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旧伊藤伝右衛門邸が想定外の大ヒット観光名所に。背景にある柳原白蓮の激しい生き様。

 旅行会社や地域がさまざまな旅行企画や観光名所を売り出すなか、不発に終わったり、話題性はあるものの実際に観光客が行かなかったりと、なかなか人気観光地を生み出すことは難しい。

 そんななか、今、福岡県飯塚市の旧伊藤伝右衛門邸に、多くの女性観光客が詰め掛けている。当初年間来館者を1万5000人程度と予想していたが、昨年4月28日の一般公開から20万人を軽く超え、「25万人突破は目前」と見ている。2006年に同邸を買い上げた飯塚市にとっては、予想外の観光ブームが訪れ、嬉しい誤算である。




 さて、伊藤伝右衛門(いとう・でんえもん)は1860年に生まれ、のちに“筑豊の炭鉱王”と呼ばれる。若いころは丁稚、魚の行商、船頭など転々としながら赤貧生活を続けていた。やがて父と手掛けた炭鉱事業が時流に乗って隆盛を極め、明治36年には衆議院議員にも当選した。明治43年には伝右衛門と長年苦楽を共にした妻ハルが45歳で病死。その後、運命の女性、歌人・柳原白蓮(やなぎはら・びゃくれん)と再婚する。柳原白蓮の本名は燁子(あきこ)といい、燁子は大正天皇の従妹にあたる。

 丁稚生活から人生の大半を筑豊の炭坑の町で過ごし、骨の髄まで炭坑に浸かった伝右衛門は52歳になっていた。その伝右衛門が明治45年に当時27歳で大正の三美人と呼ばれる“お姫様”燁子と再婚した。燁子は兄の柳原義光が貴族議員に出馬するための資金が必要だったため、炭鉱王の莫大な資金と引き換えに「売られた」政略結婚として当時騒ぎ立てられた。

 結論からいうと、伝右衛門と白蓮の結婚生活は10年間続いた。伝右衛門は大正天皇の従妹という白蓮のために、奥座敷の2階を白蓮の居室とした。数奇屋風の部屋に、銀箔を張った襖など白蓮好みに仕上げた。また、天井に結界を設け、平民にはこれを境に立ち入ることを禁じるなど、伝右衛門は白蓮に精一杯気を遣っている。トイレも当時では珍しい水洗トイレを設えている。

 その一方で、伝右衛門の女遊びは収まらない。さらに25歳という年の差に加え、華族出身で誇り高い白蓮が筑豊の荒くれだった炭坑の町の空気に馴染むわけもなく、二人の心は結ばれることはなかった。それでも伝右衛門は愛する白蓮のために、何冊も歌集を出版してあげたし、白蓮も病に倒れた伝右衛門の看病もしたといわれている。

 白蓮35歳のときに、7歳年下の雑誌「解放」の記者・宮崎龍介と激情なる恋に燃える。勉学に勤しむ暇もなく丁稚小僧として成り上がった無学の伝右衛門と比べ、東大を出てインテリで年下の龍介に白蓮は心を寄せた。当時の姦通罪という罪の意識が、なお恋情に油を注いだ。意を決した白蓮は、朝日新聞紙上に格調高い流麗な文章で、伝右衛門に「公開絶縁状」を叩きつけたのだった。著名な歌人であり、「筑紫の女王」と呼ばれた白蓮が、炭鉱王を捨て、7歳年下の愛人との駆け落ちというスキャンダルに世の中は騒然となった……。

 このような悲しい物語(ストーリー)を知ったうえで、白蓮と同じ視線で2階の窓から眺める景色は、また違って映る。地元のボランティアガイドが、伝右衛門びいきに、あるいは白蓮びいきに、邸内を案内してくれる。

 私が福岡県の職員に案内され、旧伊藤伝右衛門邸を訪れたのは2月末の平日だったが、邸内は熟年女性らで大変な混雑だった。敷地面積約7570平方メートル、建物延床面積約1020平方メートルの同邸は、ダイヤを象った欄間のステンドグラスや広大な回遊式庭園が広がる。歴史を華やかに彩った主人公たちは露と消えたが、在りし日の面影は今も残る。炭坑という負の遺産も「産業観光」として甦りつつある時代にあって、このスキャンダラスな悲恋物語が、炭坑の山肌に咲いた一輪の花のように、静かに心に語りかけてきた。 

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○グラフふくおか(2007年 秋号) 「旧伊藤伝右衛門邸」
 この屋敷の見どころは、まず日本建築の真髄ともいえる様式美だ。落ち着いた
 聚楽壁(じゅらくかべ)、長押(なげし)にほどこされた精緻な木彫、竹を組んだ
 網代(あじろ)天井、帯地をほどいて埋め込んだ壁…。とくに二階の白蓮の居室
 には、竹の節だけを残した欄間(らんま)など、驚くような技が残されている。
 毎日引きも切らない見学客が、明治から大正期にこの屋敷で繰り広げられた
 ドラマに思いをはせている。
http://www.pref.fukuoka.lg.jp/somu/graph-f/2007autumn/mono/mono.html#top


