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かの国では「ダライ・ラマ14世」は、ネット接続遮断対象の禁止ワード

「金盾(きんじゅん)」。その名も、金の盾。今年完成予定だという、中国の巨大インターネット検閲システムである。

すでに、検閲の対象となっている語彙、フレーズをもとにWEBサーバへの接続遮断を行っている。いずれは、IPアドレスから履歴を調べ上げ、ユーザーの政治的傾向までも把握できるようになる予定だそうだ。また、検閲に引っかかり、サーバへのアクセスが遮断された場合にも、一般的な接続エラー告知ページを表示することにより、ユーザー側にはアクセスコントロールに気づかれないようになっているとのこと。

そしてすでに、この金盾の検閲対象になっている語彙に、「チベット独立」「チベット動乱」、「ダライ・ラマ14世」が含まれているのである。

また、中国には、ダライ・ラマ14世やチベットに関連する書籍なども持ち込み禁止である。

それから、あのブラピ(ブラッド・ピット)は中国に入国を禁じられているのをご存知だろうか? オーストリア人登山家で、まだ若かったダライ・ラマ(11歳)の家庭教師を努めたハインリヒ・ハラーとダライ・ラマとの交流を描いた映画「セブンイヤーズ・イン・チベット」に出演したという理由によるものである。

ハインリヒ・ハラーが「セブンイヤーズ・イン・チベット(映画の原書)」(1953)等の本を書いたことで、チベットに関する知名度が西洋を中心に世界的に上がったのだが、もちろんハインリヒ・ハラーも中国立ち入り禁止者のひとりであった。ちなみに、ハラーとダライ・ラマ14世の友情はその後もずっと続き、ハラーが1992年に、故郷に建てたハラー・ミュージアムのオープンテープカットをしたのもダライ・ラマ14世である。ミュージアムではチベットについて多くの貴重な展示、紹介を行っており、中国によるラサの商業化と伝統の破壊を悼むハラーによって「ほぼ消え去ってしまった巡礼地ラサ(the mostly vanished pilgrims’ circuit of Lhasa)」のレプリカも置かれている。

だが、検閲システムによる思想統制や情報コントロールをいくら中国国内で行っても、国際的な世論を騙すことはできないであろうに、今後、中国はどう対処していくのであろうか。国際政治というものが、そんなに単純な話ではないとしても、疑問である。

今回の一連のチベット暴動でも、以前より囁かれていた中国のチベットに対するやり方への国際的な批判は高まるばかりであるが、それでもなおも中国側は、ダライ・ラマ14世を「ダライ」と呼び捨てている。そして、チベット亡命政府のあるインドのダラムシャラーを訪れた米国下院議員のナンシー・ペロシ氏とダライ・ラマ14世の先日の会談で、ペロシ氏が中国のチベットに対する“迫害”に強い抗議の姿勢を見せたあとにも、在印中国大使が「いかなる国、いかなる団体、いかなる人物であろうとも、中国の内政干渉をすることは許さない。チベット問題は中国内部の問題である。中国に問題が起きるような、いかなる試みも失敗すると運命付けられている」と述べている。

これまで、中国がどのようにチベットを扱い、どのような苦境をチベット人に与えてきたかは、ここでは割愛するが、亡命後のダライ・ラマ14世が、せめて最低限の自治権や文化を守るためにあえて温和な妥協策をとり、やがて独立要求を取り下げ、ここ数年は「チベットの独立は経済的地理的に非現実的であり、チベットは中国の一部である」と述べるまでに至っているにもかかわらず、中国は「暴動はダライの扇動による策謀だ」と決め付けている。

チベット亡命政府のあるインドには、チベット難民(亡命チベット人とその子孫)が、亡命政府のおかれているヒマーチャルプラデーシュ州や南インドのマイソール近郊を中心に世界最多の10万人以上いると言われている。

また、亡命チベット人とは違うのだが、J&K州ラダック地方とヒマーチャルプラデーシュ州奥のスピティというエリアには、今となってはチベット本土よりも、チベット本来の文化や生活習慣が残り、そしてチベット仏教のゴンパ(僧院)や貴重な経典が保存されていると言われている。特にラダックは、「小チベット」と称されているほどだ。また、ネパールと隣接したシッキム州にも、見事なゴンパが数多くあり、たくさんのチベット僧侶がそこで学び、伝統文化と宗教を守り、暮らしている。

これら地域に行くと、そこでいかにチベット文化がしっかりと根付き、人々の心が今もチベットの心であるかがよくわかる。というのも、いたるところにチョルテン(仏塔)があり、タルチョ(5色の旗)がはためき、寺院が大切に扱われ、現役で使われている。そして、レストランやホテルのロビーには決まって、本土ラサにあるポタラ宮殿の特大の写真とダライ・ラマ14世の写真が飾られているのである。

1000年以上前からチベット文化の根付いていたインドのヒマラヤ辺境に、チベットの文化が本土よりもよい状態で保存されている要因は、1950年から始まった中国のチベット侵略以前に、すでにこれらエリアがインドの領土として併合済みであったため、中国による弾圧と破壊から逃れたからであった。

