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ニューロマーケティングは企業、広告業界の救世主となるのか ―脳ビジネスの最先端事情―

  • 米国在住モチベーション・コンサルタント&コーチ
  • 菊入 みゆき

消費者の脳のスキャンデータを活用し、より効果的な製品開発や広告の実現を図るニューロマーケティング(ニューラルマーケティング)。20世紀フォックスグループ、プロクター・アンド・ギャンブルなどの名だたる企業が、神経科学の知見をベースにしたこの新しいマーケティング手法を採用している。ニューロマーケティングは、これからのマーケティングの救世主となるのだろうか。

いったい、ニューロマーケティングとはなにか。

次のような手順が、広告にニューロマーケティングを用いる際の典型的な一例だ。まず、被験者をベッドに固定し、fMRI(機能的磁気共鳴映像機)の中に入れる。fMRIは、病院などの精密検査で体験した人もいるだろう。装置の中にいる被験者に広告画像を見せたり、CMソングやナレーションを聞かせたりし、脳がどのように反応するかを記録する。脳のどの分野が活発化するかを見て、被験者が何を感じているかを解析し、どのような広告が最も効果的かを判断するのだ。

いかにも科学の最先端という印象のこのプロセスに、企業の担当者たちは期待を寄せる。従来のフォーカスグループインタビューなどの調査手法よりも信頼できるのではないか、と。機材や手法の開発も、大学の研究者たちによって日進月歩の勢いで進み、脳ビジネスはいよいよ活況を呈している。

コストは決して安くない。fMRIは1台約300万ドルもする装置であり、20から30人の解析に5万ドル程度かかる。20世紀フォックスは12万ドルをかけ、ニューロマーケティングの手法で調査を行なった。テレビゲーム内の広告に消費者の脳波と眼球がどう反応するかを調べたのだ。広告の露出量が、あるレベルを越えると効果が薄れる、などの実践的な結果が得られたという。同社は今後、映画の予告編の効果測定などにも、ニューロマーケティングを使う予定だ。コストに見合う手法だと判断したのだろう。

ニューロマーケティングには、反対意見も少なからずある。「心の動きのような複雑なプロセスは、脳解析だけでは推し量れない」という精神医学者らの意見、そして、「以前からわかっている当たり前のことを、再確認しているに過ぎない」という実務家らの意見がある。さらに、「マインド・コントロールによって製品を売りつける会社」というマイナスイメージが広がる可能性を危惧する企業もある。多くの人にとって、いまだ心や脳は神聖な領域であり、頭の中を他人に読まれてしまうことへの不快や恐怖は根強くあるのだ。

しかし、そんな反対派の存在をよそに、技術開発は着々と進んでいる。
EEG(エレクトロセファログラム)という機種は、fMRIに比べると解析の詳細さでは劣るが、専用の眼鏡状の装置を頭に装着するだけ、という簡便さと、圧倒的にコストが安いという優位性を持つ。20から30人の解析にfMRIでは5万ドルかかると先述したが、EEGなら数百人を解析しても、その何分の1かのコストですむのだ。

簡便さに関しては、例えばソファでジャンプしている子どもにも装着させることができ、体の動きに関するデータも併せて解析できるという利点がある。もちろん、ビデオゲームをしている人の脳も解析できる。これは大きい。

MITの卒業生達によって設立されたサンフランシスコのエムセンス社は、EEGを採用している。顧客であるゲームソフト開発会社に対して、ゲームの爆発音はどのくらいの大きさがいいのか、血のりはどの程度の量が最も興奮を誘い、どこから嫌悪の情を誘発してしまうかなどの判断材料を提供する。「我々の検査装置を使えば、ユーザーがどの場面でどのくらい夢中になっているか、画面のどこをどのくらいの時間眺めているかを、客観的に測定することができる」とエムセンスの最高技術責任者ハンス・リー氏は言う。このデータをもとに、ユーザーをより興奮させ、より惹きつけるゲームソフトの開発ができるのだ。

インディアナ大学の情報科学の教授、ジェフリー・バーゼル博士は、日常生活でスキャンデータ取得ができる方法を検討する。バーゼル博士の持論は、「神経科学のデータは、それ単独では信頼に値しない」だ。バーゼル博士の研究チームは、ボストンのマーケティング会社と共同で、電気皮膚反応、血圧、眼球の動き、心拍数などの他のデータと、EEGのデータを比較する実験の準備中だ。

データ収集のために、チームのメンバーは、ふだん着用できるセンサーつきベストを作成している。今の調子で研究が進めば、早い段階で頭部に装着するスタイルのEEGは旧式のものとなり、身につけやすい装置が開発される。実際に街中を歩いているときなどの脳が、容易に解析できるようになり、より現実に即したデータが得られるようになるだろう。

ロンドンの神経科学者デイビッド・ルイス博士は、「神経科学はこの10年で、ライト兄弟からコンコルドへ、というくらいの飛躍的な進歩を遂げた。今後数年で起こる進歩はあなどれない」と言う。ルイス博士が共同出資するマインドラボは、最近、ボストンの販売会社の依頼を受け、ショッピング中の人の脳がバーゲン品を見つけたときにどのような反応を示すかを解析した。そのようなことも、すでに可能になっているわけだ。

3月5日のネイチャー誌に、ある人が今見ている画像がどれかを、80%以上の正解率で言い当てられる脳解析モデルの研究結果が発表された。カリフォルニア大学バークレー校の研究チームによる成果だ。将来は、見た夢をビジュアル化することも不可能でなくなるという。

