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レコードだけでなく小説でも売り上げを競い合うツェッペリンとパープル!?

 書店でふと目についた「ジミー・ペイジ」と「スモーク・オン・ザ・ウォーター」の文字。それが音楽書のコーナーなら何の不思議もありませんが、場所は小説の新刊コーナーでしたから、「おや、なんだろう?」と思って、ついつい本を手に取ってしまうというものです。

 普段から小説の最新刊をチェックされている方には「何を今さら」でしょうが、この秋に『予定日はジミー・ペイジ』(角田光代著/白水社/http://www.hakusuisha.co.jp/detail/index.php?pro_id=09100)、『1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター』(五十嵐貴久著/双葉社/http://www.futabasha.co.jp/?isbn=978-4-575-23591-3)という2冊の小説が発売されました。どちらも発売からそれほど経っていないこともあり、大きな書店ではまだ平積みしているところもあるようです。

 少し丁寧に説明しますと、ジミー・ペイジ(Jimmy Page)は前回のブログ(11月5日掲載)で触れた、70年代を代表するハード・ロック・バンド、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)のギタリスト(先のブログに書いたレッド・ツェッペリンの公演は延期になってしまいました…)。「スモーク・オン・ザ・ウォーター(Smoke On The Water)」は、そのレッド・ツェッペリンと70年代に日本で人気を二分していたディープ・パープル(Deep Purple)の代表曲です。

 偶然とはいえ、ハード・ロック・バンドの両巨頭が、レコード店のみならず書店でも売り上げを競うことになったわけですね(笑)。

 ちなみに、角田さんは『ロック母』(講談社)という、92年から06年にかけて執筆した短編集を今年出版していますが、ニルヴァーナ(Nirvana)を爆音で聴きながら人形の服を縫う母親を描いた表題作「ロック母」は、川端康成文学賞を受賞しました。

 角田光代といえば、婦人公論文芸賞を受賞した『空中庭園』や直木賞を受賞した『対岸の彼女』といった、郊外に住む20代後半から40代前半の読者をターゲットにした作品(←すっごい偏見! でも当たってますよね?)の印象が強いと思いますが、『ロック母』や『予定日はジミー・ペイジ』といったタイトルには、これまでの“ご婦人層”から読者層の幅を広げようといったネライが感じられます。

 しかしながら『予定日はジミー・ペイジ』は実のところ、内容はあまりロックとは関係がありません。ニルヴァーナ以外にも、30代のロック・ファンであれば馴染みのバンド名が次々と出てくる「ロック母」にしても、“ロック”は素材以上のものではありません。

 一方の『1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター』は、ロック・ファンが読んでも楽しめる小説と言えるのではないでしょうか。 各章の見出しは「Black Night」「Strange Kind Of Woman」「Speed King」「Child In Time」「Highway Star」「Burn」とすべてディープ・パープルの代表曲で統一されており、そういったこだわりにも感心させられます。

 主人公が中年の主婦という設定は、『ロック母』や『予定日はジミー・ペイジ』とあまり変わりませんが、こちらのほうがロックへの距離感は圧倒的に近い。とくに印象的だったのが、主人公が10歳年下の女性とカラオケで洋楽を歌うシーン。

 主人公は51年生まれですからビートルズ(Beatles)にリアルタイムで接している世代ですね。となると10歳年下では61年生まれということになります。この世代はKiss、エアロスミス(Aerosmith)、クイーン(Queen)の“御三家”が青春時代とぶつかります。ここでは、主人公が「音楽性の話ではない」と断ったうえで、“御三家”は自分たちからすれば歌謡曲みたいなもので、Kissなどには「産業ロック」の匂いを感じていた…なんて話が出てきます。

 この箇所を読んだときは、作者に対して「それはオマエ一人の意見だろ!」と毒づきながらも、「当時の感覚ではあったかもしれない…」と思い、なかなか衝撃を受けました。僕(70年生まれ)の感覚では「産業ロック」にはシンセサイザーが必需品で、例を挙げればスティクス(Styx)やフォリナー(Foreigner)がそれに該当します。

 ですので、メンバーにキーボード・プレイヤーがいないKissは「産業ロック(商業ロック)」とは関係のない正統的なアメリカン・ハード・ロック・バンドという認識です(厳密に言えば、80年代に『クレイジー・ナイト(Crazy Nights)』という「産業ロック」まんまなアルバムも出すのですが…)。

