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東京の食料自給率1%、自立した農家育成に取り組むオーストラリアの自給率230%

<記事要約>

連邦政府の干ばつ救済措置が、非効率な農民を土地に繋ぎとめている。支給を止めるときだ――オーストラリア政府のトップの農業予測専門家が、そう宣言した。

過去20年間、オーストラリア農民の上位25%は一貫して10万豪ドル(約1,000万円)を超える年収を維持し、下層の25%は、いくばくかの収入を生みだそうと必死になってきた、とオーストラリア農業資源経済局(ABARE)のフィリップ・グライド局長は言う。

25年に1度やってくる干ばつで苦境に陥る農民を助けることを目的に設けられたEC(Exceptional Circumstances = 非常事態)の財政的支援は、これまでオーストラリアに役立ってきたが、気候変動を考慮に入れていないために、もはや満足のいくものではなくなってしまった。

連邦政府は、干ばつ救済のために農民に対し、23億豪ドル以上を直に給付している。

ケビン・ラッド首相は、困難に陥った農民に政府が背を向けるわけではないと強調し、継続した支援なしに気候変動を乗り切るために、農民が抵抗力を高めることを助ける必要があると話した。

2008/3/5 The Sydney Morning Heraldより


<解説>

1960年度に79%だった日本の食料自給率(カロリーベース)は、最新値で39%(2006年度)。都道府県別に見ると、東京1%、大阪2%、神奈川3%……と驚きを通り越して、慄然としてしまう。最近もてはやされている「地産地消」という言葉は、都市圏では「国産国消」という意味なのだろう。

史上最悪ともいわれるオーストラリアの干ばつを対岸の火事と思っている人も少なくないが、日本の食料総輸入の1割近くは、オーストラリア産のもの。日本国内で麺類に使用される種類の小麦は、約90%がオーストラリアで生産されている。この4月から、輸入小麦の製粉会社への政府販売価格は、30%引き上げられた。生産者と消費者の距離が遠い日本では、思いもかけぬ場所で起こった自然現象が、台所を直撃することもある。

そのオーストラリアの食料自給率は、230%。国内で生産された農産物の半分から3分の2が恒常的に輸出されているため、「自給率」という言葉自体、話題に上がることはない。食料の最大の輸出相手国は、今のところ日本で、全体の約17%を占めている。

今のところ、と書いたのは、中国が食料輸入を急増させているからだ。世界的な食料調達市場では、高値を付ける中国に、日本が買い負けするようになっている。オーストラリアが今もっとも注目しているのも、その中国マーケット。中国通で知られるラッド首相は、17日間に渡る就任後初の主要国歴訪で、中国に4日間滞在する一方で、日本には寄らない、として物議を醸した。

ただし、これまで日本がやってきたように、経済力にモノを言わせて、どの国にとっても生命線である食料を簡単に調達できる時代がこの先ずっと続くのかというと、とってもアヤシイ。

たとえ実感がなくても、地球上の食料の供給量は絶対的に不足している。価格が上昇しても、まだお金で買えるうちが花だ。すでに、穀物に関しては、ロシアなどの輸出国が相次いで輸出規制に踏みきっている。その目的は、国内の供給確保や価格上昇の抑制。食料に限らないけれど、「買ってやっている」という横柄な考えは、そろそろ引っ込めたほうがいい。

さて、話を記事に戻すと、オーストラリアの農業政策には、周期的な干ばつは織り込み済みだった。EC(Exceptional Circumstances = 非常事態)はあくまで、特にひどい「例外的環境」において適応され、福祉的な意味合いを持つ手当の支給や金利の助成を行ってきた。認定地域とされるには、「20から25年に一度しか発生しないような稀な原因による重大な事態」「通常のリスク管理の領域を超えている」といった条件を満たす必要があり、州政府が申請して、連邦政府が審査を行う仕組みになっている。地球温暖化のせいなのか、オーストラリアは過去5年間で3回の深刻な干ばつに見舞われた。

OECDの報告書(Agricultural Policies in OECD Countries: Monitoring and Evaluation 2007)によると、政府による農業への助成率(農家総収入に占める割合)は、加盟国中オーストラリアが2番目に少なく、わずか5%。日本はその10倍以上の55%となっている。

むろん、両国の農業を取り巻く環境は大きく異なる。けれど、日本の農民が自分の足で立つことはムリなのだろうか?

70年代台初頭のオーストラリア政府による助成率は約30%で、現在のOECD加盟国平均の助成率(27%)よりも高かった。「自立した農家の育成」という野心的なビジョンを掲げて導入した変革は、決してたやすくはなかっただろうと思う。

オーストラリアの農業政策は、1970から80年代に大きな方向転換がなされ、政府の介入による保護的な色合いから、農民の自立を促すスタイルに生まれ変わった。現在は、農民の技術力や生産性の向上を支援する技術指導や能力開発、情報提供、研究開発支援のほか、リスク管理や資源管理、人的管理やマーケティングなど経営に関する教育や訓練の機会を提供することにも力を入れており、より高い競争力を持つ農民による持続可能な農業の振興に取り組んでいる。

