸に白い半ズボン、首にはスカーフという奇妙な出で立ちの上に、NHL所属の地元のホッケー・チーム、モントリオール・カナディアンズ(Le Club de hockey Canadien de Montreal)のHとCが組合わさったロゴ・マーク入りの帽子を被って登場、やはり「地獄への道づれ」を歌っていた。

 この何とも強烈なシーンは、11月7日に日本でもビデオアーツ・ミュージックから発売されるDVD『ロック・モントリオール』に含まれているので、是非、実際に見て確認していただきたいと思う(10月31日にはEMIミュージックからCD版も発売)。


クイーン『ライヴ・イン・モントリオール'81』(ビデオーツ・ミュージック)
81年11月、カナダのモントリオールでのコンサートを捉えた映像が国内初DVD化
されたもの(11月7日発売)

 ここまでエピソードを並べれば、もう明らかだろう。フレディ・マーキュリーは、こうした行為を、70年代から積極的かつ戦略的に行なってきたのだ。そうした彼らの歴史を知ってみれば、西武球場で西武ライオンズの帽子を被ってみせたのは、彼にとっては極めて当然の行為だったのである。

 11月の寒空の中、多くは東京から電車に乗って西武球場にかけつけたファンたちに、それが有効に伝わったかどうか、という点で疑問は残るが、それは、あの球場の特殊な立地条件だけでなく、ヨーロッパ・サッカー型“地域密着”にはまだまだ距離があったその当時の日本側のスポーツ・インフラの問題だったのかもしれない。

 

註1=西武ライオンズはこの年から昨年まで25年間、守り続けたパ・リーグAクラスの地位から今年転落した。

註2=「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」はもともとフレディ・マーキュリーのソロとして’85年に発表された曲だったが、フレディの死後にリリースされた’95年のクイーンのアルバム『メイド・イン・ヘヴン』で、彼のヴォーカルは生かしつつ、残りの3人のメンバーがバックを付け直したヴァージョンが発表された。

稲葉選手の時に流れるのはこちらのクイーンの方のヴァージョン。ちなみに、この曲が日本で有名になるきっかけは、同ヴァージョンがキムタク(木村拓哉)主演の「プライド」(’04年、フジテレビ)のテーマ曲として使われたことだったが、このドラマの主人公たちが打ち込んでいたのはホッケー。

クイーンの曲が選ばれたのは、「NHLはもちろんだけど、ホッケーの試合なら、どこでもクイーンが流れている」(カナダ出身のスポーツ・ジャーナリスト、アンドリュー・ミッチェル氏の発言/レコード・コレクターズ増刊『クイーン・アルティミット・ガイド』に掲載の加藤じろう氏の記事から)という状況を意識してのことだったと思われる。

 


【関連情報】

○SoundTown / QUEEN Official Web Site
http://www.emimusic.jp/queen/


○MediaSabor  2007/08/13
 「ザ・ローリング・ストーンズとコミュニケーション戦略」
http://mediasabor.jp/2007/08/post_179.html


○ ORICON STYLE 2007/10/12
 「クイーン、26年前のライブ音源発掘!CD化決定」
http://www.oricon.co.jp/news/confidence/48761/


○QUEEN クイーン
 「ブリティッシュ・ハード・ロック最後の大物─ビートルズと並ぶイギリスの
 代表的アーチストへ」
http://rock.princess.cc/rock/queen.html


○関心空間 「QUEEN」 2007/04/05
http://www.kanshin.com/keyword/1121800


○BARKS  「Queen : クイーン、感動に次ぐ感動の来日コンサート」2005/10/27
http://www.barks.jp/news/?id=1000013655&m=oversea


○cd review 「ベスト」というアルバム  2002/12/09
 Queen;Greatest Hits I, II
 Talking Heads; Popular Favorites 1976-1992 Sand in the Vaseline
http://www.tku.ac.jp/~juwat/blog/cd_blog/2002/12/post_10.html


○OOH LA LA - my favorite songs  
 「A Night at the Opera/QUEEN (クイーン)」 2005/04/08
http://rollingstone.open-g.com/a_night_at_the_opera.html


○世界中の1%の人々へ 2005/03/08
 「フレディ・マーキュリー追悼コンサート」
http://www.dakiny.com/archives/post_40/

 

▼映像集

○ロナウジーニョ best compilation “DON'T STOP ME NOW”
 (YouTube映像 03:32)
http://jp.youtube.com/watch?v=hmqS4R8vLnw


○World Series Champions Tribute-Music By Queen(YouTube映像 03:01)
http://jp.youtube.com/watch?v=bWNygmKh9t4


○PEPSI (Britney Spears, Beyonce, Pink -We Will Rock You)
   YouTube映像 02:59
http://jp.youtube.com/watch?v=SkELRp4wKPs


○キリンNUDAのCM “DON'T STOP ME NOW”(YouTube映像 00:29)
  江頭 2:50 version
http://jp.youtube.com/watch?v=O3h4Ie1K6EY


○UC Men's Octet -Bohemian Rhapsody(YouTube映像 05:45)
http://jp.youtube.com/watch?v=UyqpjkCwEI4


○Killer Queen:ミュージカル(YouTube映像 02:33)
http://jp.youtube.com/watch?v=sxSMY_RT2NA


○Play the game:ミュージカル(YouTube映像 03:27)
http://jp.youtube.com/watch?v=X_EMSvX1eQY


○Radio Ga Ga:ミュージカル(YouTube映像 03:53)
http://jp.youtube.com/watch?v=WNyN7DiWroo


○We Will Rock You Tribute! :ミュージカル(YouTube映像 07:12)
http://jp.youtube.com/watch?v=7LwTM0ymT5k


○We Will Rock You documentry:ミュージカル(YouTube映像 08:18)
http://jp.youtube.com/watch?v=5DOZ5RaVz60

 

▼【書評】『官邸崩壊』上杉隆(著)

○livedoorニュース 2007/10/18
 【書評】『官邸崩壊』上杉隆著・・・「お友達内閣」の危機意識とは
http://news.livedoor.com/article/detail/3349209/


○アヴェスターにはこう書いている? 2007/10/14
 上杉隆 『官邸崩壊 安倍政権迷走の一年』(その1)
http://zarathustra.blog55.fc2.com/blog-entry-217.html


○ジャーナリスト 若林亜紀のブログ 
 『官邸崩壊』上杉隆著、新潮社 2007/09/30
http://wakabayashi.way-nifty.com/1/2007/09/post_14ea.html


○コルホーズの玉ネギ畑の断片談義
 書籍『官邸崩壊』…上杉隆  2007/10/19
http://blogs.yahoo.co.jp/birst_head/50126726.html


○ほんだな 「官邸崩壊」 上杉隆  2007/09/21
http://tosyoshitu.blog98.fc2.com/blog-entry-20.html


○森乃屋龍之介の日常 「官邸崩壊 安倍政権迷走の一年」上杉 隆 2007/09/12
http://blog.so-net.ne.jp/morinoya/2007-09-12

 


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