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日本のあけぼの―「いのち」への信仰と医療の原点―

 「遠い遙かな昔、日本列島は鬱蒼たる緑に包まれて、アジア大陸の東南に眠っておりました。亭々たる原始林は、朝日夕日に映えて巨人の如くそそり立ち、鳥や獣は所を得顔(えがお)にはびこっていました。この静かな日本列島に、何時の頃からか人類が渡り住み、自然と闘いながら生活を始め、歴史を作り出して行ったのです…」

 これは、日本が焦土と化した戦後間もない昭和23年3月に東京大学の若き研究生たちが編纂した「日本歴史讀本─新しき世代のために─」(東京大学國史研究室日本史研究会編・大地書房)の冒頭に記されている一節である。

 当時の歴史教科書としては珍しく斬新で文学的な表記が随所にちりばめられている。日本の歴史を貫いている自然信仰を明確につかみだし、ダイナミックな歴史の叙述と科学的な視点で日本史の解説に挑んでいる。この本に魅了されて歴史を学びだしたという学生も当時多かったという。太古の日本列島ではいったいどんな人間の営みが繰り広げられていたのであろうか。そこには、理屈ごとではなく真に「生きること」への飽くなき挑戦が日々続いていたに違いない。

 この本に登場する古代の日本人は実に見事に生きていた。ひるがえって我々が暮らす今の日本の様子を眺めると、なんとスケールの小さい社会になってしまったことか。先人に申し訳ない気持ちになってしまうのは筆者ばかりではあるまい。

 さて、そのスケールの決定的な違いは何か。筆者はそれを「いのち」に対する価値観の違いと捉えている。そこで今回は「いのち」というものをテーマに取材を進めて行くことにした。「いのち」に対する考え方の違いから生じてくる様々な現象を辿っていくと、思いも寄らぬ現代医療の泥沼が見えてくるかも知れない。

 薬害肝炎の問題にもそれは現れている。2002年8月に厚生労働省が作成した「フィブリノゲン製剤によるC型肝炎ウイルス感染に関する調査報告書」(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0829-3a.html#1)には製薬会社から提供を受けた418人分の感染者リストが含まれていた。それにも関わらず担当者は個人が特定可能な患者に対して事実関係をいっさい告知せず、昨年10月に発覚するまで放置していた。418人のうち265人がほぼ特定されたが、うち51人はすでに死亡していた。

 この事件の発端は担当者が我が身可愛さのあまり自分勝手な判断で事実を隠蔽したものだろうが、古代人は「いのち」を個々のものとは考えていなかった。己の「いのち」と他人の「いのち」とを区別しては捉えていなかったのである。なぜなら、他人の「いのち」が危機にさらされれば即、己の「いのち」が危うくなるほど当時の自然環境は厳しかったのである。古代人の中には、何も知らずに毒キノコを食って中毒死した者もいたに違いない。

 キノコといえば先日、大阪医科大学の南敏明教授(麻酔学)にインタビューをした。南氏は毒笹子(ドクササコ)というある種のキノコの成分がアロディニアを引き起こすことに着目し長年研究している。そしてついにアロディニアの治療薬を発明した。アロディニアとは、シャワーや髪をとかすといった程度の刺激でも激痛を感じてしまうという症状で、神経因性疼痛の一種だ。異痛症とも呼ばれ難治性の疾患である。食中毒でアロディニアを起こすのは唯一、このドクササコだけである。この毒笹子を初めて食べた人もさぞ驚いたことだろう。自然の中で生きると云うことがいかに厳しいことかが理解できる。

 また、「日本歴史讀本」にはこんな記述もある。
「彼らは獣を狩ったり魚を獲ったりするために協働することが必要なので、集団生活を営んでいますが、集団内部の各個人は全く平等で、経済的な地位の差別は見られません。男女間の分業はあったようですが、全員が一様に共同して仕事をし、獲物は全員に平等に分配されました。総てのものが集団全体の所有物であり、私有財産のない、原始共同体と呼ばれる社会でした。同じ集団に属する人々は、皆お互いに同じ先祖から出たものであることを信じ、仕事を指導し祭祀を司る酋長の下に結合していました。しかし、酋長と云っても、全員から選ばれるのであって、その間には経済的な差異はなく、身分も世襲ではありませんでした。このような集団――原始的氏族と呼ばれます――が、日本列島の隅々まで広がり、生活に便利な水辺の地を求めて移動し、時には他の集団と戦闘を交えることもありましたが、大体において平和な生活を送っておりました。それですからこうした平和な生活を営む人々は純真素朴であり、朝に夕に眼に触れる自然現象は皆驚異の的でした。その結果、太陽・山岳などの自然物が宗教的崇拝の対象となり、呪術等の原始宗教が生み出されました」

 ここで興味深いのは、われわれ日本人の祖先は自然環境をものの見事に生活の中に取り入れていることである。素朴に森や樹や岩のまえで畏れぬかずきそれら総てを平等に「自然神」として崇めてきた。そうして自分たち自身も「死」を迎えることによってそれらの「自然神」と一体化すると信じてきたのである。だから神は至る所に存在し、八百万の神(やおよろずのかみ)となったのではないだろうか。

 祭祀を司る者は時として医師の役割も担ったであろうし、山野の植物を使って病気を治したこともあったろう。彼らは後に薬師(クスシ)と呼ばれるようになった。

 古代人にとって「死」は自然そのものだったといっていいだろう。だから彼らにとって「死」は「いのち」の源に還ることに他ならなかった。ここに現代人の「いのち」に対する考え方の違いがあると筆者は考えている。「死」を忌み嫌わず「いのち」と同等に受け入れてこそ、我が国の医療は目覚ましい発展を遂げるに違いない。

 


【関連情報】

○イザ!【薬害肝炎訴訟の経過】 2007/12/23
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/111459/


○美粒ブログ 「薬害肝炎 福田衣里子さんの涙」 2007/12/11 
http://beryu.livedoor.biz/archives/50817686.html


○Strange Machines  2007/12/17
 「献血ルームに行ってきた(薬害肝炎・薬害エイズに対する自分なりの回答)」
http://queensryche.blog41.fc2.com/blog-entry-7.html


○津久井進の弁護士ノート 2007/12/24
 「薬害肝炎救済法が成立するまで市民の声を」
http://tukui.blog55.fc2.com/blog-entry-577.html


○zara's voice recorder「薬害肝炎訴訟 国の責任はどうなる?」2007/12/24 
http://zara1.seesaa.net/article/74449959.html


○あれこれ日記  2007/11/24
 薬害C型肝炎:感染者リスト放置 当時の担当者「告知不要と思った」
http://chokin-siyou.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_a76c.html


▼アロディニア関連

○CRPS。だから・・・何? 「CRPSって、何?」2007/06/04
http://chiarodiluna.blog107.fc2.com/blog-entry-2.html


○すっとぼけ親子(化学者とイヌ)「薬が出来るまで」2007/06/14
http://rain-smile.blog.ocn.ne.jp/rain/2007/06/post_6443.html


○やさしい医療をめざして─新しい神経内科
 「清水俊彦先生のセッション/片頭痛は神経の疾患」2007/08/28
http://owada-dr.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_49aa.html


○逃げないほうが楽なんだよ  2007/01/18
 「複合性局所疼痛症候群」・「複雑性局所疼痛症候群」・
 「反射性交感神経性ジストロフィー」・「反射性進行性ジストロフィー」・・・
http://rsd-tomonokai.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_94ef.html

 


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