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映画に描かれる激動のミャンマー 『ビルマ、パゴダの影で』

 映画監督の市川崑さんが2月13日、92歳で大往生を遂げた。竹山道雄の文芸小説『ビルマの竪琴』は、市川監督によって1956年と1985年に2回映画化されている。その舞台ビルマ(ミャンマー)では昨年、燃料費高騰に対する抗議活動が武力弾圧されて多くの死傷者が出て、報道カメラマンの長井健司さんが銃弾に倒れたことは記憶に新しい。今年はミャンマーを題材とした映画が、日本でも公開予定されている。

 スイス人の女性監督アイリーヌ・マーティーによる記録映画『ビルマ、パゴダの影で』は、衝撃的な作品だ。軍事政権による人権弾圧を告発するため、国境地帯に暮らすカレン族やシャン族など、少数民族たちの証言を集めている。ミャンマー政府から取材許可が出ないため、取材過程で観光用番組の撮影と偽り、弾圧された人たちの間に潜入取材した力作である。



 ミャンマーは8つの部族、計135にも及ぶ民族が暮らす多様な国家だ。宗教としては仏教徒がおよそ9割を占める、事実上の仏教国である。パゴダと呼ばれる仏塔が各地にあり、年間40万人前後の外国人が訪れている。こうした観光立国の華やかな要素の一方で、軍事政権によって深刻な人権侵害が行われていることを、この映画『ビルマ、パゴダの影で』の中で告発している。

 反政府武装組織で活動する民兵たち。建設工事や荷物運びなどの労働を強いられ、命からがら逃げて来た人たち。目の前で政府軍に親を殺され、国境を越えてタイの難民キャンプで暮らす孤児たち。映画の中では計20人以上のカレン族やシャン族などの人たちが、自らのつらい体験を話す場面が続く。彼らの多くは淡々と語っているが、ビルマ族を中心とした軍事政権に対する憎しみが、心の奥底から溢れてくるようだ。

 軍事政権に弾圧された少数民族という構図はわかりやすい反面、この現状を大局的かつ客観的に取り上げているかという点に疑問が残る。映画制作者が取材対象の人たちを思うあまりか、彼らの代弁者のようになっている傾向が見られる。ところで彼らはなぜ、軍事政権に迫害されているのか。

 現在の統計で約7割を占めるビルマ族と、その10分1程度の少数民族カレン族。この両者の反目は、英植民地時代の負の遺産と言えよう。19世紀に3度に渡る英緬戦争で破れたビルマ王朝は、1886年に英領インドとして植民地政府に併合された。イギリスは19世紀中頃から山岳地帯に宣教師を送り込み、カレン族などをキリスト教に改宗させてきた。そして植民地政府の官吏や兵士の上級職にキリスト教徒のカレン族を登用し、大多数の仏教徒やビルマ族を統治させた。このような植民地時代の支配構造が、現在まで民族対立の尾を引いている。

 またカレン族が強制労働に駆り出され、移住させられて難民化したのは、ヤナダパイプラインの敷設に伴うケースが多い。海上のヤナダガス田から隣国タイへ、天然ガスを送るパイプラインの建設が1990年代に行われた。この建設には米国のユノカル(現シェプロン)、イギリスのプレミア、フランスのトタルといった大手エネルギー会社が投資をしている。つまり軍事政権による人権侵害は、その共犯に欧米企業が存在するということだ。しかし映画の中では残念ながら、英植民地時代からの民族対立やパイプライン建設に関する解説はなく、欧米諸国にも責任があるという点はあまり触れていない。

 この映画の中では、アウン・サン・スー・チーのことも紹介している。反政府武装組織の兵士が「彼女を支持しています」と語る場面もあるが、外国のメディアが取り上げる割には、ミャンマーの人たちの支持は限定的である。スー・チー氏はインドやイギリスでの生活が長くてビルマ語が流暢でなく、夫もイギリス人だったことから、外国人に対して警戒心が強い一般のミャンマー国民にはあまり支持されていない。政治の実務経験がないスー・チー氏が仮に民主化を急激に進めると、各地で少数民族が武装蜂起して内戦に陥る危険性がある。そういった意味で、ミャンマーの軍政支配は必要悪であると言えよう。

 現在ハリウッドでは、アウン・サン・スー・チーの伝記映画制作が進められている。スー・チー氏と面会したこともある在米の日本人プロデューサー岡本直文が企画を立て、ジュゼッペ・トルナトーレ監督によって制作される予定だ。またミャンマーを題材としたアクション映画『ランボー、最後の戦場』が、今年5月から日本でも公開される。しかしこれらの映画はいずれも、欧米など諸外国に都合良く解釈されてしまう恐れがある。

