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ジョイ・ディヴィジョンの壮絶な歴史を描いた映画『CONTROL』


『Unknown Pleasures』

 1978年初頭、イギリスのマンチェスターで、後に『Unknown Pleasures』『Closer』という現在も評価され続けている2枚のオリジナル・アルバムを発表し、ポスト・パンク・シーンの最重要バンドとなるジョイ・ディヴィジョン(Joy Division)が誕生します。

 1980年5月18日、いよいよアメリカ・ツアーへ出発しようというまさにその直前、ヴォーカリスト、イアン・カーティス(Ian Curtis)の自殺により、バンドは突然の終焉を迎えてしまうわけですが、残されたメンバーがその後、ニュー・オーダー(New Order)と名前を変え、大きな成功をおさめたことについては、改めて述べるまでもないでしょう。

 そのジョイ・ディヴィジョンの短くも壮絶な2年強を描いた映画『CONTROL』(http://control-movie.jp/indexp.html)が間もなく公開されます。監督はアントン・コービン(Anton Corbijn)で、意外にも映画は今回が初監督作品となります。U2『Joshua Tree』の印象的なジャケットを撮影したオランダ出身のカメラマンで、ジョイ・ディヴィジョン「Atomosphere」の幻想的なヴィデオ・クリップも彼の手によるものです。ジョイ・ディヴィジョンの映画を撮るのに最もふさわしい人物であることは間違いないでしょう。

 昨年末、一足先に『CONTROL』を試写会場で見てきました。驚いたのは、イアン・カーティスを演じる俳優(もちろん主役)の見た目がイアンそっくりなこと。まずそこで、ドキュメンタリー映画を見ているような錯覚に陥ったため、映像に自然と引き込まれていきました。

 映画を見て、個人的にプラスだったことは、曲とだけ向き合っていると何のことを歌っているのかがわかりにくい歌詞の世界が切実に迫ってくることでした。この点については、おそらく僕と同じような感想を持たれる方も多いのではないかと思います。ジョイ・ディヴィジョン未体験の方にとっても、歌われている内容がとてもわかりやすく描かれていますので、安心してお薦めできる映画です。

 年明け早々の1月9日、音楽評論家の大鷹俊一さんにインタヴュアーをお願いして、アントン・コービンの取材を行なってきました。映画『CONTROL』についてたっぷりと語ってもらったその記事は、ちょうどこの3月5日に発売される映画のサウンドトラック盤とジョイ・ディヴィジョンのアルバム(ボーナス・ディスクを付属した拡大版)の紹介記事と併せて今月発売(3月15日)の『レコード・コレクターズ』に掲載されますので、ぜひご覧になってみてください。

 実は偶然にも、ここ1から2年の間、どうしてジョイ・ディヴィジョンは風化しないのか、なぜこれほどまでに評価され続けているのか、ということを自分なりに考えていました。ファクトリー(Factory)というマンチェスターのみならず英国を代表するインディー・レーベルからのリリースであることやピーター・サヴィル(Peter Saville)によるジャケットの秀逸なアートワークといったところも評価のポイントなのでしょうが、音楽的なことに絞って考えるようにしてきました。



『Closer』

 日本では2003年に公開された映画『24アワー・パーティ・ピープル』でも描かれているように、プロデューサー、マーティン・ハネット(Martin Hannett)の役割というのももちろん大きいでしょう。ですが、彼によるリズム面での功績以上に、「調性(tonality)のあやふやさ」というのがポイントなのではないか、と思えるようになってきたのです。

 そう思うきっかけとなったのは、昨年またしても紙ジャケCDが再発されたブラック・サバス(Black Sabbath)の人気の衰えなさ(というか評価は上がる一方。20年前では考えられません)と音の選び方においてその遺伝子を受けているニルヴァーナ(Nirvana)の人気です。

 ブラック・サバスのファースト・アルバム『黒い安息日(Black Sabbath)』のA面1曲目に収録されたタイトル・トラックはわずか3音でできているといっても過言ではありません。ただし、その3音目が調性を外れているのです(よくわからない方はピアノを思い浮かべて、調性とはとりあえず「ドレミファソラシド」のことだと思ってください。乱暴な書き方をすればその際にピアノの黒鍵にあたるのが調性を外れた音です)。

 たったそれだけのことで、この曲は今日まで評価され続けているのです。これは誇張ではなく、もしその3音目が調性の中から選ばれていたら(つまり3音とも「ドレミファソラシド」の中から選ばれていたとしたら)、この曲は確実に世の中に埋もれていたことでしょう。

