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「ドクター・ホラー」の身柄を拘束 インドの違法臓器売買

ここ1ヶ月の間、インドでは、アミット・クマールという医者による腎臓の違法売買事件が連日、新聞の紙面を賑わした。「ドクター・ホラー」「キドニー・ドン」などという異名で呼ばれる事となったこの医師の犯行が発覚したのは、ある一人の貧しい日雇い労働者が通告したためである。



アミット・クマール医師の顧客は、ほとんどが海外先進国や欧米の患者、もしくはNRI(海外在住インド人)であった。通常は医療目的でインドに来る場合には、医療ビザを申請するものだが、アミット・クマールの顧客達は観光ビザでインド入りしていた。そして、彼の用意するゲストハウスに宿泊しながら、腎臓の移植を受けていたのである。

だが、特に「ドクター・ホラー」という異名を得るもととなったのは、彼の腎臓の調達の仕方にあった。被害にあった“腎臓提供者”の多くが日雇い労働者であった。彼らがその日の仕事を求めて集まっている場所に行き、「いい仕事がある。一日100ルピー(300円程度)で、1ヶ月間の仕事だ」などと持ちかける。そして、人目のつかない森の中にある“ラボ”に連れて行く。

その時点でも、連れてこられた者達には、詳しい“仕事内容”はまだ明かされない。怪しんでしつこく質問したりしようものならば、殴る蹴るの暴行などを加え、脅されたということだ。詳しい仕事内容も明かされないまま連れてこられた者は、ある日、注射を打たれ意識を失うこととなる。そして次に彼らが意識を戻した時には、背中に走る激痛とともに、殺風景な部屋の簡素なベッドの上で、自分が腎臓をひとつ失ったことを告げられるのだ。最初に仕事を持ちかける時に、多額すぎず、報酬としてはやや高い程度の額を持ちかける事も、怪しまれずに“獲物”を捕まえる手立てのひとつだったらしい。

犯行が発覚したあとも、アミット・クマール医師は逃亡を図って姿をくらましていたが、2月の7日に逃亡先のネパールで宿泊していたホテルの従業員に気づかれ、身柄を拘束された。そして、彼がインド国内やネパールの貧しい村人から、ニセの宣誓書をもとに、15万円程度で腎臓を買い取り、それを10倍以上の値段で、彼のもとを訪れる裕福な患者に売っていたことなども明らかになった。多額のワイロや、時には警察に女性をあてがうなどの方法もとっていたようである。こうして、今までの9年間で500件以上もの違法売買をしてきたのである。場所によっては、村人の十数パーセントの人が腎臓を売ってしまった村もあるということだ。

驚くべき事に、彼が逮捕されたのは、これが初めてではない。1994年にムンバイで逮捕されたのを皮切りに、少なくともこれまでに4回、違法臓器売買がらみで逮捕されており、1年間の刑務所暮らしまで経験ずみである。法の目をかいくぐり、サントーシュ・ラウト、アミット・チャウドリー、アミット・プルショッタム、ラジェーシュ・ラウトなどと、その都度名前を変えては別人に成りすまし、他州及び、彼がカナダに所有する家を行き来しながら、同様の犯行を繰り返して、億万の大金を作り出していたのである。

彼の、これまでに使った「法の抜け穴」の代表的なものは、以下である。

  ・1994年までは、臓器移植は合法であったため、彼はインド刑法により、
   せいぜい「詐欺罪」で罰せられる可能性がある程度だった(現在、インドに
   おける臓器移植は、「親族間のみ」合法である)。

  ・1994年のTransplantation of Human Organs Act (THOA)では、保釈あり
   で最大刑期7年であり、親族間の移植でなくとも合法であった。

  ・臓器を提供したものも罰せられる可能性がある

  ・法は国が制定しているものの、健康機関は州に属しており、州はその法規を
   固く守るほどの義務がない。

  ・州によっては、医療倫理が異常に乏しく、取締りが非常にゆるい


警察は「彼は、法の抜け穴を熟知したしぶとい連続違反者だ。今回も最高の弁護士を雇って裁判を長引かせながら、同様のビジネスを続けるに違いない。有罪が確定するには何年もかかるだろう」と述べている。

インドでは、常に臓器売買が社会問題のひとつとなっており、合法化が最短の解決策と叫ぶ声もある。だがそれは別として、アミット・クマール医師はついに、しでかした大罪を償う目になるだろう、というのが大方の意見である。少なくとも現在は、親族間以外の臓器移植は違法である。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○WIRED VISION 「3000ドルの腎臓が8万5000ドルになる理由」 2007/06/06
http://wiredvision.jp/news/200706/2007060621.html


○5号館のつぶやき 「フィリピンでの臓器売買合法化と日本」 2007/02/11
http://shinka3.exblog.jp/5507403


○Never Stop! 「腎臓も金で買う時代」  2007/02/02
http://camella.blog.ocn.ne.jp/neverstop/2007/02/post_b08f.html


○*minx* [macska dot org in exile] 2007/07/31
 「臓器移植のために患者の死期を早めようとした医師」
http://d.hatena.ne.jp/macska/20070731/p1


○油小路ニュー中猫屋 2007/06/16
 「臓器提供意思表示カードと緩やかな自殺」
http://blog.goo.ne.jp/kyo-neko/e/00923ac0cdca77e552c48b2b074fe933


○見ろ!Zがゴミのようだ!  2008/02/26
 「詐欺という言葉で心臓移植募金の問題点が隠れてる」
http://d.hatena.ne.jp/torin/20080226/1204032087


○Voice of Stone 「#1432 臓器移植の違和感」 2006/10/13
http://stone.dialog.jp/voice/view/1432


○医学教育でのひとりごと 2007/09/10 
 「ドナー辞退禁止」文書、不適切 骨髄移植財団
http://nakaikeiji.livedoor.biz/archives/51064739.html


○大西 宏のマーケティング・エッセンス 2006/09/30
 「BBCが隠しカメラで撮った中国死刑囚の臓器売買現場と日本人ブローカー」
http://ohnishi.livedoor.biz/archives/50248543.html

 

 


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