プログラムや制度は、やりっぱなしではなく、定期的に成果の測定や実績の評価が行われ、軌道修正や新たな計画を導入することで、市場や環境の変化に対応している。今回のEC見直しのように、当の農業関係者が、競争力の弱い農家を温存することは、農業全体あるいは国のためにならない、と未来を見据えた率直な意見を述べることもある。

オーストラリアは、沿岸部を除いて、そのほとんどが乾燥地帯、または半乾燥地帯で、そうでない地域も常に水源確保の問題と戦ってきた。灌漑と隣り合わせの塩害の問題も深刻化する一方だ。多彩な食材を生産しうる広い国土があるとはいえ、農地に向いた土壌は限られていて、決して条件面で恵まれているわけではない。農家の95%は家族経営で成り立っていて、ほかの先進国同様に、農民の高齢化や農村コミュニティの維持といった問題も抱えている。

日本との大きな違いは、都市部の住人も危機感を持って「持続可能な農業」の重要性を認識し、国民一人ひとりの問題と捉えて、関心を払っていることなのかもしれない。そこにあるのは、パートナー意識だ。

外国から安価に買えるからと、海外に依存し、農業をお荷物扱いしてきた日本は、そろそろそのツケを払う時期にさしかかっているのではないだろうか? 中国産冷凍ギョウザ問題は、「安くて手軽」を最優先してきた日本の消費者に、国内農業の空洞化というすこぶる現実的な問題を突きつけた。方向転換するなら、今しかないと思う。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○MediaSabor  2008/03/12
 「飼料高騰で日本の畜産農家は存亡危機に。消費者は“主菜”の中身を見直そう」
http://mediasabor.jp/2008/03/post_340.html


○内橋克人 「広がる穀物輸出規制」 2008/3/4
 世界の食料事情が急変している。ダイズ、トウモロコシ、小麦など
 外国への輸出を制限・規制する国が増えてきた。
 インドは昨年の10月に一部高級米を除いて米、小麦の輸出禁止。
 ベトナムは昨年7月以降新たな米の輸出契約を禁止。
 ロシアは昨年11月から大幅な輸出税を導入、小麦の10%、大麦の30%。
 アルゼンチンは昨年3月小麦の輸出登録を停止。
 中国は今年1月からダイズ、トウモロコシ、ソバの輸出抑制措置を導入
http://business10.blog96.fc2.com/blog-entry-6.html


○COCCOLITH EARTH WATCH REPORT  2007/03/25
 「変わりつつある食糧大国オーストラリアの輸出戦略と日本の食糧安全保障」
 オーストラリアは、1970年代からかつての主要な輸出相手国だった
 イギリスがEU諸国依存へ傾斜した結果、アジア諸国、中でも日本を
 主要輸出相手国としてきました。日本人の細かい好みに合わせた
 うどん用小麦の品種改良が進められ、讃岐うどんの原料小麦は98%が
 オーストラリア産だそうです。
http://blog.goo.ne.jp/coccolith/e/0feda6acee7cdae6e0cff6c6a6e2a03c


○連山 高橋祐助「食糧自給率」2007/09/23
 私が日本の農業に提起したいのは、「世界市場で競争できる農業」
 ではなく、「シーレーンが封鎖されても生き延びる農業」です。そこで、
 いかに自立可能な農業、持続可能な農業を模索していくかという
 立場から、いささか考えを巡らせてみたいと思います。
http://www.teamrenzan.com/archives/readers/takahashi/post_343.html


○Hiroの独り言情報データーベース 「世界で穀物価格高騰」2007/12/20
 FT紙によると、ハンブルグの油料種子コンサルタント・オイルワールド
 のアナリストは、”農産物の利用が抑制されるか、理想的な天候条件と
 作物収量の急増が実現されるのでないかぎり、2008年には世界は食料危機に
 近づく”と言う。
http://www.b.lacafe.in/blog.cgi?n=924&category=life


○野菜日記(農健クラブ)「2007市場流通2」2007/11/27
 欧州などで魚(刺身)が食されるようになってきており、ユーロに
 対して弱い円では、魚の買付で買い負けが起きています。そうなると
 お金の力で輸入に頼ってきた日本は、ますます厳しい状況へ
 おいこまれることになります。そうならない為にもお金の力ではなく、
 なんらかの技術などの提供と引き換えに輸入を有利に働きかける細工が
 必要となります。
http://oisi-yasai.jugem.jp/?eid=529


○御鏡壱眞右往左往 「これは現実だ」2007/11/08
 輸出規制を敷いた7カ国の多くは、国際市場で主要な貿易国。
 輸出国としての供給責任を放棄し、日本などの輸入国に打撃を
 転嫁した形だ。こうした禁輸措置は道義的には「けしからん」と
 いえても、国際法上、責任を追求するのは難しい。
http://blog.goo.ne.jp/y0sin01/e/09dfe2af3f54b4e4093198a499d83361


○持続可能な社会と金融CSR
 「スペイン、過去40年で最悪の干ばつ」  2008/04/04
http://csrfinance.cocolog-nifty.com/mirai/2008/04/40_3415.html


○GreenPost -Heuristic Life  2008/03/20
 「国連水の日」、乾く地球が求める水不足解決策
http://greenpost.jugem.cc/?eid=1254

 

 


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