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「時をかける」角川グループ、そのクロスメディア戦略を探る

出版不況が指摘されるようになって久しい。例えば書籍の推定販売額は、1996年に最高値の1兆730億円を記録して以来、基本的に減少傾向が続いている(参考:出版指標年報)。理由はいくつかある。まず第一に消費が低迷していること。第二に出版流通が構造的な問題を抱えていることだ(出版点数が増えたために出版物の短命化が進み、消費者の読書機会を奪ってしまった)。

また、理由の一つとして、ネット環境(パソコンや携帯電話)の普及を挙げる関係者も多い。そもそもパソコンや携帯電話自体に「可処分所得」や「可処分時間」が費やされる傾向がある。その上、かつては書籍や雑誌で入手していた情報が、今ではネットで簡単に手に入るようになった。書籍や雑誌から、メディアとしての優位性が失われたのだ。

こんな背景からか出版社の中には、ネットでのコンテンツ露出を嫌うところも多い。例えばグーグルは今年7月に『グーグルブック検索』の日本語版を始めた。しかしながら登録出版社の数はまだ少ない(同社は「大手10数社が参加した」と述べている)。同サービスでは、キーワードによる書籍の全文検索を実現。書籍の中身を画面上で直接閲覧できるほか、実際の書籍を購入できる仕組みまで設けている。これは販売機会の創出にも繋がる仕組みなのだが、出版社の警戒心は強い。

そんな出版界の中にあって、ネットとの積極的な接近を図っているのが、角川グループホールディングスだ。同社のホームページには「世界一のメガコンテンツプロバイダーへ」との文字が躍る。小説・コミック・映画などのコンテンツを、出版物・パソコン・携帯電話などの幅広いチャンネルに対して提供しようとする戦略だ。

ここ数年の同グループの動きには、ネット絡みの話題が多い。それらの中からいくつかの事例について振り返ってみたい。

昨年11月、角川グループはNTTドコモとの資本・業務提携を発表した(ドコモが角川に40億円の出資)。ドコモが出版企業との提携を行うのは初めてのこと。両社はこの提携により、携帯向け映像配信や、独自コンテンツの共同製作などに取り組む。これに関連して、グループの子会社・角川モバイルの携帯向けサイト『iムービーゲート』では、今月から人気劇場アニメ『時をかける少女』の有料配信を開始した。

また今年7月には、グループの子会社・角川デジックスが「YouTube(ユーチューブ)の実施する動画識別実験へ参加する」と発表している。これは著作権を侵害する違法な動画を自動検出するための実験だ。これについて角川グループは「著作権尊重の仕組みを整えた上で、動画共有サイトと積極的に関わるための施策」としている。

実は動画共有サイトに関して、こんな出来事があった。角川グループが著作権を持つ人気TVアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』のDVDが、放送のなかった米国でいきなり6万セットも売れたのだ。同アニメはYouTubeにアップされた違法映像を通じて、米国のファンの間にも広く知れ渡っていた。同グループが動画共有サイトの有用性を認識した出来事だった。

そして今年10月22日には、角川グループがBitTorrent(ビットトレント)日本法人へ資本参加することを発表している。ビットトレントとは、P2P型のファイル共有システムの名称で、これを用いたコンテンツ配信社名でもある。Winny(ウィニー)悪用の影響で日本では悪い印象のあるP2Pだが、本来はコンテンツ配信の負荷を低減できる有力な次世代技術でもある。角川グループでは「P2Pの活用により消費者の視聴機会を増やし、海賊版の撲滅に繋げたい」としている。

もっとも以上の出来事は、いずれも角川グループの「映像」事業に着目したものだ。「出版」会社によるネットへの接近を語るには、いささか焦点がずれているかも知れない。そこで次のような事例も紹介してみよう。雑誌とネットを密接に連携させようとする動きだ。

昨年4月、角川グループは、子会社である角川書店からウォーカー事業部(東京ウォーカーなどの地域情報誌を有する)とザテレビジョン事業部を分社化した。これは出版事業とネット事業を融合させるための再編だった。

具体的には、新しい子会社「角川クロスメディア」に旧ウォーカー事業部と旧ウォーカープラス(ネット版ウォーカー)を集約。また別の子会社「角川ザテレビジョン」には、旧ザテレビジョン事業部と旧角川インタラクティブ・メディア(電子番組表の配信などを行う)を集約した。雑誌とネットを横断した情報提供を行うための再編劇だった。

同グループの再編劇は、現在でも継続している。今年9月角川グループは「傘下にある二つの会社が合併協議を始めた」ことを発表している。二つの会社とは、メディアワークスとアスキーのこと。メディアワークスは『電撃』ブランドのゲーム誌やコミック誌を有する出版社。一方のアスキーはIT系の情報誌やウェブサイトなどで知られる企業だ。エンターテインメントとITを融合させることで、より効率的な情報発信を目指すことになる。

これら一連の動きに共通するのは「コンテンツをあらゆるチャンネルに載せて消費者に届けようとする」戦略だと言える。実はこの戦略、角川グループのお家芸とも言えるものだ。