ルイス博士の言うように、今後の脳ビジネスは、私たちの予想を超えるところまで進んでいきそうだ。ニューロマーケティングは、賛否両論の議論を巻き起こしつつ、私たちの日常生活に入り込み、脳の中で起こっていることをより正確に読み込むようになるのだろう。

神経科学の洗礼を受けたコマーシャル画像やコマーシャルソング、バーゲン品のディスプレイが、私たちの脳に直接働きかける。私たちは、その脳の指令を受け、買い物をしたり映画を見たりする。そんな未来がやってくるのかもしれない。


<参考記事>

BusinessWeek 2008/1/28 あなたはほんとうは何を買いたいのか
http://www.businessweek.com/technology/content/jan2008/tc20080127_697425.htm?chan=search

BusinessWeek 2007/10/3 あなたはほんとうはどう感じているか
http://www.businessweek.com/innovate/content/oct2007/id2007103_785421.htm

Wired News 2008/3/5 脳スキャナーが、あなたが今何を見ているか言い当てる
http://www.wired.com/science/discoveries/news/2008/03/mri_vision

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○むうむの気ままな雑記 2007/12/27 
 「ブレイン-マシン・インタフェース最前線(1)」
http://muumu.blog25.fc2.com/blog-entry-153.html


○★究極映像研究所★  2007/06/03
 『電脳コイル』探索<3> 脳-電脳インタフェース
  ブレイン-コンピュータ/マシン インタフェースBCI, BMI
http://bp.cocolog-nifty.com/bp/2007/06/coil_start_d9d9.html


○徒然のパンセ 「サイボーグと電脳空間」 2006/11/22
 コンピュータで接続された意識があるとすれば、複数の人間が、
 コンピュータを介して直接、脳内で会話・意思疎通、或いは
 情報交換が可能なことである。電脳空間の誕生である。
 これはまさにウイリアム・ギブソンが描いた、SFの世界である。
 よく知られているのはのSF映画「マトリックス」である。
http://www.field-style.com/archives/2006/11/post_47.html


○CareTaker's Log 「ロボットは世界を支配するか」 2006/04/25
http://blog.goo.ne.jp/d_deridex/e/56d7837ec453e60dbe013ad222b97b2f


○cyborg technology 4(YouTube映像 10:06)
http://jp.youtube.com/watch?v=HhedEWu6Y0c


○情報中毒者、あるいは活字中毒者、もしくは物語中毒者の弁明
 「1988年のGOROより、サイバーパンク特集 その1」 2008/02/06
 いとうせいこう「日本はサイバーパンクを超えた状況なんだ」
http://d.hatena.ne.jp/soorce/20080206/p1


○猫の浅吠え 「サイバーパンクな夜は更ける」2005/10/19
 科学はきっとどこまでも進歩するだろう。その輝かしい未来を描いた
 だけの作品もあるけれど、人が人足り得る限り、テーマはそれで終わらない。
 その未来は最終的に精神世界まで潜ってゆくのだろう。
http://blackline.blog6.fc2.com/blog-entry-66.html


○MOURA  クリエーターインタビュー(士郎正宗)、「攻殻機動隊」
http://moura.jp/frames/interview/030709/


○攻殻機動隊Ghost in the Shell-trailer(YouTube映像 01:34)
http://jp.youtube.com/watch?v=oP2Pt6m3yKU&feature=related


○はらやんの映画徒然草  2006/12/10
 「パプリカ」 パブリックとプライヴェートの境目がなくなったら・・・
 かつてはパブリックとプライヴェートの間には境界が存在していました。
 「そと」と「うち」というのがはっきりと分けられていました。
 けれでもテクノロジーの発達(なかでもインターネット等の情報技術)
 により、その境目は曖昧になってきています。
http://harayan.air-nifty.com/blog/2006/12/post_be32.html


○アブソリュート・エゴ・レビュー 「パプリカ」2007/09/12
 現実と幻想の境界が崩壊するというプロットは最近は多くて、小説、
 映画、アニメなどジャンルに限らずよく見かける。誰かの精神に
 ジャックインするなんてのもサイバーパンク以降ありがちなアイデア
 で、それ自体は別にたいしたものではない。だからといって本書を
 「ありがちな小説」と片付けてしまうのは器だけみて中身を見ない
 阿呆の仕業である。すべては「夢」のクオリティにある。どれぐらい
 読者に本物の「夢」を見せられるかが勝負であって、その点でこの
 小説のクオリティは恐ろしく高い。
http://blog.goo.ne.jp/ego_dance/e/5a03cbe16e24fad3d4fdfc091959d4e1


○パプリカ(アニメ映画) 予告編(YouTube映像 02:00)
http://jp.youtube.com/watch?v=yveN7tIWUZs


○好きな映画だけ見ていたい 
 「ザ・セル◆息をのむ耽美的映像世界」 2006/02/23
 心理学者のキャサリンは被害者を救う手がかりを求めて、特殊な装置を
 使い、犯人の意識の中へ入り込む。 この犯人スターガーの内面世界の
 映像がすばらしい。
http://blog.goo.ne.jp/masktopia/e/b1144e5a387d4e0ffcd7a36f14ca8d66


○“The Cell” Trailer(YouTube映像 02:18)
http://jp.youtube.com/watch?v=5sC3LisvAfY

 

 


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