Entry

三浦和義事件と一事不再理

カズヨシ・ミウラ。この名前を聞いて、サッカーのカズを思い出す人がいたとしても仕方あるまい。いわゆる“ロス疑惑”の大騒ぎから27年が経過しているのだから。当時生まれた子供もすでにいい大人である。どの時代にも増して時間の流れが早い現在、三浦事件はすっかり風化したかに見えた。

その三浦が再びメディアのトップニュースとして世を騒がしているのだから、何が起こるか分からない。再びワイドショーの素材として返り咲いた三浦とその事件については、もはや説明の必要もないだろう。今回話題にしたいのは、三浦逮捕と同時にクローズアップされた、“一事不再理”についてである。

一事不再理とは、一つの事件に関してすでに判決が出てしまっている場合、その事件を再度審理する事はない、という刑事訴訟法上の原則である。ちなみに英語ではdouble jeopardyという。すでに結審している事件について、新たな証拠が出てくるたびに再審が可能であれば、あらゆる刑事事件は際限なく調査が続けられる事になってしまう。

また、特定の個人に嫌がらせをするために、何度も審理を行う事も可能となる。こうした不合理を防ぐために検察側の訴追は一発勝負、これで負ければ後はないとした制度である。米国、日本、カナダ、メキシコ、インドなどが同じ規定を設けている。ちなみにこれは被告の側には適用されない。冤罪事件などですでに出ている判決を覆す事が出来るのはそのためだ。

三浦による妻の殺害容疑は、日本では証拠不十分で無罪となっている。凶器が特定されておらず、実行犯も不明というのでは、ある意味止むを得ない判決だったのかもしれない。しかし、ここで一つの可能性が浮上した。米国には日本にはない“共謀罪”という罪状がある。誰かに殺人を依頼した事実を証明できれば、その相手が特定されずとも有罪にできるという、犯罪大国米国ならではの法律だ。ミウラケース(三浦の事例)は、米国であれば確実に共謀罪で有罪に持ち込める、というのが米国の関係者に共通する意見だった。

米国の検察が、日本での無罪判決に無念の涙を呑み、今再び自らの土俵で三浦を裁けないかと画策したのは自然の流れだろう。しかし、ここで浮上してくるのは一事不再理の問題である。

三浦はすでに日本で無罪となっている。同じ事件を再び審理するのは一事不再理の原則に反するのではないか─こうした声は三浦逮捕直後からあった。この疑問に対して、検察側は“十分な検討を加えた結果、問題なしという結論に達した”としかコメントしていない。

考えられるのは、千鶴子さん殺害事件が米国を舞台としているため、日本での判決は一事不再理の原則に抵触しない、という理屈である。実はこれは相当の根拠がある。かつて判決が出ている事例に関して、再び審理を行うのが別の国である場合、一事不再理は適用されない、という見方をする専門家は多い。更に三浦の場合、逮捕状が出ている国の管理下にあるサイパンに、自分から入国してしまったのである。

共謀罪の場合、日本では状況証拠としてしか扱われなかった材料が十分有力な証拠となる。三浦サイドとしては、共謀罪を覆す作戦は殆ど勝ち目がない。となれば一事不再理を盾に戦うしかないだろう、というのが専門家の見方だ。2国間にまたがる一事不再理という興味深い問題が、三浦事件という昭和史に残る事件を素材として論じられる事になる。地元紙LAタイムズが報じたところの“日本版OJシンプソン事件”、舞台はまもなくロサンゼルスに移される。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○「和して同ぜず」へ 毎日が「主体変容」 2008/02/24
 「“ロス疑惑”の三浦和義元被告が、サイパンで逮捕 」
 米国の法律解釈上、逮捕に踏み切れた理由は2つありそうだ。
 1つは、米国が「属地主義」、日本が「属人主義」を採っているため。 
 つまり、日本人による米国内での犯罪は、日米両国で逮捕・起訴される
 可能性がある。もう1つは、殺人罪の時効。 日本では25年の
 公訴時効があるが、米国には時効がないから。
http://naohisa.at.webry.info/200802/article_28.html


○情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)2008/02/28
 「三浦和義氏には一事不再理の適用があるはず─もしかしたら、
  共謀罪導入のための仕掛け?」
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/ceeb3137ddd35554bb7f5d196f7d4697


○地声人語日記 2008/02/26
 三浦和義氏は「共謀罪」の容疑で逮捕された
http://urayamaneko.seesaa.net/article/87130341.html


○津久井進の弁護士ノート  2007/11/02
 「共謀罪の再チャレンジ この執念深さがこわい」
 共謀罪の実質審理が始まっています。
http://tukui.blog55.fc2.com/blog-entry-533.html


○元検弁護士のつぶやき 「共謀罪の立証などについて」 2006/05/16
http://www.yabelab.net/blog/2006/05/16-171058.php


○たいしゅううんどう 2006/05/20
 「監視社会2.0、あるいはみんなウォッチャー論」
 監視社会というテーマは、現代思想でも流行なイメージがする。最近では
 共謀罪が行われたりもして、ますます人気であるような気がする。ここで
 既存の監視社会を監視社会1.0と暫定的に名づけておこう。監視社会の問題
 はリスクの問題と並列されて書かれることがしばしば多い。要するに、
 偶発性の事故の問題だ。偶発的に行われる犯罪、例えば殺人、に対して
 迅速な対処するという問題だ。
http://d.hatena.ne.jp/nisemono_san/20060520#p1


○yabuDK note 不知森の記  2008/02/24
 「ロス疑惑─疑惑の銃弾」三浦事件は、コールドケースだったのだ
http://d.hatena.ne.jp/yabuDK/20080224/1203820988

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/593