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新生オーストラリアの船出を象徴する先住民への謝罪

<記事要約>

オーストラリア連邦議会でケヴィン・ラッド首相は、過去の政府によって先住民にもたらされた苦難及び喪失に対する「盗まれた世代(stolen generations)」への謝罪声明を読み上げた。

スピーチには、一つにまとまった国家としてオーストラリアの未来へ歩んでいきたい、という願望が表明されていた。

何千人もの先住民、それから非先住民のオーストラリア人が、この歴史的瞬間を見守るために、首都キャンベラの国会議事堂前の広場に設けられた大型スクリーンの周辺に集まった。大型スクリーンは、メルボルンのフェデレーション・スクエアや、シドニーのマーティン・プレースなどにも設置された。

野党自由党のトニー・アボット広報担当官は、謝罪声明が先住民の一部の生活水準の悪さに好ましい変化をもたらすわけではない、と述べた。

2008/2/13 Sky News Online (http://www.skynews.com.au/politics/article.aspx?id=217177) より


<解説>

「盗まれた世代」は、家族やコミュニティから強制的に引き離され、白人の価値感を強要されたオーストラリアの先住民アボリジニとトレス海峡島しょ民の子どもたちを指す言葉だ。保護という名目で、親は子どもを、隔離された子どもたちは言葉や文化、さらにはアイデンティティを盗まれた。

主に混血児を対象にした政府による同化政策は、州によって若干異なるが、19世紀の終わり頃から1970年頃まで続き、先住民の子どもの10から30%が隔離されたといわれている。

盗まれた世代の中には、成長してコミュニティに戻った人もいれば、親兄弟に再会することなく亡くなってしまった人もいる。

日本でも公開されたオーストラリア映画『裸足の1500マイル』(2002年 フィリップ・ノイス監督)は、収容された施設を脱走し、執拗な追跡を逃れ、2,400キロ離れた故郷を目指して歩き続けた3人の少女たちの実話を基にしたものだ。母親と叔母の過酷な体験をしたためた原作者自身も、3歳から隔離されて施設で育ち、25歳になるまで母親と会うことはなかったという。

この問題の国家調査を行った人権・機会均等委員会 (HREOC)は、1997年に発表した報告書(Bringing them Home)の中で、54項目に及ぶ勧告を行っている。その中核として挙げられたのが、政府や関係機関が責任を認め、謝罪と補償を行うことだ。

前ハワード政権は、「現在の世代が、過去の政策に責任を負うことはできない」と主張し、その姿勢を10年以上に渡って崩すことはなかった。一方、昨年暮れに11年半ぶりに政権を奪回した労働党は、ラッド首相率いる新内閣発足以来わずか11週間で、初めて国としての公式謝罪にこぎつけた。

舵を取るリーダーが変われば、これほどまでにダイナミックに国は動く。政権が変わるというのは、そういうことなのだ。

国会には、盗まれた世代の代表者たちが招かれ、前ハワード首相を除く存命中のすべての首相経験者が列席した。

ラッド首相は、361語の謝罪声明の中で「ソーリー」という言葉を3度口にした。自分が生きている間に、政府からこの言葉を聞ける日が来るとは思わなかった、と大勢の先住民が涙を拭った。

声明の後に続けられた約30分のスピーチも、真摯で心に残るものだった。謝罪の理由をいくつか挙げていく中で、「謝罪は、オーストラリアの中核的な価値観―フェア・ゴー精神(fair go)―の表出だ」と述べ、盗まれた世代が少しも公平でなかったことは、みんな知っているじゃないか、と静かに続けた。

「フェアにやろう」というのは、この国を支える共通信条のようなもの。ラッド首相は誰にでも分かる平易な言葉を使って、複雑化した未完の問題の本質を捉え、国として、人間として、過去の過ちを認め、癒しへの道程の一歩を共に踏み出すことの大切さを国民に訴えた。

むろん補償について触れなかったことに対する批判は、賛成派・反対派双方にある。いまだに先住民と非先住民の平均寿命が17年も違っていることに代表されるように、ほかにも解決すべき困難な現実的問題が山とあるのは、誰だって百も承知なのだ。

