Entry

アルバム単位から楽曲単位流通への変化を見据えた音楽ビジネスの未来

 先月、このスペースに書かせていただいた、デジタル配信時代の音楽への接し方の変化(http://mediasabor.jp/2008/02/ipoditunesiphone.html)についての考察を、もう少し続けてみたい。

 メディアサボール編集部につけていただいたリンクを辿ってもらってもわかるように、インターネットによる音楽配信で、音楽業界に大きな影響を与えかねないポイントのひとつは、それが曲単位での流通をベースとしたものということだ。

 携帯電話向けの「着うた」「着うたフル」の世界がまさにそれ。したがって先月も書いたように、「着うた」世代の若い音楽ファンが大人になり、さらにiPhoneのような、携帯電話と携帯音楽プレイヤーの垣根を越えるような新しいツールの上陸あたりが契機になって、日本でも「配信」される音楽カタログが一層充実するのではないかという「期待」はある。

 だが、「着うた」世代がアルバムという単位ではなく、ひたすら「曲」だけを追い求めることになった場合には、それが市場拡大の頭打ち要因になってしまう可能性もある。CDの製造コスト削減とうまく折り合うのかどうか…。

 もともと音楽を10曲前後収録されたアルバムという単位で購入させる、というビジネスモデルは、例えば洋楽においては60年代後半以降のものだが、アルバム単位での「メッセージ」を聞き手が読み取ろうとしていたロック幻想の「崩壊」、そして選曲の容易なCDというフォーマットの普及につれて、音楽ファンの興味はアルバムから曲単位へと再び移りつつあったのだ。90年代以降のDJブームなどもそういう傾向を加速した。

 また、90年代以降のJポップにおけるミリオン・セラーの連発の背景には、本来は曲単位だったかもしれない購入動機が、直径12センチという大きさのCDの扱いやすさ、手軽さによってアルバム単位のものへと「拡張」されたものだったという面がないとは言えない。さらには、CDの収録時間の長さを「活かし」、アルバムに曲を目一杯詰め込む制作手法が一般化したことで、ユーザーが逆に戸惑い、「アルバム」への愛着が少しずつ薄れてきていたという皮肉な状況もあった。こうした流れの上でネット音楽配信が普及していくとどうなるか?

 それともうひとつ。音楽配信が一般化すると、現在のようなパッケージ中心のビジネスだからこそ成り立っている「カタログ商品」の再販売のビジネスモデルがそのまま通用しなくなる可能性も高い。つまり、リマスターを施したり、新たにボーナス・トラックが発掘されたりしたからといって、基本的には同じ楽曲によって成り立っているそのアルバムを、何度も一から購入させることの必然性が薄れてくるのではないか、ということだ。

 音楽配信ではデジタルデータの形で販売することになる以上、コンピュータ・ソフト等の世界では当り前になっているヴァージョン・アップ・サーヴィス的な販売方法を求める声が出てきてもおかしくないだろう。元のアルバムのデータがハードディスク上に確認できれば、アルバム一枚分よりは安い対価でボーナス・トラックだけをダウンロードできたり、リマスター音源のための「差分データ」がダウンロード可能になったり、といったサーヴィスだ。

 一方、ユーザーの側から見て、もう少し積極的なメリットが生じる可能性がある。現在は音楽配信で購入できるのは、mp3やaacなどの圧縮音源で、通常売られているCDよりも、スペック的には落ちる音楽データとなっているが、今後はどうなるであろうか? 

 現在のCDのフォーマットは16ビット/44.1kHzで2チャンネルというものだが、例えば、僕がアナログLPの音をデジタル化してiPodに取り込むために購入した、2万円前後のUSBオーディオ・インターフェイス(アナログ信号をデジタル化して、パソコンのUSBインターフェイスに送りこむための機器)では、USBを経由して24ビット/96kHzという、CDを超えるスペックの音楽データを扱うことが可能だったりする。また、すでに同様の24ビット/96kHzでの録音が可能なPCMレコーダーも数社から販売されている。