古い映画ファンなら、1976年に始まる一連の角川映画の人気を覚えていることだろう。1976年公開の『犬神家の一族』、1977年公開の『人間の証明』、1983年公開の『時をかける少女』などは、いずれも書籍と映画のメディアミックスを仕掛けた試みだった。これらが次々と大ヒットを飛ばしたことから、角川映画はメディアミックスの代表例として語り継がれることになった。

昨年7月、グループの子会社・角川ヘラルド映画(現角川映画)は、かつてのメディアミックス作品のひとつ『時をかける少女』をアニメ版にリメイクして公開した。同作品は、興行規模が極めて小さかったにも関わらず、アニメファンから絶大な人気を得ることに成功。上映館を増やしながら今年4月まで9ヵ月にもわたるロングランを達成した。

実はこの人気をつくりあげたのが、他ならぬ「ネットでのクチコミ」だったのである。同時期に公開されたアニメ作品『ゲド戦記』(スタジオジブリ)が派手な宣伝を行っていたのに対し、『時をかける少女』は宣伝の規模が極めて小さかった。しかしながらネット上で、作品内容が高く評価されたことからヒットに繋がったのである。現在、同作品はDVDとしても販売されており、前述の通り携帯電話での有料配信も始まった。

時代を超えた『時をかける少女』のヒットは、興味深い示唆を与えてくれる。確かに両者は「メディア横断的なヒット」という点で共通している。だが80年代のヒットは派手な広告が牽引したもので、2000年代のヒットは草の根が牽引したものだった。角川グループは、どうやらこのような「時代の空気」を敏感に感じ取りながら、事業の再編を進めているようだ。この部分に、出版業界が取るべき進路が見えているのかも知れない。

 


【関連情報】

○ 角川グループホールディングス
http://www.kadokawa-hd.co.jp/


○ 日本の出版統計
http://www.ajpea.or.jp/statistics/statistics.html


○インターネットの真の姿とは 2007/11/01
 「googleが考える動画ビジネス」
http://d.hatena.ne.jp/qaze00/20071101/1193925656


○ Broad Band Watch  2007/07/05 
 グーグル、書籍内容を検索できる「Google ブック検索」日本語版を開始
http://bb.watch.impress.co.jp/cda/news/18710.html


○eBook-News  2007/07/09
 「Googleブック検索に関する整理とまとめ(全98項目)」
http://ebooknews.blog108.fc2.com/blog-entry-35.html


○ ITmedia +D LifeStyle 2007/04/09
 “時かけ”正統な続編――「時をかける少女」
http://plusd.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0704/09/news015.html


○ ITmedia News  2007/07/26
  「角川グループ、YouTube活用へ 著作権保護ツール検証に協力」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0707/26/news030.html


○ ITmediaニュース「角川、雑誌とネットの融合へ事業再編」2006/02/08
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0602/08/news062.html


○アニメ!アニメ! 2007/08/05
 「ハルヒDVD 米国で6万セット販売 YouTubeも貢献?」
http://animeanime.jp/review/archives/2007/08/dvd6_youtube.html


○業マネBlog  2007/07/17
  「角川モバイル、携帯動画サイト、他社作品も配信―ネット事業、角川、
  総力あげ追撃」
http://blog.livedoor.jp/entake7/archives/50398005.html


○CNET  2007/07/02
  「ハルヒ」も「時をかける少女」もケータイで見られます--角川、
  モバイル動画ポータルを開設
http://japan.cnet.com/mobile/story/0,3800078151,20351975,00.htm


○CNET  2006/11/27
  「NTTドコモが角川グループに資本参加、映像コンテンツ配信へ足場固め」
http://japan.cnet.com/news/com/story/0,2000056021,20329687,00.htm


○TRPGのススメ? 「時をかける少女とクロスメディア戦略」 2006/08/26
http://d.hatena.ne.jp/koutyalemon/20060826/p2


○ Internet Watch  2007/10/22
  「BitTorrent日本法人に角川が出資、P2P動画配信サイトを2008年に開設」
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/10/22/17264.html

 

▼角川グループ以外のメディアミックス、クロスメディア関連情報

○エキサイト ウェブ アドタイムス 2007/09/25
 「横山隆治が説く、これからの広告コミュニケーションに求められる人材像」
http://www.excite.co.jp/webad/special/rid_821/


○メディア・パブ 2007/09/27
 「エンターテイメント性の高いコマーシャルをウェブ/モバイル/TVへ配信」
http://zen.seesaa.net/article/57425064.html


○mediologic.com 2007/09/18
 「次世代型広告マンは、大手広告代理店には作れない?」
http://www.mediologic.com/weblog/archives/001417.html


○MarkeZine  2007/08/24
 クロスメディアからクロスコミュニケーションへ、そのカギとなる
  「360°コミュニケーション」とは?
http://markezine.jp/a/article/aid/1649.aspx


○Web担当者Forum  2007/02/22
 「変化するウェブサイトの位置づけとWeb担当者の役割」
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/02/22/627


○Something Orange 2007/09/27
 メディアミックスの良否は「わかってる度」が決める。
http://d.hatena.ne.jp/kaien/20070927/p1


○萌え理論Blog 2006/07/17
 「メディアミックスと原作物に関するアンケート」
http://d.hatena.ne.jp/sirouto2/20060717/p4

 

 


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