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飼料高騰で日本の畜産農家は存亡危機に。消費者は“主菜”の中身を見直そう。

 英国・ロンドンの金融街に、ビジネスマンらに人気の一風変わったレストランがある。日本でいえば築地市場のような旧くから続く卸売市場のなかにあり、英国産の食材を使った“イギリス料理”が売り物だ。メーンメニューは、英国の伝統食であるローストビーフ。BSE(牛海綿状脳症)問題で100人を超える死者を出した英国では、原因となった肉骨粉を含む牛のエサのあり方が大きな問題となり、抜本的に見直されることになった。このレストランのローストビーフは、本来の牛のエサである牧草で育てた牛の肉だ。BSE問題を気にかける必要はいっさいない。

 
▼飼料高騰で畜産農家は経営危機に

 日本国内ではBSEからクロイツフェルトヤコブ病に感染した患者は認められていないが、2001年以降いままで33頭のBSE感染牛が見つかっている。このため国は国内の出荷牛のすべてをチェックする「全頭検査」を導入。もちろん牛のエサに肉骨粉を与えることも禁止はした。

 しかし、被害が広く人命に及んだ英国のように、牛のエサを消費者が問題視し、抜本的に見直されるところまでは至らなかった。日本のほとんどの牛は、トウモロコシや大豆かすなど輸入された穀物類からつくった配合飼料を食べている。牛だけでなく、豚、鶏も同じだ。その結果、昨年から始まった世界的な穀物高騰の影響を直接に受け、畜産農家は、経営の危機に直面している。

 価格安定や消費者保護の意味もあり、飼料が高くなった分は、すぐには畜産物の価格に転嫁されない。飼料価格の上昇分を小売価格に上乗せできない苦しい状況にある畜産農家を守るため、来年度にかけては国の激変緩和措置で畜産・酪農対策として補給金を出すなどの対策が取られる。

 また、牛のエサに国内の稲わら等を導入したり、豚に食品工場の残さを与えたりする動きも急ピッチで進んでいる。国も農家も努力してはいるが、今後も飼料高の傾向は続くとみられる中で、輸入飼料に代わるエサ対策を取れない農家から経営難に陥り、廃業せざるを得ないところも増えていくだろう。

 
▼輸入飼料高に直接影響を受ける日本人の“主菜”

 日本の農家は現在194万経営体(06年)。これまでは消費者の米離れが進む中で、米作農家の生き残りに焦点があたってきた。しかし、飼料高の影響で、米作農家以上に、畜産農家に存亡の危機が訪れているといってよい。

 現在、カロリーベースで米の自給率は94%(06年、以下同じ)、野菜類は79%だが、肉類は67%と7割を切っている。さらに家畜のエサの多くは輸入品を中心とした配合飼料であり、国産のエサで育てられた肉に限ると肉類の自給率は16%しかない。総戸数が減った分、規模拡大を進めてなんとか生産量を維持してきた日本の畜産だが、今後さらに輸入のエサが高騰し、畜産農家が減れば、肉の自給率はさらに落ち込むことになるだろう。

 畜産農家がこれ以上減少するとなると、国産の肉類はさらに減り、外国産の輸入肉の比率がより高まることになる。自給率低下で食の安全が不安視される昨今だが、いまもっとも早急に食べ方を見直すべき重要な品目は、畜産物になるのではないか。日本の食卓は、ご飯やパンなど「主食」、肉・魚や大豆などのたんぱく源となる「主菜」、ビタミンや食物繊維などをとる野菜をメーンにした「副菜」で成り立つ献立が基本になっている。

 健康な生活を送る土台となる「主食・主菜・副菜」のそろった食生活のうち、もっとも国内供給が不安定なのが、主菜の肉類ともいえる。前述のように主食の場合は米が9割自給できているし、副菜の主材料である野菜は、8割をまかなえている。もちろんこの割合は低下を続けており、米離れに歯止めをかけ、旬の国産野菜を摂ることは重要なことだが、それ以上に大切なのは安全な主菜の材料を国内で保つことではないかと思う。

 主菜とは、肉類・卵類だけでなく、魚類・豆類をメーンにしたたんぱく源となるおかずのことであり、肉類や卵の自給率が低下しても他の品目からたんぱく質を取ることはできる。しかし、魚でも自給率は59%、大豆は5%とたいへん低い。これらの食材について、できるだけ多くの消費者が食べ方を変え、国内農家の生産物を選んで買うことを求めたい。

 肉類は、できれば食べるエサにも注目して選んでほしい。牛肉であれば国産の稲などをメーンのエサにしたものや放牧して草を食べたもの、豚肉は、放牧させたものやうどん・菓子など地域の食品工場の残さを積極的に食べさせたもの、鶏肉や卵は、平飼いで草の芽などを食べた健康な鶏のものがある。輸入飼料から脱却しようと努力する農家の肉類を積極的に選んでほしい。大豆製品はより選びやすく、納豆も豆腐も、パッケージに国産と表示してあるものを購入すればよい。