 これらのことは何を意味するか? つまり、現在はCDとCDプレイヤーを中心とするオーディオ機器という存在が制約となって16ビット/44.1kHzという現在主流の音楽データのスペックが規定されているわけだが(SACDやDVDオーディオというポストCD的なハイ・スペックなフォーマットも存在しているが、残念ながら思うようには普及していない)、配信による音楽データをコンピュータで聞くというような環境が一般的になっていった場合、CDやCDプレイヤーによる制約は意味をなさなくなってくる。

 通信環境が今以上に進化し、音楽の制作現場がそれに対応できれば、という条件付きではあるが、将来的には現在のCD以上のハイ・スペックで(そして需要があれば、3チャンネル以上の多チャンネルの形で)音楽データが普通にユーザーに提供されるようになる可能性があるということなのだ。現在でも、例えば自分たちのバンドのライヴを24ビットの高音質でPCM録音し、それをそのスペックのままコンピュータで聞く、というようなことは可能だ。

 僕自身は、今でもアナログLPやCDというパッケージにまだまだ固執したい気持ちは強くあるが、一方でiPodのハードディスクの中で音楽ライブラリーを「整理」していく心地好さのようなものが自分の中で次第に大きくなっていることも同時に感じている。

 しかし、今はまだそれほど言われていないが、今後は、エコの観点からも、プラスティックや紙資源を消費しないデータによる音楽配信へ、という流れは止められなくなっていくだろうと思う。そんな中でも、パッケージによる音楽販売が少しでも長く続けられることを祈りつつ、将来の音楽との付き合い方について今後もいろいろと考えをめぐらせていくつもりだ。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○縁の下の目立ちたがり屋 2008/02/28
 「iTunes Storeの台頭と、日本の音楽市場の高年齢化?」
 iTunesはこれまでに40億曲以上を販売しましたが、2007年のクリスマスの
 日には、その日だけで2,000万曲という驚異的な数の楽曲を販売しました。
 クリスマスソングをプレゼントするというカタチでの販売がされたから
 なのかと思うのですが、単純に1曲100円と計算すると一日で20億円の
 売上となるわけです。
http://decchy.com/2008/02/itunes-store.html


○日経トレンディネット 2008/02/27
 「ますます絶好調!iTunes Storeが音楽小売全米第2位に」
http://blog.nikkeibp.co.jp/arena/ipod/archives/2008/02/itunes_store_4.html


○憂鬱天国 -my blue heaven- 「ターン Turn」  2007/10/02
 いよいよというか、満を持してというか
 「米アマゾン、コピー制限なし200万曲のネット配信を開始」
 らしいです。iTunes storeの対抗馬、やっと登場というところでしょうか。
 これをきっかけにアメリカの音楽市場が激変しそうな気がします。
 キーワードは「DRMフリー」と「携帯電話」かな。
http://ruki.air-nifty.com/myblueheaven/2007/10/post_b85b.html


○音楽の未来を考えるブログ 「音楽配信比率が高いジャンルは?」 2007/08/23
 ニューズウィークによると、クラシックは同じ曲でもアレンジや演奏によって
 1つ1つが異なるため、非常にバリエーションが豊富らしく、それらをCDの
 ようなパッケージで在庫しておくのが難しいということで、音楽配信に向いて
 いるらしいです。つまり、曲そのものはバッハやベートーベンなど有名な曲
 でも、演奏やアレンジを含めると無数にバージョンが存在する「ロングテール」
 だということです。
http://inagawa.monstar-lab.com/archives/50390253.html


○☆m7☆Markのblog 2007/04/07
 「ついに来た!デジタル・コンテンツ革命はやはり音楽から」
 携帯の音楽ビジネスは、キャリアが指定した強固なDRMシステムによって
 支えられている。機種変更したら曲を買い直さなければならず、キャリア
 指定のDRMを使わなければ着うたとして設定できない。それでも売れる
 からPC音楽配信より値段は高い。いわば強固なDRMによるキャリアと
 レコード会社の蜜月が独特の世界を形成しているのだ。ところがDRMフリー
 の波が来れば、それはもう黒船だ。
http://m7blog.exblog.jp/5342993/

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/609