 ニルヴァーナも同様で、シンプルに聞こえるコード・ワークの中にも、ちょっとしたヒネリを加えています。「翳りのあるコード使い」ということでいえば、ブラック・サバス以上にニルヴァーナとジョイ・ディヴィジョンの音世界は共通していますし、実際に僕の周囲では、ジョイ・ディヴィジョンとニルヴァーナのファンというのはかなり一致しているように見受けられます。

 そしてさらに、ガールズ・アット・アワ・ベスト!(Girls At Our Best!)の唯一のアルバム『Pleasure』が再発された際、そのレヴュー(今年の『レコード・コレクターズ』2月号に掲載)を書くために自宅でCDを聴いていた時、骨太なベース・サウンドにジョイ・ディヴィジョンの遺伝子を確認しました。



『Pleasure』

 しかし、それ以上に重要だったのは、このバンドのもつ「調性のあやふやさ」だったのです(この点についてレヴューで指摘できなかったことを後悔しています)。「調性のぶっ壊し方」においては、ジョイ・ディヴィジョンよりもガールズ・アット・アワ・ベスト!のほうが上手で、前者が結果的にそうなってしまったのかな? と思わせる部分もある一方、後者はかなり意図的にダイアトニック・スケール(これもわからない方は「ドレミファソラシド」のことだと思ってください。厳密には違いますが…)をアウトしている(外れている)部分が見受けられるのです。つまり、ガールズ・アット・アワ・ベスト!は、意図的に「調性をねじまげている」んですね。

 ガールズ・アット・アワ・ベスト!が一般的に認知されているとも思えないのでさらに付け加えておくと、95年に「かの香織」(私がかつて所属していた音楽サークルの先輩です)と現在は女優としての活躍が目立つ「YOU」(若い人はご存知ないかもしれませんが、かつてはテクノ・ポップ系ユニット、FAIRCHILDのヴォーカリストでした)らが参加した『Girls At Our Best In Winter!』というオムニバス盤が発売されているのですが、参加しているアーティストの名前からして、このバンド名からタイトルが付けられたに違いないと僕は思っています。また、かつて岡崎京子が自身の漫画のタイトルに引用していたこともあるので、知っているとちょっと通になった気分が味わえるかもしれませんよ(笑)。

 さて、次回は今回紹介したジョイ・ディヴィジョンやガールズ・アット・アワ・ベスト!の遺伝子を受け継いでいると思わせる、個人的に今イチオシの日本のバンドについて書きたいと思います。うまく書ければ、の話ですけど…。

 


【編集部ピックアップ関連情報】

○Punk's Not Dead-official trailer(YouTube映像 02:48)
http://www.youtube.com/watch?v=17QZHd_u_YQ&feature=related


○BARKS NEWS  2007/08/01
 パンクって何だ?必見映画『PUNK'S NOT DEAD』
 パンク。…パンクって何だ? あなたにとってパンクとは?
 「パンク? セックス・ピストルズでしょ。いや、むしろクラッシュかな」
 「ランシドに決まってるじゃん」
 「パンクといえば、グリーン・デイしかいないね」
 「一番好きなパンクはSUM 41」
 「メジャーシーンにパンクなんかいねーよ」
 100人に聞けば100通りの答が返ってくる、正解無き「パンクとは?」
 という問いかけ…。
http://www.barks.jp/news/?id=1000033386


○Three Rocks Recording 2007/02/03
 「ファクトリー・レコードをスタッフとミュージシャンが」
 ジョイ・ディヴィジョン、ニュー・オーダー、ハッピー・マンデーズらを
 輩出した、英国マンチェスターのインディペンデント・レーベル、
 ファクトリー・レコード。その設立初期の模様を、関係するスタッフと
 ミュージシャンたちが語り尽くしたドキュメンタリー映像『シャドウプレイヤーズ
 (Shadowplayers-Factory Records & Manchester Post Punk 1978-1981)』が
 いよいよ日本でもDVD作品として発売されます!
http://3rocks.at.webry.info/200702/article_8.html


○シャドウプレイヤーズ─ファクトリー・レコードとマンチェスターの
 ポスト・パンク 1978─81(YouTube映像 01:57)
http://www.youtube.com/watch?v=5ajg6TYkkRs


○写真家 アントン・コービン公式サイト
http://www.corbijn.co.uk/


○豆酢館 「英国インディペンデント映画賞とアントン・コービン」2007/12/06
 アントン・コービンは、元N.M.E誌(英国の音楽専門誌)の専属カメラマン
 でした。その縁で長年ミュージシャンたちのポートレートを撮り続け、
 デイヴィッド・ボウイやビョーク、U2、デペッシュ・モードなど、
 手がけたアーティストは数知れません。U2に至っては、なんと20年以上の
 長きに渡りその姿を写真に収めているとか。彼らのビジュアル・イメージ
 を決定付けたカメラマンだとも評されています。
http://blog.goo.ne.jp/mamesumaldini/e/8be77fd1569f96938196bfdb67b9e269