 こうした畜産物は、輸入肉等の一般価格と比べると2倍から4倍の高値になるものもある。納豆や豆腐も数割から倍近くになるものもある。しかし、これら安全な国産の肉類を日本の消費者がいま買って食べることを選ばなければ、農家は減り、これからは手に入れることさえもできなくなってしまうだろう。また、特に肉類は、育成中に穀物等を大量に消費する。消費者の中にはいま、栄養面から見て肉類を食べ過ぎている人も多い。たんぱく源としての肉類の消費量を見直し、大豆製品を増やす工夫も重要になってくる。

 英国をはじめEU内の主な国ではいま、牧草で育った牛への支持が広がっている。価格が多少高くても、牧草を食べて育つことで肉の安全性が増し、また、多くの穀物を消費しなくてすむことを、消費者が理解しているからだ。穀物高騰はもちろんEUの畜産農家にも及んでいるが、牧草育ちの家畜の場合、農家への打撃は少なくてすむ。エサが国際市場の動向に左右されない安定性は、持続可能(サスティーナブル)な畜産のあり方として、歓迎されている。

 この1年で多くの食品が値上げされ、4月以降は小麦の政府売り渡し価格が3割上がることで、パンやパスタなどを中心にさらなる値上げが必至と見られている。今年は多くの一般家庭で家計のあり方を見直す年になるだろう。見直す際には農家のためにも、そして消費者自身の安全で健康的な食卓のためにも、高くても国産の畜産物や豆類に目を向け、これらを購入する代わりに、外食を控えたり、食品以外の支出を抑えたりといった大きな見直しが進むことを願っている。


【参考情報】

○農林水産省 食糧自給率の部屋「平成18年 食料自給率レポートPDF」2008.2.27公表
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/report18/pdf/18report.pdf

○アメリカ大豆協会 「日本の食品大豆マーケット」大豆を原材料とする食品の内訳など
http://www.asajapan.org/food/foodbean/index.html

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○畜産ZOO鑑
http://zookan.lin.go.jp/kototen/index.html


○MediaSabor  2007/08/27
 「日本農業の危機、食料自給率低下の影響をモロに受けるのは都市生活者」
http://mediasabor.jp/2007/08/post_194.html


○そりゃおかしいゼ 「酪農は転換地点に立っている」2008/01/13
 食料自給率(飼料自給率を含め)は、国の独立権の放棄に直結する。
 地球温暖化、異常気象は食料生産の不安定をも、もたらす。これからは、
 安定的に安価に穀物を供給してくれる国などなくなる。
http://okaiken.blog.ocn.ne.jp/060607/2008/01/post_8ea2.html


○Reclaim the Earth !  2007/06/18
 「穀物の不足が、環境調和型農業を推進する。」
 もし、飼料が今のように輸入できなくなったら、我々の食生活は
 大きく変らざるをえません。焼肉なんか、そうそう食べれなくなります。
 バーベキューで焼くのは、野菜とおせんべいだけになるかもしれません。
http://www.leaps.jp/blog/archives/2007/06/18095241.php


○その日を摘め 映画「いのちの食べかた」 2008/01/13
 この映画は、「現代の食糧生産事情を多くの人に知って欲しい」という
 パンフレットにあったニコラウス・ゲイハルター監督の言葉そのまま、
 ただ見て、ただ知るだけのものだった。ただ光景という素材を提供する
 だけで、それをどう受け取るかは完全に見る側にゆだねていた。何も
 批判しないし、告発しない。どこまでもただの凝視する目であり続け
 ようとするカメラの視線が、安易な答えへと導くことなく、自分で
 考えろと突き放す厳しさと、受けとめ方はあなた次第だという寛容に
 満ちていた。
http://hanamote.com/blog/archives/2008/01/post_160.html


○東京漂流日記  映画「いのちの食べかた」 2007/11/26
 むしろ圧倒的に気になったのは家畜の食肉への加工や野菜の収穫に
 携わっている人々の全くの無表情で労働する姿の方だった。
http://blog.goo.ne.jp/kuroneko_2007/e/c0d22e6280218ce78823fdf24e289823


○OUR DAILY BREAD (いのちの食べかた)予告編 YouTube映像 02:01
http://jp.youtube.com/watch?v=EmZk-Lwl2Uk


○叡智の禁書図書館<情報と書評>
 「世界屠畜紀行」内澤旬子 解放出版社 2007/04/02
 日本における状況についても説明があり、都内や一部の地域では
 それらの仕事をしている人が公務員なのを初めて知りました。と同時に
 非常に厳しい管理と膨大な手間がかけられていることも知りました。
 BSE対策と口では言うものの、こんなに大変だとは・・・。本当に
 大変そう。同時に輸入肉では、やっぱりここまでの衛生・安全管理って
 難しそうな気がしてなりません。
http://library666.seesaa.net/article/37506976.html


○遠藤哲夫  ザ大衆食つまみぐい 『世界屠畜紀行』内澤旬子  2007/02/16
http://enmeshi.way-nifty.com/meshi/2007/02/post_f6fc.html

 

 


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「世界屠畜紀行」内澤旬子 解放出版社 2008年03月16日 19:32
かなり特殊な本と言えるだろう。著者が関連するテーマを本で調べようとしてなかなか本が見つからなかっ...