それでも、オーストラリアは和解へのスタートラインに立った、という事実を共通認識にすることができた。少なくとも、この国の若いリーダーは、信頼を取り戻すことが最優先事項であることを知っている。

拍手喝采に包まれた各地からの生中継の映像を注視しながら、この素晴らしい歴史の目撃者になれた幸運に感謝した。今日というこの日、2008年2月13日は新生オーストラリアの船出を象徴する大切な日だと思うから。


○ケビン・ラッド首相による盗まれた世代への謝罪
http://www.australia.or.jp/seifu/pressreleases/?pid=TK07/2008

○Kevin Rudd's says “SORRY TO ABORIGINAL STOLEN GENERATION”
 (YouTube 03:25)
http://www.youtube.com/watch?v=HB5eRqiP9Po

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○GreenPost -Heuristic Life  2008/02/09
 「オーストラリア政府、先住民アボリジニに対し正式謝罪へ」
http://greenpost.jugem.cc/?eid=1101


○CNET  2007/08/23
 「オーストラリア先住民研究グループ、言語保存活動にSharePointを採用」
http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20355013,00.htm


○GIGAZINE  2007/12/21
 「北米の先住民族ラコタがアメリカに対して独立宣言を突きつける」
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20071221_lakota_indians_independent/


○映画収集狂 「マイ・フェア・レディ」 2005/01/02
 この政策を支えている思想は、明らかに、白人は美しくてアボリジニは
 醜く汚い、白人は賢くアボリジニは愚鈍だ、という根深い人種差別に
 支えられた西洋文明至上主義の考え方であり、「劣った愚鈍な民族」を
 西欧文明によって啓蒙してあげるぞという押し付けがましい尊大で
 傲慢な思い上がりです。
http://sentence.exblog.jp/1596580/


○映画と本 『裸足の1500マイル』 2006/10/26
 原題の「Rabbit-Proof Fence」を直訳すると「ウサギ除けの柵」。
 広大なオーストラリアの大地に延々と張られた、そのフェンスを
 たどってゆけば母のもとに帰れる。このことを知った14歳のモリー
 は幼い妹と従姉妹を連れて故郷を目指します。彼女らを待ち構える
 のは灼熱の太陽と飢餓・・・。
http://kihachi.blog77.fc2.com/blog-entry-9.html


○読書と夕食 DVD『裸足の1500マイル』 2007/01/17
 映画は、1931年こうした「Kidknap Policy」に基づき、混血児たちを
 施設に収容させようとの決定から始まる。
http://blog.goo.ne.jp/sig_s/e/8add292e0f72c8f9b6f5dd9d0827500e


○ goo映画 『裸足の1500マイル』(2002年 オーストラリア)
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD33142/


○Rabbit Proof Fence-A.O Neville 3rd Generation Speech(YouTube映像 01:05)
http://jp.youtube.com/watch?v=0DH-5GdujkQ

○Rabbit Proof Fence Tribute Video(YouTubeスライドショー 04:37)
http://jp.youtube.com/watch?v=rF5y5nP8Pps


○塾講師のつぶやき 「アイヌ史」2007/03/04
 実際松前藩がアイヌの生活環境を守るためにさまざまな政策を打ち出して
 いたことは特筆されていい。しかし松前藩の財政破綻とともに
 アイヌモシリ(アイヌの大地)は切り売りされていったのだ。和人の
 アイヌに対する抑圧一辺倒の歴史像では、松前藩と幕領化以降の歴史の
 違いは見えてこない。
http://d.hatena.ne.jp/Wallerstein/20070304/1173018125


○日暮れて途遠し 「先住民族の定義?」 2007/10/04
 昨日10月3日の衆議院本会議代表質問で、民主党鳩山由紀夫幹事長が
 アイヌ民族の先住権について国連宣言との整合性を問う質問を行って
 いたことを鈴木宗男氏のHPで知り、衆議院TVで確認した。
http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624/e/6b7aaeb2f1ffaf8596e49e57185be855


○heuristic ways  多原香里『先住民族アイヌ』2006/05/09
http://d.hatena.ne.jp/matsuiism/20060509


○版元ドットコム 
 「講座 世界の先住民族-ファースト・ピープルズの現在 04 中東」
http://www.hanmoto.com/bd/ISBN4-7503-2253-9.html

 

 


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