 

【関連情報】

○映画『ビルマ、パゴダの影で』公式サイト
 3月15日より、東京渋谷アップリンクXにてロードショー。
http://www.uplink.co.jp/burma

○webDICE 骰子の眼「ビルマ少数民族への弾圧の真実」
 アイリーヌ・マーティー監督、今年2月に来日時のインタビュー記事。
http://www.webdice.jp/dice/detail/20

○むじな@台湾よろず批評ブログ
 ビルマ「民主化」「軍政」「制裁」をめぐる疑問 2007/10/18
http://blog.goo.ne.jp/mujinatw/e/fe1826a9d84894eb2f972e611f6f8275

○Democracy Now日本版ニュース 2007/10/12
 「石油大手シェブロンはビルマ軍事政権との関係解消を」
 パイプライン建設に投資した米国の大手石油会社が、ミャンマー軍を警備に付けて
 操業することに非難。
http://democracynow.jp/stream/071012-2

○人類猫化計画「ミャンマーの天然ガス利権」 2007/10/09
 ミャンマー情勢を読み解くには、軍事政権と民主化勢力の対立という構図だけでなく、
 少数民族問題や天然資源をめぐる多国籍企業の利権についても見ていく必要がある。
http://tekcat.blog21.fc2.com/blog-entry-434.html

○田中宇の国際ニュース解説 
  「イラク化しかねないミャンマー」 2007/10/23
http://www.tanakanews.com/071023myanmar.htm

○田中宇の国際ニュース解説 
  「中国の傘下に入るミャンマー」  2007/10/25
http://www.tanakanews.com/071025myanmar.htm

○外務省:各国情勢 ミャンマー連邦
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/myanmar/index.html

○JETRO:海外のビジネス情報 ミャンマー
http://www.jetro.go.jp/biz/world/asia/mm

○チェリー・ミャンマー語教室
 ミャンマーの歴史や文化に関して、詳しく紹介してある。「ビルマ」と
  「ミャンマー」の違いについても解説。
http://www.awave.or.jp/home/town/cherry


▼関連映画

○Variety Japanニュース 2008/02/13
  「市川崑監督死去 『ビルマの竪琴』『犬神家の一族』名作の数々残し…」
http://www.varietyjapan.com/news/movie/u3eqp3000002vcu1.html

○goo映画 『ビルマの竪琴』
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD17613/index.html

○「ミャンマー軍による長井さん殺害に抗議する会」のブログ
  1956年版映画「ビルマの竪琴」と長井さん  2008/03/11
http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/e/0ece28698424978a32c05303492352cd

○映画『ランボー、最後の戦場』公式サイト
 5月24日より、全国東宝洋画系にてロードショー。設定上はミャンマー軍に
 誘拐された宣教師らを救出する内容になっているが、あくまでもアクション
 中心の紋切り型ハリウッド映画である。
http://rambo.gyao.jp

○goo映画ニュース 2008/02/18
  「『ランボー4』がミャンマーでひそかな人気=軍事政権と戦う姿に拍手喝采」
http://movie.goo.ne.jp/contents/news/NFJjiji-AFP016552/index.html

○Variety Japanニュース 2008/01/16
 「日本人がプロデュース、トルナトーレ監督がアウン・サン・スー・チーの
 半生を映画化」
http://www.varietyjapan.com/news/movie/u3eqp30000027x1c.html

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○WIRED VISION /『Facebook』で、ミャンマー抗議デモが世界に展開 2007/10/05
http://wiredvision.jp/news/200710/2007100523.html

○シバレイのblog  2007/09/28
 「長井さんの犠牲を無駄にしないために」
 実は、こうした事は、途上国での紛争地取材では充分起こりうることなのである。
http://reishiva.exblog.jp/7506506/

○ビルマを勝手に応援する会(ビルマ勝手連) Change-Burma
 「ビルマ─パコダの影で」 感想 (1) 2008/02/15
 ドキュメンタリー『ビルマ、パゴタの影』をみました。
 その後、監督とビルマ近代史の根本教授、日本で難民申請を受けたカレン族の
 女性を交えてのトーク。アイリーヌ・マーティー監督は、長い髪のとても
 チャーミングな女性でした。大変なご苦労があったはずなのに、笑顔で
 撮影状況を説明、難民の方たちとの信頼関係を築きながら、長い年月を
 かけてこの映画を完成させた監督に畏敬の念を抱きました。
http://d.hatena.ne.jp/burma/20080215/1203052763

○映画「ビルマ、パゴダの影で」コミュニティを開設いたしました 2008/03/10
http://www.news2u.net/NRR200828751.html

 

 


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