 そうなると気になってくるのは作者、五十嵐貴久の年齢です。Kissが「産業ロック」だなんて、よほどのじいちゃんかワカゾウだな?と思って本で確認してみたところ、なんと61年生まれでした。ええー!? Kiss、エアロスミス、クイーンがど真ん中の世代じゃん! その事実はとても意外でしたが、かつて一回り上の世代に“御三家”を聴いていてバカにされた過去でもあるのでしょうか? そんな想像を勝手にしてしまいます…。

 上記以外にロック絡みのタイトルをもつ小説といえば、有名なところでは村上春樹『ノルウェイの森』ということになるでしょうが、個人的には蓮見圭一のデビュー作『水曜の朝、午前三時』が印象に残っています。読書家としても有名な俳優、児玉清の推薦文「こんな恋愛小説を待ち焦がれていた。わたしは、飛行機のなかで、涙がとまらなくなった…」も強力でしたが、小説の内容とタイトル『水曜の朝、午前三時』の絡め方が絶妙で、かなりインパクトがありました。

 そして、蓮見の次作のタイトルは『ラジオ・エチオピア』。前作が良かったこともあり、これには「おおっ!」と思いましたね。というのも『水曜の朝、午前三時』はサイモン&ガーファンクル(Simon & Garfunkel)のファースト・アルバム、そして『ラジオ・エチオピア』はパティ・スミス(Patti Smith)のセカンド・アルバムのタイトルだからです。

 しかも前者は60年代、後者は70年代のアルバムということもあって、3作目は80年代に活躍したバンドのサード・アルバムのタイトルが来るぞー! と一人で興奮してました(笑)。結果は『悪魔を憐れむ歌』で、タイトルはローリング・ストーンズ(Rolling Stones)からでしょうが、80年代でもないし3作目でもないじゃん…と一人で勝手に盛り上がっていた僕はガッカリしました(しかも『悪魔を憐れむ歌』は曲名だし…)。

 『ラジオ・エチオピア』はタイトルと話がかみ合っておらず、期待を裏切る内容でしたので、作者としても、この路線を続けるのはもうキツイ…と判断したのかもしれません。

 今後、エルダー層をターゲットにしたロック・ネタを絡めた小説は今以上に出てくるのではないかと予想しますが、付け焼刃的な内容では読者をガッカリさせるだけでしょう。音楽ファンが読んでも納得できるような面白い本が次々と出てくることを期待します。

 


【関連情報】

○フォークでロックでパンクな主夫
 「1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター」 2007/11/06
http://book-cd-maro.cocolog-nifty.com/maro/2007/11/1995_1bd2.html


○なんということもなく 2007/11/24
 「1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター」五十嵐貴久
http://d.hatena.ne.jp/uminokanata/20071124/p1


○なんとかなるでしょ! 2007/11/09 
 五十嵐貴久「1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター」
http://starlightcafe1120.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_5e32.html


○小さな宝物 『予定日はジミー・ペイジ』角田光代(著)  2007/12/03
http://plaza.rakuten.co.jp/chibiemi/diary/200712030000/


○ホンのきままに 『予定日はジミー・ペイジ』角田光代 2007/11/07
http://nanaeighteen.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_5b10.html


○粋な提案 『予定日はジミー・ペイジ』角田光代 2007/09/18
http://1iki.blog19.fc2.com/blog-entry-309.html


○Runaway 2007 ─未来への逃亡者─ 「産業ロックを考える」2007/07/23
http://blogs.yahoo.co.jp/bqyqd557/22985756.html


○Music Life  「アイ・オブ・ザ・タイガー/サバイバー」 2007/08/09
 産業ロックまたは商業ロックについて少し触れてみたいと思います。
  本来は負の言葉として作られたものかと思うんですが、音楽評論家の
  渋谷陽一氏が使ったことにより広まっていったとされています。
  そもそも渋谷氏は、ロックもビジネスとして成り立ってるという意味で
  使ったもので、いろんな状況を冷静に見つめた点から評価していたものでした。
http://blogs.yahoo.co.jp/musiclifeband/35079225.html


○活動してないギタリストの想い♪ 「80年代の産業ロック」2007/07/17
http://blogs.yahoo.co.jp/jagnoise6801/22168203.html

 


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