Entry

「スラム見学ツアー」の対象にもなっているインドの大都市ムンバイの一等地に広がる底辺ダラヴィ

 インドの大都市ムンバイ(旧ボンベイ)の真ん中に、175ヘクタールに渡って巨大なスラムが広がるダーラヴィー(Dharavi ダラヴィ)という地区がある。100万人以上の住人を抱えるこの地区は最近、なにかと話題になることが多い。

 まずは、そこがインドで一番地価が高いムンバイの中の、そのまた一等地にあるからである。大都市ムンバイの、どの場所にも一番アクセスしやすい場所に位置しているのだ。これはスラムの人々がムンバイの住民の家政婦や掃除人として労働力を供給し、肉体労働、危険な仕事、汚い仕事を激安で請け負い、経済を支えてきた当然の成り行きであった。都市社会の最下層で働いている彼らであるが、その大都市が必要とする末端の労働力をすべて提供してきたのである。ダーラヴィーには家内工業も集中している。

 だがスラムは同時に、深刻な渋滞の原因でもあり、都市の衛生面においても多大な問題を引き起こしており、高度経済成長期を迎えてインドが目指している「都市の近代化」の大きな妨げともなっている。

  ・スラムのある都市は近代的な国際都市とは言えない。
  ・この超一等地を近代都市にふさわしい、もっと有効な目的に使うべきだ。
  ・このスラムをなくせば渋滞を含むこの大都市のあらゆる問題が解決し、一等地に広大な
    ビジネスエリアが建設可能なはずだ、

といった声が最近、よく聞かれている。

 しかし彼らは、インド独特のれっきとした階級社会の根底をなす、最もパワフルな労働力である。彼らがいなければ、社会はまわらないようになってしまっているのがインドである。信じられないくらいに安い家政婦や肉体労働力を失えば、最も困るのはまさに、「スラムがなければ・・、あの土地をもっと有効に・・」と言っている上層の人々やビジネス的見地から見ている人々なのであるから、皮肉である。彼ら自身、この皮肉には頭を悩ましているようだ。

 また、これまでの住人の権利の問題もある。スラムではあるが、実は彼らは超一等地の土地を持っているということにもなるのだ。なんとかするにしても、これまでしてきたように最下層の人々の人権や諸権利などは認めず、物のようにぞんざいに扱うようなやり方だけでは、「近代的な国際都市」としては許されないだろう。政府も、これまでにいろいろな対策を試みたが、どれもうまくいっていない。

 ダーラヴィーに関して、最近よく耳にするもうひとつの話題は「スラム見学ツアー」についてだ。インドの旅行会社やエージェントが、“スラム見学”という目的で、外国人をダーラヴィーに案内するツアーを行っているのである。これに関しては、否定的な意見と、肯定的な意見の両方が聞かれている。

 否定的な意見は「貧困を見世物にしていいのか」、「スラムの住人を哀れみの対象としていいのか」、「住人には、見世物になるかどうかの選択権も与えられていない」、「スラムの人々に支払われる報酬は、ほとんど無に等しく、それを正しく監視する者もいないではないか」といったものだ。

 逆に、肯定的な意見は主にツアーを敢行している側からのもので、「わたしたちは、ダーラヴィーの住人の意見を聞いて、同意を得た場所にだけツーリストを連れて行っている」、「私たちは居住地区にはツーリストを案内していない。工業エリアに案内をしているのだ」、「私たちは最初の報酬の8割を、スラム住人の更正のために活動するNGOなどの団体に寄付した」「私たちは、スラムツアーを行う事によりダーラヴィーの現実を見てもらいたいと思っている」「カメラ撮影は厳禁にしている。その結果、住民とのトラブルはない」といったものである。

 また、スラム住民側の意見もいろいろあるようだ。否定的な意見としては、「誰もお金をくれたことなどない」「スラムの改善の名のもとに、今までにも大勢の人々が来たが、これまで本当に私たちの生活の改善を考えた人などいない」といったものが多いようだ。もともと人権などは無に等しい扱いを受けてきた彼らとしては、プライバシーの侵害だとか、人権だとか、そういったことよりは、「お金になるか、生活が改善されるか」が論点のようである。

 その結果「むしろ歓迎する。どんどん、私たちの現実を見てほしい」「外国人はたいていわが国の人々(インド人)よりも、暖かくフレンドリーだ。こういうツアーがなければ、私たちは外国人に接する事などないのだし、彼らも(外国人)私たちと接する事などないのだから」「外国人にこそ、インドの現実を見てほしい」といった肯定的な感想も多いようである。これはやはり、最下層の人々が自分達を「インドという国のシステム(カーストなど)の犠牲者であり、それを変えてくれるとすれば外国人かもしれない」、と思っている面があるのかもしれない。

 急速な発展を遂げているインド都市部だが、国際レベルの都市と肩を並べるといった目標達成の道のりはそうとう困難なようだ。富裕層ばかりがいい思いをするようになっていた、これまでのインド独特のシステムではにっちもさっちも行かなくなっているようである。下層の人々に散々押し付けてきた諸問題が、とうとう飽和状態になり、自らの庭に溢れ出してきているのが今のインドである。ダーラヴィーの問題は、そのことを象徴していると言えるだろう。

 

【関連情報】

○MediaSabor  2007/10/31
 ヒーロー(BOPE)が綴る、公式犯罪告発映画「Tropa de Elite」はファシズムか
http://mediasabor.jp/2007/10/bopetropadeelite.html

○GIGAZINE  2007/09/20
 「貧富の暮らしの境界線がくっきり現れている都市の写真」
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20070920_rich_poor_divides/

○ナショナルジオグラフィック 「スラムに流れ込む人々」 2007年5月号
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0705/feature04/

○研究メモ 2006/06/10
 「環境」NGOとか「貧困」NGOとか
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20060610#p1

○AFPBB News  2007/01/14
 「ムンバイで消えゆくパン屋さん ─インド」
http://www.afpbb.com/article/economy/2166593/1236971

○JANJAN  「ムンバイ:労働者・スラム居住者を拒絶する街」 2005/08/03
http://www.news.janjan.jp/world/0508/0508030336/1.php

○kleinbottle526 「一流の被害者・二流の被害者」 2006/06/04
http://d.hatena.ne.jp/kleinbottle526/20060604/1149393198

○NEWGC
 第13回目 インド不動産  ムンバイ(ボンベイ)の場合 その3
http://www.newgc.com/column2/realestate13.html

○「スラム破壊に反対して住民たちが立ち上がる」 2006/02/13
http://www.jrcl.net/web/frame060213g.html

○Reality Tours&Travel
http://realitytoursandtravel.com/slumtours.html


▼動画

○ナショナルジオグラフィック 「ダラヴィ 都市のなかの影」
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/magazine/0705/feature04/multimedia2/index.shtml

○Walk Through Dharavi, Mumbai, India(YouTube映像 02:39)
http://www.youtube.com/watch?v=o9r1lclT9Os

○Walking through the Nehru Nagar slums of Mumbai(YouTube映像 02:21)
http://www.youtube.com/watch?v=lIaq_5GNI1I&feature=related

○Save Dharavi(YouTube映像 06:34)
http://www.youtube.com/watch?v=5tE1gF4eZ5M&feature=related


▼ダラヴィ画像
http://images.google.com/images?hl=ja&rls=SUNA,SUNA:2006-06,SUNA:ja&q=dharavi&lr=lang_ja&oe=UTF-8&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/462