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ジャーナリズムの尖兵か? ブログに見る日米メディア考

ウエッブログ─ブログが世に定着してすでに数年が経った。今や洋の東西を問わず、あらゆるジャンル、言語によるブログが花盛りである。社会、経済、芸術、科学、そして趣味の世界に至るまで、それこそありとあらゆる分野に、ありとあらゆる書き手がひしめいている。かつてはマスメディアだけの特権だった「マスに向けての発信」が個人レベルでも可能となったという事実は、ジャーナリズムの分野に大きな衝撃をもたらした。 

ブログは一部のジャーナリストにとって、ある種の警戒感を持って迎えられている。米国だけを見ても、高度な専門性を持つ人々が、自分の分野についてのブログを立ち上げている。株式市場からコンピュータ、遺伝子工学に到るまで、その分野のインサイダーとも言うべき人々が、自らの言葉で情報を流し始めている。

取材源に対して特権的なアクセスを持ち、仕入れた情報を一般の言葉にして世間に送り出す、いわば触媒としての役割を果たしてきたジャーナリスト達が、ブログに対して危機感を持つのも当然といえば当然である。情報源からの産地直送をやられては商売上がったり、というわけだ。

メディアの一部が危機感を感じる一方で、こうした情報を積極的に利用し、モニターの前から一歩も離れることなく記事をまとめてしまう記者も増えている。“ネットカフェレポーター(ネットカフェで仕事をする記者)”という言葉で揶揄されるこうしたジャーナリスト達だが、記事のクォリティーに関する批判は殆ど聞かない。むしろ、情報源としてのブログの扱いを熟知している事は、インターネット時代のジャーナリストの資質でさえある。マスメディアの世界も変わり始めているのだ。

ブログという異分子がジャーナリズムを侵食し始めた2002年、象徴的な事件が2つ起こった。一つは共和党議員トレント・ロットの失脚事件。保守派の上院議員であり、かつての大統領候補だったストローム・サーモンドの誕生日に出席したロットは、「サーモンドが政権を握っていればもう少しマシな世の中になっていただろう」と語った。

この発言には重要な含みがあった。サーモンドはかつて、人種隔離政策の存続を公約として大統領選を戦った、知る人ぞ知る人種差別主義者だったのだ。しかし、大手のマスコミでこの点を指摘したところは皆無だった。唯一ABCがニュースで取り上げたが、政治的な圧力か、はたまた自主的な配慮からか、大きく取り上げられる事はなかった。

20世紀であれば、ロットは大過なく議員生活を続けられただろう。彼の悲劇は、世がブログ時代に突入していた事にあった。Talking points memo(http://talkingpointsmemo.com/)を初めとするブログジャーナリスト達が、サーモンドの人種差別主義とロットの発言を関連付けて発表したのだ。多くのブロガーたちが連鎖的に反応し、騒ぎは全米に広がった。やがて、彼らに背中を押される格好で大手メディアが追随し、ロットは辞職に追い込まれた。筆者の知る限り、ブログがメディアに影響を及ぼした最初の例だ。

2002年は、ブログの影響力を示す象徴的な事件がもうひとつ起こっている。当時、アップルコンピュータはウインドウズユーザーの取り込みを狙い、一般ユーザーを広告に登場させ、「ウインドウズからマックに乗り換えるのはこんなにカンタン」というコピーでキャンペーンを行っていた。

マイクロソフトも負けじとこれを迎え撃ち、“マックからPCに乗り換えたフリーライター”氏を使ったアドを世に送り出した。問題はこの後である。あるブロガーが、件のフリーライター氏が某写真素材会社のモデルである事をネット上で知り、ブログで暴露した。ロット上院議員のケースと同様、ニュースは燎原の火のようにサイバースペースを駆け巡り、これも大手メディアが追随する形となって、マイクロソフトは謝罪に追い込まれた。これなども、ブログ文化が存在しない時代には闇に葬られた情報だろう。ブログ文化は、メディアとしての機能を果たすまでに成長した。

ところが、日本に目を転じてみると、米国のような民主的ブログ文化は殆ど育っていない。その国民性ゆえか、過激な主張やインサイダー情報を流すブロガーが少ないのも一因だろう。しかしそれ以上に、米国の例のようなシチズンメディアの働きかけがあったとしても、それに大手メディアが追随することが殆どない、という点が決定的な違いだろう。

