
暗殺されたパキスタンのブット元首相は、民主化のヒロインなのか
- 著述家・編集者
2007年の暮れが押し迫った12月27日、翌1月の総選挙を目前にしたパキスタンから、衝撃的な報道が入ってきた。元首相で野党パキスタン人民党総裁のベナジル・ブットが、遊説活動中に銃撃および自爆テロに襲われて、暗殺されたのである。
ブット氏は、パキスタンの初代首相にもなったズルフィカル・アリ・ブットの長女として1953年にカラチで生まれ、イギリスや米国への留学経験もある。父親は汚職などの罪を問われて軍事政権に処刑されたが、その軍事政権を率いていたハク大統領が死亡した1988年、彼女は選挙に出馬して勝利。イスラム圏では初の女性首相となり、かつ当時35歳と最も若い就任となった。
ブット氏の政治手腕は、財政を再建した評価がある一方で、絶えず汚職問題が付きまとう。1990年に汚職罪で解任された後、1993年に首相に返り咲く。しかし閣僚だった夫のアシフ・ザルダリが業者から多額のリベートを受け取るなど、汚職を蔓延させたため、1996年に再び解任された。かつて父親を処刑に追いやった軍部とは確執が続き、軍の政治介入を避けるべく「民主化」を唱える。しかし汚職問題は軍部が政治介入をする口実ともなり、結果的に民主化を後退させてしまった。
ブット氏は首相を解任された後に本国を離れ、イギリスなどで事実上の亡命生活を送っていた。2007年10月に帰国するまでの間、パキスタンでは現大統領のムシャラフ陸軍参謀総長率いる軍事クーデターが起こり、イスラム過激派による爆弾テロも多発。インド国境カシミール地方の紛争、アフガニスタン侵攻やその後の事実上の内戦といった、隣国国境地帯での問題も抱えている。
また、パキスタンは核兵器を保有しており、国際社会は核物質が流出してしまうことを懸念する。こうした状況で、パキスタンには「安定化」が最優先に求められる。イスラム過激派の急激な台頭や、軍部の暴走を抑えるためにも、現在この国では「民主化」を進める以前に安定統治をしなければならない。
ところで、ブット氏暗殺の犯行組織としては、軍部関係説、イスラム過激派説、国際テロ組織アル・カイーダ説など、地元メディアでは様々な犯行説が推測されている。彼女が亡命生活していた生前、軍部や現政権の批判を繰り返し、イスラム過激派の取り締まり強化を訴えたため、各方面からブット氏への反感が高まっていた。ブット氏の帰国は火に油を注ぐような形となり、帰国直後の10月に行われた集会では、自爆テロの攻撃で100人以上の聴衆が死亡している。
ブット氏と重ね合わせて、ミャンマーの女性政治活動家アウン・サン・スー・チーは、欧米のメディアでは「民主化のヒロイン」と捉えられている。スー・チー氏も名家出身で父親が政治弾圧によって殺され、イギリスでの生活が長いという点でブット氏と共通している。一方で現地では両者とも、ある意味で欧米の手先とも見られている。
欧米からは、軍政による圧制国家と非難されるミャンマーであるが、この国の情勢は複雑だ。地方では少数民族が自治や独立を求めており、中央政府による統治が及ばなくなると、内戦が勃発する危険性もある。スー・チー氏が求めるような政治の民主化を進めても、軍部の権限が弱くなると騒乱を抑えきれなくなる。このような構図は、パキスタンにも共通するのではないか。
スー・チー氏や暗殺されたブット氏は、軍部と対峙する「民主化のヒロイン」のように、英雄視される傾向がある。しかし、それはあくまでも、政局のみから捉えた短絡的な見方にほかならない。
パキスタンもミャンマーも、不満分子をなだめて安定統治をした上で、民主化を進める必要がある。ただ両国はいずれも、宗教や少数民族の問題をはじめとして、政局、経済分野に至るまで、安定には程遠い状況に置かれている。
【関連情報】
○イザ! 「ブット元首相暗殺 パキスタン情勢は混迷」 2007/12/27
ブット元首相暗殺の報を受け、米英や隣国インドなどが一様にテロを非難、
国連安保理は緊急会合を開く見通しだ。現地からの報道では、パキスタンの
ムシャラフ大統領はテロを強く非難するとともに、関係閣僚と緊急会合を開き、
今後の対応を協議した。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/asia/112387/
○ livedoorニュース 2007/12/28
[パキスタン]ブット元首相暗殺される 党集会会場で銃撃
ブット氏の死亡で、人民党はカリスマ的な指導者を失い、大きな打撃を受ける
ことになった。政権の足元が揺らいでいるムシャラフ大統領は今月15日に
非常事態宣言を解除、ブット氏と総選挙後の協力協議を続けるなど政局の安定を
目指していたが、選挙後の連立政権の枠組みの変更を迫られることになる。
http://news.livedoor.com/article/detail/3446681/
○薔薇、または陽だまりの猫 2007/12/31
「ブット元首相暗殺 パキスタン軍事政権とイスラム過激派の危険な関係」
米欧日の企業メディアは、暗殺事件を速報し、現地の混乱を伝え、各国政府の
首脳たちが表明する追悼の言葉と、イスラム過激派やテロリズムを糾弾する声を
報じている。ブット元首相の政治経歴を紹介するテレビ放送もあるが、
パキスタンの情勢を簡単に解説するだけで、事件の背景に深く切り込む報道は
出ていない。それにはしばらく時間がかかる。そのなかで、事件の直後に、
冷静で簡潔な解説を公開した人物がいる。インド、チェンナイ市にある
時事問題研究所で所長を務めるB・ラマンである。
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/ec6bda912a4f81901083a7e6ffa20ed2
○アビシュカール 「パキスタン:ブット氏暗殺」2007/12/29
印パ、イラン・パキスタンの国境はアメリカにとって重大な関心ポイント
印パ、カシミール緊張関係はアメリカの中東戦略に大きく影響
パキスタンが親米路線を外れたらアメリカのアフガン、イラク、イラン戦略は挫折
ペルシャ湾への石油パイプラインの拡充、新設はアメリカの宿願
ネオ・コンサヴァティブ=ブッシュ政権の狙い
http://alpinetaro.exblog.jp/7161547/
○Where Angels Fear To Send Trackbacks (kasuga sho diary)
「ベナジル・ブット(元パキスタン首相)暗殺」 2007/12/28
彼女の経歴を見れば、彼女がパキスタンのことを忘れて欧米で生活したとしても、
これだけの経歴があれば相当に「輝かしい人生」が歩めたであろうということ
である。ワシントンでイスラム系ロビーとして活動することも出来たろうし、
ビジネスでの成功もあながち不可能ではないだろう。また、「社交界」なり
女優なりとしての成功だって考えられないこともないのがこの人の凄いところ
でもある。
http://skasuga.talktank.net/diary/archives/337.html
○外務省 パキスタンに関して
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/pakistan/index.html
○JETRO パキスタン
http://www.jetro.go.jp/biz/world/asia/pk
▼ミャンマー関連
○田中 宇 「イラク化しかねないミャンマー」 2007/10/23
http://www.tanakanews.com/071023myanmar.htm
○田中 宇 「中国の傘下に入るミャンマー」 2007/10/25
http://www.tanakanews.com/071025myanmar.htm
○グローバル情報発信 「スーチーさんの半生の映画この秋公開予定」 2007/12/07
http://glocom.seesaa.net/article/71415381.html
○外務省 ミャンマーに関して
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/myanmar/index.html
○JETRO ミャンマー
http://www.jetro.go.jp/biz/world/asia/mm
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