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現場第一主義による医療制度改革の原則と専門外来増加の意義

 早いもので今年もあとひと月をきった。読者の方々も忙しい毎日を過ごされていることと思う。振り返ればこの一年、私たちを取り巻く医療環境はずいぶん変化したように思う。「アスベスト被害」や「フィブリノゲン製剤による薬害肝炎」、「妊婦の受け入れ拒否問題」など、どれも対岸の火事とは言えず、いつ自分の身に起きても不思議ではない事柄ばかりである。

 一時期、インフルエンザの治療薬として国民の関心を集めたタミフル(リン酸オセルタミビル)も、服用後に意識障害を伴った異常行動で死亡事例が報告され、今年3月、厚生労働省が「原則的に10代へのタミフル処方は差し控えるように」という緊急安全性情報を流すに至り、国民の間にも薬の安全性に対する疑念が強まった。

 そしてこの「緊急安全性情報」を受けた現場はさらに混乱した。深夜、急な発熱と頭痛を訴える子供を抱えて病院に駆け込んだ親が、ウイルス性脳炎とタミフルによる副作用との二重の不安に襲われ、当直の医師に詰めよるというケースもあったと聞く。診断と処置、患者に対する説明の狭間で医師の対応はますます難しいものになったのである。

 さらに、こうしたケースは医療スタッフの少ない深夜の時間帯に多いことも混乱に拍車をかけた。深夜の時間外診療は、まだ経験の浅い若い当直医師が担当することが多いのも事実である。このような問題を抱える一方で、診療報酬の引き下げに伴って病院経営が厳しくなってきている医療現場は環境悪化の傾向が強まり、「医療崩壊」の危機に立たされている。悪循環の中でなかなか出口が見えない。国が進める医療制度改革がほんとうに国民の利益にかなっているのか、改めて現場での検証をすすめる必要があると思う。

 さて、最近では「頭痛外来」や「物忘れ外来」といった、体の部位や症状を具体的に表わすいわゆる「専門外来」の案内を病院内の掲示物やパンフレットで目にした方も多いと思う。この「専門外来」が急に増えたのも今年の特徴かも知れない。このコラム欄の7月16日号でも触れたが、その背景には昨年6月にスタートした「医療機能情報提供制度」の影響がある。

 この春、厚生労働省の担当官がある学会で講演を行った際に取材した時にも話題にのぼった。このくだりは先に触れた7月の本欄と一部重複するが、専門外来が急に増えた背景にもつながることなのでもう一度概略を記すことにする。

 「医療機関からの広告は、医療法第6条のなかで標榜できる診療科名が定められており、かなり厳しい規制があるのは事実である。基本的には現行で標榜できる診療の内容は、看板や医療機関の名称としても使える。ただし、この問題は医道審議会医道分科会診療科名標榜部会で議論しており、近く報告書がまとめられる予定である」と、担当の調整官は説明した。

 しかし、依然として患者のニーズに対して十分な情報が提供されているとは言えず、より患者にわかりやすい医療情報を提供しなくてはならないということで「医療機能情報提供制度」がスタートしたわけだが、ここでもまた現場は戸惑った。つまり、「定められた標榜科名しか広告を許されてない中で、さらに医療機能情報の提供に努めよ」という、いわば矛盾した二重の足かせ状態に医療機関は置かれたのである。その結果登場したのが、広告という規制に抵触せず、患者の目にしか触れない院内の随所に掲げられた「専門外来」という表記方法である。

 「専門外来」というのは、特定の臓器や症状についてその分野の専門医が診断や治療を行う外来のことである。たとえば、麻酔科が痛みの治療を専門として始めた「疼痛外来(ペインクリニック)」は、古くから知られる代表的な専門外来である。この専門外来は、患者・医療機関双方にメリットをもたらす「新しい医療のかたち」としても評価できると著者は考えている。

 たとえば、自分の症状から専門医を探すことが出来るメリットがある。慢性のめまいを訴える患者がいたとすると、その患者が内科や耳鼻科、脳外科、神経内科など医療機関のどの科にかかったらよいか迷うようなとき、「めまいの専門外来」があればその治療の専門医にすぐ巡り合うことができ、ドクターショッピングに陥ることが避けられるからだ。

 あるいは、検査結果には異常が無く、かつ痛みの症状だけが改善されなかったとして、「疼痛外来(ペインクリニック)」を訪れると、神経ブロック療法などで、まず痛みを止めながら診断的治療を受けることも出来る。少なからず痛みからは解放されるのだ。

 一方、医療機関では限られた時間内に同様の疾患の患者が集中することで、専門医の高度な技術を遺憾無く発揮できるというメリットに加え、使用する薬剤や検査設備がある程度定まってくるので、効率的な医療が行われ医療経済学的にもコストパフォーマンスがよくなり収益性が増すと考えられるのである。

 ただし、利用する患者側にも注意点はある。自分がどんな症状で悩みを抱え、どんな治療を望むのかなどあらかじめ整理しておく必要がある。とくに頭痛やめまい、痛みなどの主観的な症状の場合には、自らの症状改善度を経時的に記録して医師に提示するなど積極的に治療に参加する姿勢が大切である。

 患者自身が積極的に治療に参加すれば、医師との意思疎通もスムーズになり相互理解が増すばかりか、結果的に早期回復につながると考えられるのである。その意味で専門外来は「新しい医療のかたち」といえるのではないだろうか。

 

【関連情報】

○MediaSabor  2007/07/16
 「誰のための医療情報か…  改正医療法を巡る医・官・民の意識の隔たり」
http://mediasabor.jp/2007/07/post_159.html


○MediaSabor  2007/06/17
 医療現場を叩くだけでは好転しない「医療崩壊」
http://mediasabor.jp/2007/06/post_130.html


○MediaSabor  2007/05/22
 インフルエンザ、地元スイスでは飲まない≪タミフル≫
http://mediasabor.jp/2007/05/post_105.html


○MediaSabor  2007/04/15
 「タミフル問題を考える─薬の専門家とは誰か」
http://mediasabor.jp/2007/04/post_69.html

 

 


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