その反面、チベット本土は急速に中国化が進んでいる。2002年の時点では、チベット自治区内はチベット族91%、漢民族6%の人口比であったが、現在は、中国政府による故意の漢民族移民の結果、逆転して漢民族が多数を占めるほどになっているということだ。ハラーの言った「ほとんど消え去ってしまった巡礼地ラサ」の名の通り、本土でのチベット文化は消滅の危機にすらあるのだ。数十年後には、チベット語を解する人もいなくなるとまで言われている。また、本土のチベット人の新しい世代には、金盾等により、思想統制が行われていくのであろう。

インドの亡命チベット人はどうであろうか。こちらは、文化的な弾圧などは受けていないとはいえ、本土を知らない世代が増え、チベット人コミュニティに属しているとはいえ、インドで生まれ育った世代に交代しつつある。

本土には政府もなく、文化は消え去りつつあり、亡命政府のある場所では、本土を知らない世代の増加が進んでいるということだが、ダライ・ラマ14世がもう73歳という高齢だということを考えると、やはり、チベットにとっては、今こそが正念場であることが痛いほどにわかる。このような状態で、いったい、どこからダライ・ラマ14世に劣らない後継者を見つけられるというのだろうか。

世界人口の1位と2位を占める2つの大国であり、高度経済成長で世界中が注目するBRICs4国のうちの2カ国である中国とインド。この2つの巨大国の間に挟まれているチベットだが、国際政治におけるその微妙な立場、そして非暴力に代表される独自の平和的な信条及び文化からして、今、将来の世界平和の鍵を握っているように思えてならない。

 


【編集部ピックアップ関連情報】

○まやぞーの ほぼ映画ばなし 
 「セブン・イヤーズ・イン・チベット<1997>」 2008/03/22
 物語は1939年、実在の登山家ハインリヒ・ハラーがヒマラヤ登頂の
 途中でイギリス軍に捕らえられ、2年の収容と放浪の末チベットへ入国、
 そこですごした7年間を描いています。チベットのラサでハラーが
 出会うのは、まだ少年のダライラマ14世(現在の亡命政権主導者)です。
http://hobomovie.exblog.jp/7546979/


○Seven Years in Tibet Trailer(YouTube映像 02:31)
http://jp.youtube.com/watch?v=KQ22unS_zdk


○Saudade Masterが徒然なるままに・・・。
 「上海コンサートでチベット独立を叫ぶ」 2008/03/07
  アイスランド出身の女性シンガー、ビョークさんは2日夜、
 上海国際体操中心でコンサートを開催したが、最後の曲
 「ディクレア・インディペンデンス」(独立を宣言しよう)の
 終盤に「チベット、チベット」と叫んだ。政府がチベット独立
 に強硬に反対している中国では、この予想外のパフォーマンス
 の波紋が広がっている。
http://green.ap.teacup.com/saudade/455.html


○週刊オブイェクト 「チベット・ラサを鎮圧した人民解放軍」 2008/03/20
http://obiekt.seesaa.net/article/90184926.html


○チベット式 【2008年チベット動乱】よく聞かれる質問集 2008/03/15
http://tibet.cocolog-nifty.com/blog_tibet/2008/03/2008_dafb.html


○天漢日乗 「ラサ燃える」 2008/03/16
 チベットは遠い。遠いが故に、いともたやすくチベットの人たちは
 蹂躙される。青蔵鉄道は出来た。四川チベット高速道路もある。この
 高速道路は戦車が通れるというもっぱらの噂だ。チベットに通じる
 インフラ整備は、漢族支配強化のためのインフラ整備である。遠く、
 実情が分かりにくいチベットでは、インターネット全盛の今でも、
 なかなか情報がつかみにくい。
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2008/03/post_8c17.html


○児童小銃 「大丈夫かダライ・ラマ?」 2008/03/31
http://d.hatena.ne.jp/rna/20080331/p1


○木走日記  2008/03/17
 「チベット騒乱」をめぐる日本リベラルの不可解な沈黙
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20080317/1205691370


○アンカテ(Uncategorizable Blog) 2008/03/24
 「一日一チベットリンク / Eyes on Tibet 運動」
http://d.hatena.ne.jp/essa/20080324/p1#tb


○杜父魚文庫ブログ 「小沢訪中の裏側 古沢襄」2007/12/08
http://blog.kajika.net/?eid=724444


○アラバ公国 「金盾の開発元」 2008/03/22
 いずれも、OS、ネットワーク、セキュリティ、検索エンジンの
 大手ばかりです。資本主義の米国の企業が共産主義の中国の
 インターネット検閲システムを作っているとはなかなか興味深い
 ことですね。
http://margrave.seesaa.net/article/90397032.html


○CNET  2007/10/20
 中国が米国の検索エンジンを「ジャック」?--ダライ・ラマ褒章への報復か
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20359206,00.htm

 

 


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