○雲よ 風よ  「伊藤伝右衛門邸」 2008/01/10
 大正三美人と言われた人で、竹久夢二の絵から抜け出したような人ですね。
 約10年間をここで過ごし、7歳年下の宮崎龍介氏の元へと出奔しました。
 姦通罪のあった時代の駆け落ちですから相当な覚悟だったでしょう。
 その後、その人と生涯を添い遂げていますから、真実の愛を証明した訳ですね。
http://kisaragiyu.exblog.jp/7244238/


○日々の思いを2 「伊藤伝右衛門邸」 2007/09/16
 何故これほど、伝衛門邸が人気を呼んだのか・・・
 それはやはり建物としてのすばらしさを見たいというより、なんといっても
 白蓮への関心、興味、でしょう。姦通罪が生きていた時代、敢然と己の愛を
 貫いた勇気とその生き様が、特に中高年の女性の心をつかんだのではないで
 しょうか。
http://mimi12432.exblog.jp/6356586/


○暇なしbunbun  「旧伊藤伝衛門の邸宅」2007/06/25
 下の写真に書かれたような激しいラブレターを、一度でいいから
 相手がいたら?書いてみたかったですね。(笑)
 「こんな恐ろしい女はもういやですか?いやならいやと早く仰い!
 さあ、どうです、お返事は?」 
http://buntoru.exblog.jp/7025772/


○るる☆女を語ってみました。「柳原白蓮(歌人)」2005/08/17
 柳原白蓮(本名あきこ)は、明治18年(1885年)伯爵柳原前光の妾(めかけ)
 の子として、東京に生まれる。9歳のとき、北小路家の養女にだされる。
 15歳になったあきこは、思春期真っ盛りの、7歳年上の北小路家の息子
 資武の好色の前にさらされるようになる。年老いた両親の目を盗んで、
 折あらば、あきこに迫ろうとする。他にひとの気配がないときをねらって、
 襖(ふすま)をあけて入ってくる。羽交締めにされ、畳の上に押し倒され、
 犯される。
http://ruru21.blog12.fc2.com/blog-entry-16.html


○日々是好日@まほろば 『白蓮れんれん』を読む  2005/12/20
 当時より少し前の日本の富裕階層では、こういう一夫多妻的大家族というのは
 そんなにめずらしいものではなかったのではないか。で、白蓮の時代というのは、
 そこに、まさに、西欧から「一夫一婦制」だの「ロマンチックな恋愛」だの、
 などが入ってき始めた訳である。つまり、こういう「新しい男女関係」の
 あり方が西欧のイケてる文化として、東京の上流階層の間ではやり始めた時期
 なのである。
http://mahoroba.exblog.jp/3283672/


○趣味は読書とガーデニング。愛猫パセリとの日日是好日。
 『白蓮れんれん』 2007/01/07
 主人公は、歌人・柳原白蓮として知られる燁子(あきこ)。題材的には、
 明治の皇室周辺を扱った『ミカドの淑女』の延長上にある作品で、
 炭鉱王・伊藤伝右衛門と再婚するため九州に下った燁子が、大正10年に
 起こした「白蓮事件」を取り上げた小説です。
http://machiko-o.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_0b1b.html


○給食室からこんにちは 2007/08/18 
 「柳原白蓮の生き方、愛し方・・・にふれて」
 この煌びやかで贅を尽くした邸宅よりも,私が気になったのは華族出身の
 白蓮(燁子)の一生です。伯爵家の娘で佐々木信綱門下に和歌を学んだ
 才媛の女性・燁子の自分を貫き通した生き様です。
http://blog.goo.ne.jp/h_masuko1945/e/0728500c3337ca60f8336f5f8ddc3883


○九州ヘリテージ 雑記帳「旧伊藤伝右衛門邸」  2007/04/29
 贅沢を尽くして造られた各部屋は見所も多いのですが、圧巻なのは
 ストレート部分が長さ約50mにもなる廊下!うち30数mは畳敷き
 になっています。あちらこちらで「掃除が大変そう」
 という声が漏れていました(笑)。
http://blog.kyushu-heritage.jp/?eid=422008


○アトリエウイズのオーダーメイド日記 2007/11/08
 「旧伊藤伝右衛門邸( 飯塚市・福岡 )・・・伝右衛門と白蓮 1」
 4つの居住棟と3つの土蔵があり、池を配した広大な回遊式庭園を持つ
 近代和風住宅は、和洋折衷の調和の取れた美しさが魅力…と入場券に
 書いてありましたが、確かに和風でありながらステンドグラス
 (写真4枚目)を取り入れたり、この時代に水洗トイレもあったとか…
http://blogs.yahoo.co.jp/at_with/37780938.html


○ちかりんの楽屋 「オペラ『白蓮』 本番」 2007/09/30
http://air.ap.teacup.com/nasukin64/815.html

 

○世界の国旗・国歌と観光名所の世界60秒ツアー
http://hukumusume.com/366/world/index.html




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