古い話で恐縮だが、航空史上最悪の事故の一つである日航機123便墜落事件について、かつて興味深いホームページが存在した。「123便に急減圧はなかった」というタイトルのこのサイトは、論理的な展開で事故調査委員会の結論に根本的な疑義を差し挟み、再調査を要求する迫真の内容だった。

だが、さらに驚かされたのは、ホームページの主催者、情報の発信元が、日本航空乗務員組合だった事である。事故の当事者達によるこのショッキングなインサイダー告発は、しかし大手マスコミの注意をひく事なく閉鎖された。(その痕跡は現在でもネットの一部に残っている)こういう例はまだまだある。

誰もが記憶しているのは、ライブドア騒動にまつわるHIS証券の野口氏の自殺だろう。当時、2ch(2ちゃんねる)または多くのブロガーにより、自殺というにはあまりにも不自然な状況が再三指摘されたにも関わらず、大手メディアは沖縄県警の発表をそのまま流すのみで、事件の核心にメスを入れる事はついになかった。こういう事例について、裏でどういう力学が働いているのか筆者には皆目分からない。村社会ゆえの必然か、それとももっと大きな裏社会の存在か。これ以上踏み込むと、いわゆるトンデモ本の世界に突入してしまいそうなのでこの辺で止めておく。

話を最初に戻そう。ブログの登場は民主主義の歴史において革命的な出来事である。少なくとも米国では、ヒモ付きでない自由闊達な意見を発信する個人ブログがいくつも存在し、重要なメディアとして認識されている。しかし、こういう画期的な潮流も、流れの中にいる人間たちの問題意識が薄ければ殆ど活かされる事はない。「民衆の銃弾」としてのブログも、事なかれ主義のはびこる社会では、まさに暖簾に腕押し、糠に釘、なのである。

 


【関連情報】

○MediaSabor  2007/02/20
 「環境保護派の大ウソ?」
http://mediasabor.jp/2007/02/post_14.html


○レジデント初期研修用資料 「メディアの読みかた」 2007/01/19
 ・報道されていないことが大切
  ・その報道で誰が得をするのかを考えるべき
  ・その人、その企業だけが叩かれるのには何か理由がある
  ・どこまで分かった上で報道しているのかが分かれば反論できる
  ・「みんなの意見」は中立ではない
  ・「無視」という最強カードを切られたら負け
http://medt00lz.s59.xrea.com/blog/archives/2007/01/post_441.html


○CNETブログ  2007/11/25
 クロサカタツヤの情報通信インサイト 「Blog退屈男」
 このところ、「日本のBlogがつまらなくなったんじゃないか?」という話題が
  いくつか散見された。きっかけは、先日開催されたRTCカンファレンスで
  「ブログ限界論」というアジェンダが設定されたことによるようだ。
http://japan.cnet.com/blog/kurosaka/2007/11/25/entry_25002128/


○CNET  2006/09/05
 「戦争プロパガンダ--動画共有サイトが負わされる新しい役割」
http://japan.cnet.com/special/story/0,2000056049,20222668,00.htm


○FRENCH BLOOM NET-INFO*BASE  2006/05/27
 『ブログ 世界を変える個人メディア』 ダン・ギルモア
http://cyberbloom.seesaa.net/article/18468905.html


○地政学を英国で学ぶ 2006/05/11
 「プロパガンダで負けてはいけない:その1」
 極論すれば、「教育」=「プロパガンダ」=「洗脳」ということになります。
http://geopoli.exblog.jp/4632179/


○ARTIFACT ―人工事実―  2006/02/07
 「ネットは多様性を生むという幻想が終わった時代に」
http://artifact-jp.com/mt/archives/200602/netglobalism.html


○池田信夫blog 「書評─フラット革命」 2007/08/03
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/1cf0084ccd9a8988df46e9c1b206c29e


○ガ島通信 2007/10/01
 「新聞、ジャーナリズム、コミュニティについて長いメモ」
http://d.hatena.ne.jp/gatonews/20071001/1191173886

 

 


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