○white-screen.jp 2008/01/21
 早くも2008年ベスト映画確定! アントン・コービン長編映画デビュー作「Control」
 イアンを演じるサム・ライリーはインディバンド「1000 Things」の
 ボーカリスト。演技の経験は少ないが、音楽がベースにあり、70年代の
 雰囲気を持つこと、イアンに似た佇まいを持つこと等が評価されて
 ジュード・ロウなどの有名俳優たちを抑えて主役に抜擢された。
http://white-screen.jp/2008/01/control.php


○obsqr(オブスキュア) obsqrは映画『CONTROL』を応援します 2008/02/21
 ジョイ・ディヴィジョンのサウンドは陰鬱で、狂気を孕んでいる。
 すべてはバンドの精神的支柱であったイアン・カーティスの資質に
 よるものと考えていいと思う。
 ちなみにバンド名の由来は第二次大戦中のユダヤ人女性の日記を元に
 書かれた小説”The House of Dolls”に登場するフレーズ”Joy Division”
 (ナチス・ドイツ時代の将校用の慰安所)。もちろんイアンによる命名。
http://obsqr.symphonic-net.com/admin/joy-division-lose-control


○地下にもぐる  2007/10/03
 「あなた、ジョイ・ディヴィジョンに行ってはいけませんよ。」
 映像と音楽は、そして演技と演出も、ほとんど文句のつけどころがない。
 物足りなくて欲求不満に感じる部分も、やり過ぎのあざとさが気になる
 部分もとくにない。何より演奏シーンのすばらしさといったらもう!
http://d.hatena.ne.jp/reskini/20071003/1191392926


○うろんな主 blog版 「24アワー・パーティー・ピープル」2005/04/12
 70年代末 Factory レーベルを設立し、創造活動はすべてアーティストに
 任せてレーベルは口を挟まず創造の場を提供するだけ、利益が出れば
 仲良く折半、クリエイティビティ重視かつ採算度外視という理想に燃えて
 いたはずが、80年代にはいって創造活動をマンチェスター文化にまで
 昇華させようという色気を出して、バブリーなクラブ Fac51(ハシエンダ)
 を開いたり Factory 新事務所まで作っちゃう。
http://blogs.dion.ne.jp/dada/archives/2639927.html


○80's UK New Wave  2006/08/27
 「UNKNOWN PLEASURES/JOY DIVISION」
 JDの”クール”な所謂ゴシック・サウンドは80'sNEW WAVEのベーシックに
 なったのは元より、近年”ゴス”と称されるマリリン・マンソン等にも
 その血は生きづいてるのは勿論の事、ほぼ同時期ですがBAUHAUSにも影響を
 与えたのではと憶測しています。
http://blog.livedoor.jp/uknw80/archives/50493373.html


○OnGen:国内最大級の音楽ダウンロードサイト 2008/02/06
 ニュー・オーダー 亭:DJ19のレコ麺 ニュー・オーダー『Substance』
 映画『24アワー・ パーティ・ピープル』をご覧になった方は、彼らを
 排出したFACTORYというレーベルが如何に特殊で、ある意味、運命共同体
 であったかが解ると思います。
http://www.ongen.net/recommend/dj19/20080206/


○耳と目そしてエコー Girls At Our Best!『PLEASURE』2007/12/01
 まさに80年代のニューウェーブ・ポストパンクなサウンドだけど、
 The RaincoatsやLiliputみたいにスカスカじゃない突き抜ける
 カッティングギターが圧巻。
http://d.hatena.ne.jp/acco1979/20071201/p2


○渡邉大輔 AGAINST THE WIND 「Gymnopedies (Erik Satie)」2006/11/16
 サティという人は西洋音楽のそれまでの概念を打ち破った人らしく、調性や
 拍子などに縛られること無く作曲活動を行なったという。
http://daisuke-w.way-nifty.com/blog/2006/11/gymnopedies_eri.html


○秋山タイジ 「ブルー・ノートとマイナス1の発想」2008/02/28
 ─調性音楽とブルー・ノート、さらに十二音技法について。─
 ビートルズを契機に、ブルースは地理的・歴史的な限界を突破して世界に広く
 浸透していくことになっていくのだけど、ニルヴァーナあたりからは半音階的
 なコード展開がとても増えてくるようになる。さらに最近のロック・バンドの
 音楽にはアラビアっぽい旋律が増えているような印象があったりする。
 ビョークの曲になるとほとんど無調に近いみたいな感じがする。ところで
 ビョークは、無調音楽で有名なシェーンベルクの『月に憑かれたピエロ』を
 カヴァーしている。
http://www.asahi-net.or.jp/~SX4T-AKYM/essay/bluenote.htm

 

 


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